Episode 9「帝国の貧民街にて」
夜明け前。
十日かけて谷を越え、山を抜けた三人は、ついにリズマール帝国の外れに辿り着いた。
巨大な服飾産業都市リズマール。
その片隅に広がるのは、瓦礫と廃材を組み合わせた小屋が立ち並ぶ、灰色の街――貧民街だった。
リトは辺りを見回す。
「……ここが、リズマールの貧民街か」
「想像以上に荒れてるな」
セラは言葉を飲み込む。
肌寒さとは別の緊張が、その表情を硬くしていた。
そのとき――
「なぁ、お兄ちゃんたち、どこに行きたいんだ?荷物、持ってやるよ」
路地の影から、複数の子どもたちが現れる。
まだ十歳にも満たないような子たちが、小銭を稼ごうと群がってきた。
「うおっ、ちょ、待って!俺たち別に、荷物持ってもらわなくても――」
「遠慮すんなって!リズマールの中は入り組んでるから、案内人が必要だぜ?」
バンリが前に出ようとしたとき、リトは手で制した。
「……わかった。じゃあ代わりに、これあげるよ」
リトはリュックからビスケットを取り出し、子どもたちに配っていく。
「え?!……ビスケット?」
「ほんとにいいのか?!」
子どもたちは警戒しつつも、徐々に表情を緩めていった。
「うめぇ!」
「甘い!」
リトが笑う。
「だろ?甘いもんは、正義だぞ!」
と、そこで、少し年上に見える少年が口を開いた。
「……お前ら、何しに来たんだ?リズマールの中心街はもっと奥だぜ?」
「なぁ、“グラフ”って人を知ってるか?」
「知ってるさ。あの人はこの貧民街出身で、いまじゃ有名なデザイナーだ。あこがれの人だよ」
「俺たち、そのグラフって人に会いたくて来たんだ。仕事場とか知らないか?」
少年は一瞬だけ迷ったあと、頷いた。
「連れてってやるよ。ただし……そのビスケット、もう一枚だけ、もらっていい?」
「もちろん!取引成立!」
──
案内されたのは、古びた建物だった。
中にいたのは、やや痩せ気味の青年。
目の下には深いクマがあり、少し疲れた様子だったが、物腰の柔らかい男が迎え入れてくれた。
「こんにちは。私はイーランと申します。今日はどんなご要件で?」
リトが名乗る。
「あ、こんにちは。俺はリト。ナパラのタゴスさんって人に紹介されて、グラフさんに会いに来たんだ」
リトたちを一瞥すると、イーランの目がわずかに揺れた。
「……タゴスさんから。なるほど、そうなんですね。あの方には以前から、うちの縫製をお願いしていまして」
「グラフは現在、展示会の準備で少々忙しくしていますが……明日の十三時ごろでしたら、こちらでお会いできるよう手配できますよ」
バンリが答える。
「それは助かる。それでお願い出来ますか?」
セラも頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いえ。タゴスさんからの紹介ですからね」
「じゃあ、明日の十三時にまた来ます」
三人は軽く頭を下げ、礼を言ってその場を後にした。
──
イーランは一人、部屋の奥へ向かい、テーブルの上の連絡機を片手で取る。
「……あぁ、グラフ。今、大丈夫ですか?」
「ナパラのタゴスさんの紹介で、三人組の若い男の子二人と女の子が来ましたよ」
「詳しい用件までは聞いてないですが……はい。明日の十三時に、ここに来るよう伝えてあります」
「……ええ、じゃあ明日、よろしくお願いします」
通信を終えると、イーランは深く息を吐いた。
そして一度だけ、三人が出ていった扉へ視線を向ける。
そのまま何事もなかったように、仕事へ戻った。




