Episode 7「かつての通り道」
朝の光が差し込む縫製工場。
リトとバンリは、これまでの経緯を話し、セラを連れてリズマール帝国へ向かいたいと親方に告げていた。
タゴスは腕を組み、しばらく黙ってから重い口を開いた。
「……やっぱりそう来たか」
リトが身を乗り出す。
「すみません。でも、こんなのほっとけないよ!」
バンリも続ける。
「正面から入れば見つかって終わりです。回り道でもいい、抜け道があれば教えてほしい」
タゴスはひとつ深く息を吐いた。
そして、静かに語り始めた。
「俺はな……昔、リズマール帝国の兵士だった」
「……え?」
リトとバンリが同時に声を上げる。
「親を戦で亡くしてな。復讐だの大義だの、そんなもんを信じて兵士になった」
タゴスは少し目を伏せる。
「でもな、戦う意味なんて、ある日ふっと消えちまった」
「それで、このナパラ王国に逃げてきた。――命がけでな」
リトとバンリが驚いた表情でタゴスを見る。
「ここでアンナと知り合って、結婚して……アンナの親父さんの縫製工場を継いだ。ミーナも産まれて、今の暮らしがある」
静かに語られる過去。
血と鉄と、後悔と決意の記憶。
「俺が使った抜け道がある。今じゃ使われてねぇが、リズマール方面へ抜けられる。入口までなら案内してやれる」
セラが小さく頭を下げる。
「……ありがとうございます」
タゴスは一度頷き、古びた地図を持ち出してきた。
地図を机に広げると、ふとリトの方を見て言った。
「……お前らが帝国に入ったら、ある男を頼れ。“グラフ”って名だ」
リトの目が大きく見開かれる。
「……グラフ!?あのグラフ!?リズマール帝国で有名なデザイナーの!?」
「ああ。リズマールの貧民街出身で、昔の戦友だ。いまじゃ名の知れたデザイナー様になっちまったが、根っこは変わっちゃいねぇ」
リトは興奮を隠せない。
「俺、グラフのデザイン大好きで……工場で縫ってたサンプル服、内緒で着てみたこともあるんだよな……!
あの服、着ると気持ちが強くなるというか、自分を肯定できるような気がして……」
「はは、あいつの服は“洗練された大人の服”だからな。お前みたいな大人に憧れるやつが気に入るのも、わかる気がするな」
バンリが尋ねる。
「そのグラフに、会えば何か力を借りられるってことですか?」
「ああ。あいつなら、白銀のローブについても知ってるかもしれんし、お前らの役に立つはずだ」
タゴスは三人を見渡す。
「夜になったら工房の裏に来い。誰にも見られずにな」
──
夜。
タゴスに案内され、リト、バンリ、セラは貧民街の外れにある小さな洞穴の前に立っていた。
辺りには人の気配もなく、冷たい風だけが吹き抜けている。
四人は洞穴の中へと入っていく。
しばらく進むと、その奥に錆びついた鉄扉が埋め込まれていた。
タゴスが懐から一本の古びた鍵を取り出し、リトに手渡す。
「これが地下道の鉄扉の鍵だ。地図は頭に叩き込んだな?途中、気をつけて行けよ。……息を潜めて進め」
三人が頷き、リュックの紐を握り直す。
リトは自分の体よりも大きなリュックを背負っている。
バンリがそのリュックを見る。
「リト、お前その中に何が入ってるんだ?要らないものは置いてけよ」
「要らないものなんかある訳ないだろ?!」
リトはこれからの冒険にワクワクが止まらないようだ。
セラがもう一度、タゴスに頭を下げる。
「……本当に、ありがとうございます」
「礼なんざいらん。……それよりも」
ふいに、タゴスの声のトーンが変わる。
リトとバンリの肩を交互に叩き、真っ直ぐに見据えて言った。
「――絶対に、死ぬな。いいな?」
リトとバンリは、一瞬驚いたような顔をした。
「自分の力でどうにもならねぇって思ったら……すぐ戻ってこい。逃げるのは悪いことじゃねぇ。
生きて帰ってきて、またやり直せばいい。それが、お前たちの戦い方だろ」
「……親方……」
「どんな大義も、命あってのもんだ。……忘れんなよ」
ぐっと目頭を押さえるリト。
バンリはいつになく真剣な目で頷き、セラも小さく頭を下げた。
タゴスは三人を見つめる。
「行ってこい。生きて帰ってこいよ。お前たちの未来はお前らにしか縫えねぇからな」
──
タゴスが鉄扉の鍵を開ける。
ギィ……。
重い鉄扉がゆっくりと開き、ひんやりとした地下の空気が流れ込む。
三人の影が、薄暗い通路の奥へと消えていった。
タゴスはしばらく無言で立ち尽くし、ぽつりと呟いた。
「……無事に帰ってこいよ」




