Episode 6「夜明けの丘」
まだ夜明け前の静けさの中。
セラはタゴスの家の重い扉を、音を立てないようそっと開ける。
それでも、古い扉はギィ……と小さく軋んだ。
冷えた空気に肩をすくめながら、マントのフードをかぶる。
(……ここにいたら、きっと巻き込むだけ。
もう、誰も危険にさらしたくない)
セラはリズマール帝国へ向け、静かに歩き出した。
──
しかしその背後。
「……やっぱり、出ていくんだな」
「……っ!」
振り返ると、そこにはリトとバンリが立っていた。
バンリが呆れたように言う。
「お前、顔に出すぎ。ああいう顔してたら
“今夜抜け出す”って書いてあるようなもんだ」
セラは戸惑ったように二人を見つめるが、すぐに視線を落とす。
「ごめんなさい。でも、私が行かなきゃ、タリアは……みんなが……」
「本当に行くのか? 帝国に」
「……うん。私には、役目がある。
“願石”を受け継ぐ王女として、リズマールに渡らなきゃいけない。そうしないと――」
セラの言葉が、風にかき消されそうになる。
リトが聞き返す。
「“願石”?」
「……タリア公国に伝わる、祈りの石。
代々の王女の“願い”がこもった石だって、昔、祖母が教えてくれた」
「なんで帝国に行かなきゃいけないんだ? ちゃんと話してよ」
バンリも続ける。
「関わった以上、知る権利はあると思うけどな」
セラは少しの沈黙のあと、ゆっくりと語り始めた。
「タリアがまだ攻められていないのは、きっと“願石”を受け継ぐ私がいるから。
私の存在価値はこれくらいしかない……わかってる。これは、逃げられない運命」
「リズマールが欲しがる、その力って本当なのか?」
「分からない。でも、今はそれでもいいの。みんなの命が助かるなら」
「……でもさ」
セラの言葉をさえぎるように、リトが前に出る。
「“役目だから”じゃなくて、セラ自身はどうしたいんだよ?」
「……!」
「みんなのために行くのは分かる。でも、自分がどうしたいのかは、誰かに決められるもんじゃない。
俺は……そう思う」
セラは言葉を失ったまま、しばらくリトを見つめた。
そして、ぽつりと呟く。
「……リズマールに行かなきゃならない。
でも……怖い。私はこの石の力を何も知らない。
それなのに、みんなを救えるって信じるのは……」
「そんなわけも分からない力のために犠牲になるなんておかしいよ!」
リトが思わず声を強めるが、バンリがすぐさま現実を突きつける。
「でも……俺たちにはどうすることも出来ないだろ?」
リトは食い下がる。
「……逃げることはできないの?!」
セラは答えられなかった。
「……」
──
地平線の向こうから朝日が昇り始める。
黄金色の陽光が差し込み、空と大地を包んでいく。
セラが息を呑む。
そして、思い出したように呟いた。
「――お祖母様が、小さい頃によく読んでくれた絵本があるの」
リトとバンリが振り向く。
「白銀のローブを纏いし者、黄金色に輝く水面の前で――
願石に託したその“想い”は、叶えられるだろう」
リトが首をかしげる。
「……なんだそれ?」
「昔話。子どもの頃は、ただのおとぎ話だと思ってた。
でも……この朝日を見たとき、不思議とそのことを思い出したの」
リトが、ふと思い出したように顔を上げる。
「“白銀のローブ”って……帝国のアトリウム社が大量生産するって噂の、あれか?
そのために、そこら中の綿畑を買い占めてるって……」
バンリがセラに問いかける。
「もし帝国でそれを手に入れたら――その願石ってやつで何か起こせるかもしれないってことか?」
リトの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、セラを救える“かもしれない”ってことだろ?それなら、試してみる価値あるじゃん!」
セラは驚いたようにリトを見る。
「それにもし、それが本当ならついでに俺たちも世界的なデザイナーになれるようにお願いしようぜ!」
「おい、ちょっと待て。……本当に行くのか?リズマールまで」
バンリが思わず聞き返す。
リトはさらに勢いづく。
「俺ら、ナパラから出たことないしな!リズマールは巨大な服飾産業都市だって聞いてたし、一度は行ってみたいと思ってたんだ!」
バンリは呆れたように息を吐く。
「ほんっと、お前は昔から調子がいいな……」
そして、少し間を置く。
「……分かったよ。お前だけじゃ行かせられないから、俺も付いていくよ」
バンリはもう一度、深く息を吐いた。
「ただ、勝手には行けない。俺は母親に言わなきゃだし、親方にもちゃんと話してからだ」
朝日がさらに空を染め上げていく。
三人の足元には、長く伸びた影が重なっていた。
こうして――
三人の旅が始まった。




