Episode 58「届かない願い」
夜が更けていった。
リトは兵士に押さえられたまま、セラを見つめている。
少し離れた場所では、グラフとオソノも拘束されていた。
泉の周囲には兵たちが立ち、明かりひとつない。
水面に残っていた僅かな光も、少しずつ消えていく。
やがて――
泉は完全な漆黒に染まった。
セラが息を呑む。
セディルは立ち上がった。
「今だな?」
セラはしばらく水面を見つめ、小さく頷く。
「……ええ」
兵士がセラの拘束を解いた。
セディルは白銀のローブを差し出す。
「始めろ」
セラはローブを受け取り、ゆっくりと羽織って水辺へ歩いていく。
「セラ!」
リトが身を乗り出すと、兵士がその身体を押さえつけた。
セラは振り返る。
「大丈夫」
そう言って泉へ向き直り、目を閉じる。
「白銀のローブを纏いし時、黄金色に輝く水面の上で願いしその想いは、叶う」
セラの声が、暗い森に響いた。
リトも、グラフも、オソノも黙って見つめている。
「光と闇が重なりし時、言霊にて綴られし願いが、時を超えて世界に縫い付けられる。それは誰がための祈りなのか」
セラは目を閉じたまま、泉からの反応を待つ。
しかし――
何も起こらない。
漆黒の泉は、静かなままだった。
風が木々を揺らす音だけが響く。
セラがゆっくりと目を開けた。
セディルの表情が険しくなる。
「……どういうことだ」
セラは黙ったまま、泉を見つめている。
「なぜ何も起こらない」
「分からないわ」
セディルが白銀のローブを見る。
「伝承の通りにやったんだろう?」
「ええ」
セディルはしばらく泉を睨みつけた。
やがて、怒りを滲ませた低い声で言う。
「……もう一度やれ」




