Episode 53「第二皇子」
願いの泉へ向かう街道を、セディル率いる精鋭部隊が駆けていた。
馬を走らせながら、セディルは前だけを見ている。
願いの泉。
そこへ辿り着けば、すべてが変わる。
誰にも奪われない力。
誰にも命令されない力。
誰も、自分の上には立てない力。
その時、遠い記憶が蘇る。
──
幼いセディルは、庭で剣を握っていた。
周囲には、何本もの木剣が転がっている。
「もう一度!」
相手をしていた兵士が苦笑する。
「今日はこのくらいにしておきましょう、殿下」
「まだできる!」
額の汗を拭い、セディルは再び剣を構えた。
その様子を、少し離れた場所から少年が見ていた。
「セディル」
兄のレオルだった。
「兄上」
レオルは小さく咳をすると、近くの椅子へ腰を下ろした。
「相変わらず元気だね」
「兄上もやればいい」
「僕は見ているだけで十分だよ」
「また身体が悪いのですか?」
「少しね」
セディルは木剣を握ったまま、兄を見つめた。
──
その日の夜。
皇帝の前に、セディルは立っていた。
「父上」
「何だ」
「なぜ兄上なのですか?」
皇帝が書類から目を上げる。
「何の話だ」
「次の皇帝です」
部屋が静かになる。
「兄上は剣も振れない。馬にも長く乗れない」
皇帝は黙っている。
「俺の方が強い」
「……それで?」
「俺なら、この国をもっと強くできます」
皇帝はしばらくセディルを見つめた。
「……お前には、レオルの強さが分からんか」
「兄上の……強さ?」
「強さとは、剣のみにあらず」
セディルは眉をひそめる。
「兄上は何もできないじゃないですか」
皇帝が鼻で笑った。
「こわっぱに何ができる」
セディルの顔から表情が消える。
「笑わせるな」
皇帝は再び書類へ目を落とした。
「下がれ」
セディルは拳を握りしめる。
「……はい」
──
部屋を出たセディルは、一人で長い廊下を歩いていた。
握りしめた拳が震えている。
「……いつか」
セディルは足を止めた。
振り返り、閉ざされた皇帝の部屋を睨む。
「兄上も……父上も……」
その先の言葉を飲み込み、再び歩き出した。
──
馬の蹄が地面を蹴る。
「もっと速く走れ!」
兵士たちが後を追う。
馬に括りつけられた鞄が大きく揺れる。
セディルは前を見据えたまま、願いの泉へ向かって馬を走らせ続けた。




