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Episode 42「職人の血」

この日はタリア王から労いを受け、リトたちは久しぶりに温かい食事をとることができた。


そして夜。


それぞれ客間に用意された柔らかなベッドで、リトたちは眠りについていた。


そんな中、オソノは一人、机に向かっていた。


目の前には、何枚もの紙が広げられている。


糸の重ね方。


紋様の組み方。


銀糸の通し方。


フィルノアの地下工房で見た織師たちの技巧を、覚えている限り図に起こしていく。


その手が、ふと止まった。


オソノは紙に書き留めた言葉を見つめる。


祈り。


願い。


人々。


そして、争いのない世を願う想い。


「あの時は……意味も分からず仕立てただけだった」


セディルに命じられ、伝えられた形と素材で仕立てた白銀のローブ。


形も、色も、言われた通りだった。


けれど、それだけだった。


オソノはフィルノアで見た織物を思い返す。


布に残されていたのは、ただの紋様ではない。


言葉。


そして、その言葉に込められた想い。


タリア王家の想いを、フィルノアの織師たちが銀糸に込めて残したのかもしれない。


もし、白銀のローブも同じなのだとしたら――。


「……そういうことだったのかい」


オソノは新しい紙を引き寄せた。


白銀のローブの形を描き、その上へ銀糸で織り込む文字と紋様を書き込んでいく。


「ローブそのものに、言葉を織り込むんだね」


最後の一枚を書き終えると、オソノは紙を重ねて丸めた。


それを手に部屋を出る。


廊下を進み、グラフの部屋の前で立ち止まった。


扉を軽く叩く。


「グラフ、起きてるかい?」


「どうぞ」


扉を開けると、グラフはまだ机に向かっていた。


オソノは紙束を差し出す。


「これを、あたしの工房まで届けてほしいんだ」


グラフが紙束を見る。


「急ぎですか?」


「ああ。できるだけ早く頼むよ」


グラフが頷く。


「分かりました。明日の朝、ヴァル布連の連絡網に乗せます」


「頼んだよ」


オソノは部屋を出ていった。


──


翌朝。


グラフは人目を避けながら、タリアの街の裏通りへ向かった。


待っていた一人の男に、オソノから預かった紙束を差し出す。


「これを大至急、オソノさんの工房まで届けてくれ」


「分かりました」


男は紙束を懐へしまう。


そして代わりに、折り畳まれた紙を数枚差し出した。


「リズマール側からの報告です」


グラフの表情が変わる。


「分かった。ご苦労だった」


報告書を受け取ると、グラフはそれを懐へしまい、男はそのまま人混みの中へ消えていった。


──


数日後。


オソノの工房。


三人の息子たちは、作業台いっぱいに広げられた紙を覗き込んでいた。


「……なんだよ、これ」


「母ちゃんからだ」


「見りゃ分かるって」


一人が紙をめくる。


そこには見たことのない織り方と、銀糸で入れる細かな紋様がびっしりと描かれていた。


「こんなの、どうやって作るんだよ」


「知らねぇよ」


別の一人が、紙の端に書かれた文字へ顔を近づける。


見慣れない文字の横には、オソノの字で読み方が添えられていた。


「……フェル?」


「なんだ、それ」


「母ちゃん字が汚ねぇから、変な文字になってんのか?」


「いや、横にちゃんと“フェル”って書いてあるだろ」


「フェルってなんだ?」


「余計意味分かんねぇよ」


さらに紙をめくる。


「ミレア……エルナ……」


三人とも首を傾げた。


意味は分からない。


だが、最後の紙にはオソノの字で短く書かれていた。


――意味は考えなくていい。


――この形を崩さず、そのまま銀糸で織り込むこと。


――できるだけ急ぎな。


三人は顔を見合わせた。


「仕事の依頼がたんまり来てるのに、無茶言いやがる」


「相変わらずだな、母ちゃん」


しばらく黙って紙を見つめる。


やがて、一人が銀糸を手に取った。


「やるしかねぇだろ」


もう一人が織機の前へ座る。


「あとで文句言われんのも面倒だしな」


「そうだな」


織機が動き始めた。


銀色の糸が、一本ずつ布へ織り込まれていく。


かつてオソノが意味も分からず仕立てた白銀のローブ。


今、その失われた意味を取り戻すための仕事が始まろうとしていた。

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