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Episode 35「母の言葉」

リトは、巨大な織物の前で考え込んでいた。


新月。


黄金色の水面。


無数の光。


少しずつ伝承の意味は見えてきた。


その時、ふと首から下げた巾着袋に手を伸ばす。


中から母のハンカチを取り出し、ゆっくりと広げた。


何度も見てきた刺繍。


以前はただの紋様にしか見えなかったものが、今では文字として見えてくる。


「セラ……これ」


セラが隣へ座り、見本布と照らし合わせる。


しばらく文字を追ったあと、小さく読み上げた。


「……アレナ・ヴェナ・ミラティア……」


リトがセラを見る。


「どういう意味?」


セラは一文字ずつ確かめていく。


「自分の道を……選んで……」


リトの表情が止まった。


その先には、もう一つ短い言葉が残されていた。


「フェリナ・リト……」


「それは……?」


セラはリトを見る。


「愛してる……リト」


その瞬間、リトの目から涙が溢れた。


「……母さん……」


それ以上、言葉にならなかった。


ハンカチを胸に抱きしめ、リトは俯く。


肩が大きく震えた。


幼い頃から、ずっと持ち歩いてきたハンカチ。


何度も触れた。


何度も眺めた。


その中に、母の言葉はずっと残っていた。


――これは、お母さんの大切なものだから。リトが持ってて。


あの日の声が蘇る。


意味も分からず受け取った、小さなハンカチ。


ずっとただの形見だと思っていた。


けれど母は、その中にちゃんと言葉を残してくれていた。


自分の道を選んで。


愛してる……リト。


リトはハンカチを強く握りしめる。


涙がその上へ落ちていく。


セラは何も言わず、そっとリトの背中をさすった。


グラフも目を伏せる。


オソノはリトをしばらく見つめていた。


「母親ってのはね、自分の子がちゃんと生きてくれてりゃ、それでいいもんさ」


リトが涙で濡れた顔を上げた。


オソノは少しだけ笑う。


「その言葉を残した母親なら、今のあんたを見たらきっと喜ぶよ」


そして、優しく続けた。


「ちゃんと自分の道を歩いてるってね」


リトの顔がくしゃりと歪んだ。


「……母さん……」


また涙が溢れる。


リトはハンカチを胸に抱きしめたまま、しばらく泣き続けた。


長い年月を越えて。


母の想いは、ようやく息子へ届いた。

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