Episode 20「月の紋章」
──オソノの工房・翌朝──
リトは机の上に広げられた母のハンカチを見つめている。
昨日、銀糸の布と重ねたことで浮かび上がった、太陽と月のような紋様。
そして、母が残した小さな鍵。
偶然にしては出来すぎていた。
オソノがハンカチを手に取る。
「……昨日の紋様だけどね」
リトとセラが顔を上げる。
「何か分かったの?」
「昔の話を思い出したんだよ」
オソノはハンカチへ視線を落とす。
「タリア王家には太陽の紋章があるね」
セラが頷く。
それは幼い頃から見慣れた紋章だった。
「フィルノアに伝わっていたのは、月の紋章さ」
「月の紋章……?」
リトが尋ねる。
「ああ。昨日見つけた、月に見える紋様。あれがそうなんだと思う」
セラが呟く。
「太陽と月……」
祖母の言葉が脳裏をよぎる。
――光と闇が重なりし時。
太陽と月。
それが祖母の言葉とどう繋がるのかは、まだ分からない。
オソノはハンカチを机に戻す。
「昔、フィルノアには織師と呼ばれる者たちが暮らしていた」
「あの人たちは、ただ布を織るだけの職人じゃないよ」
「伝承や知識を布に織り込み、後世へ伝える者たちだった」
リトは母のハンカチを見つめる。
幼い頃から何度も目にしてきたもの。
だが今は、まるで違うものに見えた。
「その織師たちは今どうしてるんだ?」
オソノの表情が曇る。
「分からないよ。少なくとも、今どうしてるかは知らないね」
「長い年月が経って、戦乱もあった。伝承も失われていったからね」
リトはハンカチを巾着袋にしまった。
母が残したもの。
その意味を知りたい。
そんな思いが強くなっていた。
グラフが腕を組む。
「やはり、フィルノアへ行って確かめるしかなさそうだな」
オソノは小さく頷いた。
「そうだね。何が残ってるかは、行ってみないことには分からないよ」
リトは机の上に残された小さな鍵へ目を落とす。
母がなぜ、これを残したのか。
その答えも、フィルノアにあるのかもしれない。
──リズマール帝国──
豪奢な執務室。
大きな窓から夕日が差し込んでいる。
セディルは机に肘をつきながら報告書を眺めていた。
「まだ見つからないのか」
低い声が響く。
部下が頭を下げる。
「申し訳ありません。セラフィーヌ王女の行方は依然として不明です」
セディルは苛立たしげに舌打ちした。
願いの泉。
白銀のローブ。
願石。
全てを揃えても、何も起こらなかった。
「古文書の方は?」
一人の学者が前へ出る。
「調査を続けておりますが、記録の多くが断片的で……いまだ有力な手掛かりは見つかっておりません」
セディルはしばらく黙っていた。
やがて報告書を机へ放り投げる。
「もういい」
「殿下?」
セディルは窓の外へ目を向けた。
「いつまで昔話に付き合っていればいい」
部下たちが顔を上げる。
「タリアはすでに我々の支配下にある」
そして、机の上に広げられた地図へ手を伸ばす。
指先が、隣国へ動く。
――ナパラ。
「次へ進む」
部屋の空気が変わった。
「軍を動かせ」
「……ナパラへ、ですか?」
「そうだ」
セディルは静かに笑った。
「伝説などなくても、国は手に入る」
「セラフィーヌも探し続けろ」
「はっ」
部下たちが一斉に頭を下げる。
セディルは夕日に染まる地図を見つめた。
「どこへ逃げようと同じだ」
指先が、ナパラの上で止まる。
「いずれ全て、リズマールのものになる」




