Episode 18「銀糸に残された記憶」
──オソノの工房──
机の上には、白銀のローブを仕立てた時に残った銀糸の布と、かつて使われた製図が広げられていた。
グラフはルーペを片手に、銀糸の織り目をひとつずつ確認していく。
工房の中には静かな緊張感が漂っていた。
やがて、グラフが思わず声を漏らす。
「……すごい。まるで地図のような……」
オソノが横から布を覗き込む。
「地図じゃないね。何か古い文字のように見える」
「文字?」
「刺繍じゃない。織りそのものに意味があるんだろうね。きっと誰かが意図して残したものだよ」
セラが身を乗り出す。
「何のために……?」
「白銀のローブは、依頼された製図通りに仕立てただけだよ。けれど、こうして見ると妙だね。まるで何かを伝えようとしているみたいだ」
銀糸の紋様は複雑に絡み合い、一見すると装飾にしか見えない。
だが、そこには確かに何か意味が隠されているように見えた。
しばらくして、リトが布の端を持ち上げた。
「これ……」
そこには見覚えのある紋様があった。
「どうした?」
「この紋様……見たことある」
リトは首から下げていた小さな巾着袋を開き、中から古いハンカチを取り出した。
母の形見だった。
少し色褪せているが、端には丁寧な刺繍が施されている。
それを広げた瞬間、セラが息を呑んだ。
「それ……!」
ハンカチの刺繍と、布に織り込まれた紋様。
二つは確かに酷似していた。
「母さんが残してくれたものなんだ」
リトは不思議そうに見つめる。
「なんで母さんのハンカチと同じ紋様が……」
オソノは布とハンカチを並べた。
しばらく眺めたあと、ふと呟く。
「……いや、違うね」
「え?」
「この二つ、重ねてみな」
言われるまま重ねる。
すると紋様の一部がぴたりと重なった。
オソノは指先で輪郭をなぞる。
「見えないかい?」
「何が?」
「……こっちは太陽。それに、こっちは月に見えるね」
リトとセラは、重なった二つの紋様をじっと見つめた。
太陽。
月。
なぜそんな紋様が残されているのか。
その意味までは、まだ分からない。
だが、その言葉を聞いた瞬間だった。
セラの脳裏に、幼い頃の記憶がよみがえる。
祖母の膝の上。
暖炉の火。
優しく語りかける声。
――光と闇が重なりし時。
――言霊にて綴られし願いが、時を超えて世界に縫い付けられる。
――それは誰がための祈りなのか。
「……っ!」
セラは立ち上がった。
「思い出した……!」
リトとオソノが振り返る。
「お祖母様……伝承の続きを話してくれてた……!」
「ホントか?!」
「うん。光と闇が重なりし時……どういう意味なんだろう」
記憶はまだ断片的だった。
忘れていたはずの言葉が、少しずつ輪郭を取り戻していく。
セラは胸元の願石へ目を落とした。
「あの時の私は、ただ怖かった」
俯きながら続ける。
「力が出てほしいって、そればかり考えてた」
泉の前で感じた焦り。
国を救わなければならないという重圧。
失敗への恐怖。
「でも今なら分かる気がする」
セラは顔を上げる。
「伝承には、まだ続きがある」
オソノは小さく頷いた。
「どうやら、本当にそうみたいだね」
窓から差し込む夕日が、銀糸の布を淡く照らしていた。
失われたはずの伝承は、少しずつ再び姿を現し始めていた。
──ナパラ・夕暮れ──
工場の仕事を終えたバンリは、一人で帰り道を歩いていた。
空は赤く染まり、遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。
いつもと変わらない景色だった。
それなのに、どこか落ち着かなかった。
ふと足を止める。
「あいつら、今頃どうしてるんだろうな……」
リト。
セラ。
グラフ。
今ごろオソノの工房で何かを掴もうとしているかもしれない。
バンリは小さく息を吐いた。
「……まぁ、俺には関係ないか」
そう呟いて歩き出す。
だが、その足取りはどこか重かった。
夕焼けの中、バンリの影だけが長く伸びていた。




