Episode 17「閉ざされた扉の前で」
──リズマール郊外・静かな住宅地──
人気のない路地の奥に、古びた一軒家が建っている。
グラフがその前で立ち止まり、静かに扉を見上げる。
「ここだ」
セラとリトが頷き、扉をノックする。
……返事はない。
もう一度ノックすると、中から鍵の開く音がする。
──オソノの工房──
古びた木の床、壁にかかった大量の型紙や古布。
ミシンの音もなく、静まり返った空間に、気配だけが漂う。
現れたのは、白髪をきっちりまとめ、無駄のない動きで姿勢の良い女性――オソノだった。
「……グラフ。今さら何しに来たんだい?」
「この子の話だけは聞いてやってほしい。彼女はタリアの王女、セラフィーヌだ」
オソノはセラを一瞥する。
「……タリアの王女様が、こんな所まで何の用だい?」
セラは息を呑む。
「力が……発動しなかったんです」
オソノの顔が一瞬だけ揺れる。
だが、すぐに無表情に戻る。
「そうかい」
「ローブの仕立てが間違っていたとか、そういうことは……?」
「言いがかりかい?渡された指示通りに仕立てた。それだけさ」
「じゃあ、なぜ……私には何も起こらなかったの?」
「知ったことじゃないね」
セラは黙り込む。
だが、リトが一歩前に出る。
「タリアは今、大変なことになってます。セラが力を使えなかったからって、それで全部終わりだなんて……納得できないんです!」
オソノはリトを睨む。
「だからって、こっちに何ができるっていうんだい。あの件にはもう関わらない。帰りな」
「でも……!」
「帰りなって言ってるんだよ」
セラが震える声で口を開く。
「……私が、救えなかったから。みんなを。タリアを。だから……どうしたらいいのか、わからないんです」
オソノは何も答えない。
「でも、せめてもう一度向き合いたい。“力”じゃなくても、“伝承”が本当に人を救えるものだったのか……それを知りたいんです」
しばらく沈黙が流れる。
グラフが口を開く。
「あなたほどの人だ。何か知っていることがあるなら、教えてほしい」
オソノはグラフを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて小さく息を吐き、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「……王女様には悪いけど、力が発動しなかった理由なんて、こっちにも分からないんだよ」
「……え?」
「言われた通りに縫っただけさ。伝えられた形と素材で、その通りに仕立てた。それで何が起こるかなんて、知ったことじゃないよ」
リトがオソノを見る。
「じゃあ、オソノさんは……」
「あのローブを仕立てた時、息子たちを人質に取られてたんだよ。断れる状況じゃなかったのさ。伝承を信じたこともなければ、それで世界が変わるなんて思ったこともない」
セラが息を呑む。
「だから、もう関わりたくないんだよ」
セラはゆっくりと頭を下げる。
「それでも……お願いします。何か知っていることがあるなら、教えてください。私は、もう一度タリアと向き合いたいんです」
オソノは長い間、何も言わなかった。
やがて立ち上がり、工房の奥へ視線を向ける。
「……一つだけ、残してるものがある」
セラが顔を上げる。
──工房の奥・生地棚の前──
オソノは引き出しを開け、奥から一枚の古い布を取り出す。
銀糸が織り込まれたその布地には、見慣れない紋様が残されていた。
「ローブを仕立てた時に使った布が、少しだけ残ってる。役に立つかは分からないけどね」
グラフが布地を見つめる。
「……私も手を貸そう」
リトとセラが顔を見合わせ、頷く。
「……お願いします。私も、確かめたいんです」




