Episode 16「針と糸のそばで」
──ナパラ・リトの部屋/朝──
朝の光が差し込む小さな部屋。
セラは目を腫らし、布団の上で膝を抱えていた。
「おはよう。昨日は疲れてすぐ寝ちゃってたね。大丈夫?」
「……なんかゴメンね。急に来ちゃって。迷惑だったよね」
「そんなことないよ。どうしてたか心配だったし。セラが無事で良かった。あの後は……酷い目にあわされなかった?」
「うん。色々あって、うまくいかなくて……。私ってなんで生まれてきたのかなって思ったら、何もかも嫌になって……抜け出して、気づいたらここに来てたの」
「……そっか。大変だったね。セラにばっかり背負わせて……あわよくば世界を救えるなんて、都合良すぎるよな。そんな訳あるわけないのに」
リトは優しく笑い、立ち上がる。
「しばらく、ここに居なよ。落ち着いたら、これからどうするか考えよう。俺は仕事行ってくるけど……また抜け出したりするなよ?」
「うん……ありがとう。あの、出来たら私も縫製工場に行っていいかな?親方にも謝りたいし、バンリにも……会いたいから」
「えっ……親方とバンリ、なんて言うかな。でも……分かった。一緒に行こう」
──ナパラ・縫製工場前──
セラがバンリに声をかける。
「……バンリ、久しぶりだね」
「なんでセラがここに……?タリアに向かったんじゃなかったのか?」
「うん、でも……うまくいかなかった」
「……そうか。まあ、無事なら……よかった」
「バンリ、ごめんね。巻き込んじゃって……」
「いや、俺が伝承のこと話しちまったからな。……悪かったよ」
「ううん、いいの。結局……伝承なんて、なかったし……」
リトが二人の間に入る。
「バンリ、セラは行く場所がないんだ。だから、少しだけでもここに……」
セラが口を開く。
「できたら、私……ここで働いてみたいの」
リトとバンリが同時に驚く。
「……えっ!?」
バンリは信じられないという顔でセラを見る。
「それは……親方に聞いてみろよ。俺は知らないからな」
「……本気で言ってんのか?」
セラは小さく頷いた。
──縫製工場・作業場──
リトが勢いよくタゴスのもとへ駆け寄る。
「親方!セラをここで働かせてくれないか!」
タゴスは針を打つ手を止め、リトの後ろにいるセラをじっと見る。
「どうしてお嬢ちゃんが、ここに居るんだ?ここは遊び場じゃねぇぞ。分かってんのか?」
セラは深く頭を下げる。
「はい。……分かってます。今まで何かを作るとか、自分でしたことなくて、自分の手で形にしてみたくて。ここで、働かせてください!」
しばらく沈黙が流れる。
タゴスは「ふぅ……」とため息をつくと、椅子を蹴って立ち上がった。
「……リト、バンリ。お前らが面倒見ろ。掃除と雑用からだ。怪我しても文句言うなよ」
まさか受け入れるとは思っていなかったバンリが、驚いたように声を漏らす。
「……えっ」
セラが顔を上げる。
「ありがとう、親方!」
──二ヶ月後・縫製工場内──
セラは掃除や雑用にも慣れ、布の仕分け、針の準備、糸巻きと、リトたちが通った道を毎日黙々と進んでいた。
バンリは作業を止め、遠くからその様子を見る。
「……危なっかしいな。無理してるようにしか見えねぇ」
「でも、セラは何も言わずに頑張ってる。……自分で立っていたいんだと思う」
──ナパラの夕暮れ・工場裏の階段──
休憩中、三人が外の階段に腰かけている。
そこへ、背広姿のグラフが現れる。
「……ここにいたか。何やってるんだ、君たちは」
リトが驚いたような声を上げる。
「グラフさん……!」
「リズマールが、タリアを完全に支配下に置いた。王は何もできず、城下は困窮しているらしい。王女が姿を消したと思ったら……こんな所にいたとはな」
セラは膝の上で拳を握る。
「……私が……救えなかったから……」
グラフは懐から、布とハサミの印が描かれた名刺ほどの紙片を一枚取り出す。
「リズマールには、こちらの仲間も何人か入っている。向こうの動きは、ある程度こちらにも入ってくる」
グラフは紙片をしまい、セラを見る。
「本当にそれでいいのか?お父上やタリアを救う手立てがあるとしたら、あの白銀のローブを仕立てたオソノだ」
「あの人のことだ。いつまでも針と糸に触れずにいるとは、私には思えない」
「だから一度、オソノの工房に行ってみよう」
「もしかしたらまだ、事件には関わりたくないと思っているかもしれない。だが、伝承について何か知っている可能性はある」
「……そんなこと言われても、あの時、力は発動しなかった。私にはもう……ローブも、願いも、信じられない。本当にタリアの伝承があるのかさえ疑ってしまう……」
グラフはセラを見つめる。
「だが、あのローブを仕立てた本人なら、何か知っているかもしれない。確かめてから諦めても遅くはないんじゃないか?」
セラは答えられずに黙り込む。
「……」
グラフは続ける。
「リズマールの動きがこのまま広がれば、いずれナパラにも影響が出るかもしれない。これはもう、タリアだけの問題じゃない」
「そんな……」
リトがセラを見る。
「セラ、俺も一緒に行くよ。今度こそ、ちゃんと守る」
「……リト……」
バンリは迷うように言葉を漏らす。
「……俺は……」
グラフが静かに告げる。
「無理にとは言わない。危険はある。明日の朝、来れる者だけ裏路地で待っている」
グラフは立ち上がる。
「タゴスには私から話しておく。だが、世話になってるんだろう?来るなら、出る前にちゃんと挨拶はしてきてくれ」
──翌朝・ナパラの裏路地──
グラフは辺りを見渡す。
「……やはり、来なかったか」
リトは寂しげな顔をしていた。
「……バンリ……」
「ごめんね、また付き合わせちゃって」
「大丈夫。今度こそ、ちゃんと解決して帰ろう」
「……うん。オソノさんに会って、話してみたい」
グラフが二人を見る。
「じゃあ、行こうか」




