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Episode 12「裂けた信頼」

──牢獄──


冷たい空気が立ちこめる石造りの牢。


鉄格子の向こうから、無骨な靴音が近づいてくる。


看守が二人を見て言う。


「おい、背の高い方。釈放だ」


「え……?」


バンリがゆっくりと立ち上がる。


リトは困惑したように目を見開いた。


「なんでお前だけ──?」


バンリは一瞬、口を開きかけたが、その言葉を飲み込む。


リトと目を合わせることなく、そのまま牢を出ていった。


「バンリ!!」


重たい鉄の扉が閉まる音だけが、リトの叫びに答えた。


──リズマール貧民街──


夕暮れの空の下。


釈放されたバンリは宿に置いていた荷物を取り戻すと、その足でグラフの仕事場へ向かった。


そして険しい表情のまま、扉を乱暴に開け放つ。


「なあ、グラフ。俺たちの居場所を漏らしたのは……あんたたちか?」


突然の言葉に、グラフが驚いたように振り返る。


「どういうことだ?何の話をしている?」


その時、奥からイーランが姿を現した。


グラフがイーランを見る。


「イーラン……まさか、お前か?」


イーランは悪びれる様子もなく答える。


「……情報には値段がつく。それだけの話だ」


「ここじゃ珍しいことでもないだろ?」


グラフの表情が険しくなる。


「……お前という人間を見誤っていたよ。二度とここには顔を出すな」


「はいはい。分かったよ」


イーランが皮肉めいた笑みを浮かべて背を向ける。


その瞬間、バンリが激昂し、イーランの胸ぐらを掴んだ。


「てめぇのせいで、リトが……!」


グラフが咄嗟にバンリを止める。


「やめろ、バンリ!今はリトを助けることが先だ!」


「離せよ!」


「君の気持ちは分かる。だが、ここでこいつを殴ってもリトは戻ってこない!」


「……くそ!」


バンリは悔しそうに拳を握りしめ、やがてゆっくりと手を離した。


イーランは乱れた服を整えると、そのまま何も言わずに仕事場を出ていった。


グラフがバンリを見る。


「リトの件は、私がなんとかする。少し時間をくれ」


──リズマール王宮・牢獄受付前──


厳重な門の前に、グラフの姿があった。


「“リト”という少年がここに収監されているはずだ」


看守が訝しげにグラフを見る。


「……誰だ、あんたは」


「彼の身元は私が保証する。必要な金も用意してある。正式な手続きで釈放してもらえないだろうか」


看守はしばらくグラフを見たあと、一度奥へと姿を消した。


しばらくして戻ってくる。


「──却下だ。セディル殿下のご判断だ」


グラフは短く息を呑む。


「……そうか」


それ以上は何も言わず、その場を後にした。


──王宮──


兵士がセディルの前で報告する。


「先ほど、“リト”という少年の釈放について申し出がありましたが、セディル様のご指示通り却下いたしました」


「ああ」


セディルは静かに頷き、セラへ視線を向ける。


「セラフィーヌ。君がなかなか協力してくれないから、彼は牢獄から出られない」


口元に薄い笑みを浮かべる。


「このままだと、彼はどうなるだろうな?」


「……やめて」


「“黄金色の水面”がどこなのか、思い出してくれたか?」


「本当に分からないの!」


セラは必死に訴える。


「子どもの頃、祖母に読んでもらった絵本に出てきただけで……それがどこなのかまでは知らないの」


セディルはしばらくセラを見つめる。


「ならば、現地で思い出してもらうしかないな」


「……え?」


「タリアへ向かう」


セラの表情が強ばる。


「久しぶりに継母と顔を合わせれば、何か分かるかもしれない」


セディルは兵士へ視線を向ける。


「出発の準備をしろ。それと、あの少年も同行させる」


「リトを……?」


「ああ。“見せしめ”としてな」


「やめて!リトは関係ない!」


セラが思わず声を上げる。


「本当に分からないの!お願い……彼だけは許して!」


「それは君次第だよ、セラフィーヌ」


──グラフの仕事場・地下室──


戻ってきたグラフに、バンリが詰め寄る。


「おい、話が違うじゃないか。リトを釈放するんじゃなかったのか?」


「すまない。セディルの判断で拒否された」


「じゃあ、どうすんだよ!」


グラフは古びた一枚の設計図を机の上に広げる。


そこには、王宮周辺と地下牢の構造が細かく描かれていた。


バンリが目を見開く。


「これは……?」


「私は表向きはアパレルデザイナーだが、裏ではヴァル布連(ヴァルフレン)という組織を運営している」


「ヴァル布連……?」


「ああ。貧民街で不当に捕らえられた者を助けたり、アトリウム社の綿畑買い占めで生活を奪われた者たちを支援したりしている」


グラフは設計図へ視線を落とす。


「帝国の中にも、私たちに協力してくれる者がいる。牢獄の中にもな」


「そんな組織を……あんたが?」


「この街では、表からでは助けられない人間が多すぎるんだ」


バンリはしばらく黙っていたが、やがて設計図を見る。


「それで……リトをどうやって助ける?」


「内部の協力者から、情報が入った」


グラフは設計図の一部を指でなぞる。


「リトはセディルとセラフィーヌと共に、タリアへ連れて行かれるらしい」


「タリアに……?」


「ああ。移送の時なら、護衛の意識はセディルとセラフィーヌに集中する」


「その隙を狙って、リトを奪還する」


バンリが眉を寄せる。


「そんなこと出来るのかよ?仮に助けられたとして、その後はどうする?また帝国に追われるのはゴメンだぞ」


「分かっている。リトを取り戻したら、君たちをナパラまで無事に送り届ける」


グラフはまっすぐバンリを見る。


「ナパラまで行けば、帝国も国をまたいで簡単には手を出せない」


「……」


「チャンスは一度きりだ」


バンリはしばらく設計図を見つめていた。


やがて、覚悟を決めたように顔を上げる。


「……分かった。俺も行く」


グラフは静かに頷く。


「リトを奪還する」


そして設計図を畳む。


「私にも責任があるからね」

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