Episode 11「裏切りと取引」
──牢獄──
冷たい石の壁。
鉄格子の隙間から、微かな光が射し込んでいる。
リトとバンリは背を向け合い、黙り込んでいた。
「……」
やがて、鉄格子の向こうから兵士が現れる。
「おい!お前だ。出ろ」
バンリが顔を上げる。
「……俺?」
兵士に連れて行かれるバンリ。
リトはその姿を見ようともせず、黙ったままうずくまっていた。
──尋問室──
バンリは椅子に座らされ、目の前の尋問官が冷たく尋ねる。
「……貴様、なぜあの娘と一緒にいた?」
「林で倒れてたから助けただけだ。親切心ってやつだよ。むしろ、ここまで連れてきてやったんだ。報酬くらい出して欲しいものだね」
「……ほう。ではなぜ、お前たちが“白銀のローブ”を探っていたんだ?」
「……!?」
(まさか……なんでそれを?グラフか?イーラン……?)
バンリは咄嗟に誤魔化す。
「……ここに来るついでだよ。リズマールじゃ白銀のローブが有名だって聞いてたから、母親への土産にでもできないかと思って探してただけだ」
尋問官は黙ったまま、バンリを見つめる。
「……」
「俺たちはケガした子を介抱して、ここまで届けただけだ。いい加減、ここから出してくれよ」
「それは調べがついて、お前たちに問題がないと分かってからだ」
バンリは少し考え、口を開く。
「じゃあ、この話知ってるか?タリアの伝承」
尋問官の目がわずかに動く。
「そいつを話す代わりに……俺を釈放してくれ」
「内容による。……話してみろ」
バンリは少し逡巡したあと、低く語り始めた。
「セラが言ってた。白銀のローブを纏って、願石を持った者が黄金色の水面で願えば、その想いは叶うって話らしい。ほんとかウソかは知らないがな」
尋問官はしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり、部下に命じる。
「真偽を確認しろ。偽りがなければ解放してやる。しばらく待っていろ」
「おい!いい加減にしろ!これでもう、帰してくれよ!」
──牢獄──
牢へ戻されたバンリは、うなだれたままリトに声をかける。
「……なあ。あいつら、俺らが白銀のローブを探してることを知ってた」
リトが振り向く。
「え?」
「白銀のローブのことは俺たち、ここではグラフにしか話してないよな?」
リトの顔が強ばる。
「……まさか」
「グラフ……か、イーラン……か。もしかして、売られたのかもな」
「そんな……グラフさんは、俺たちに親切だったじゃないか……!」
「信じたい気持ちは分かるけど……現実を見ろよ。あの話を知ってたのは、あいつらだけだ」
リトは拳を握りしめた。
……憧れの人が、俺たちを売った?
信じたくない気持ちと、理屈が合ってしまう現実との間で、心が揺れる。
「……だったら、俺たち……なんのためにここまで来たんだよ」
「知らねぇよ……もう、分かんねぇ」
二人は互いに目を合わせないまま、闇の中で沈黙した。
──
そのころ、セラは豪奢な内装の一室に通されていた。
分厚いカーテン。
絹のカーペット。
銀の燭台が、穏やかな光を灯している。
その中央に立つ、整った顔立ちの青年が彼女を見つめていた。
第二皇子・セディル。
リズマール帝国の皇位継承権を持つ青年だ。
セディルが静かに口を開く。
「……君が、セラフィーヌ・タリアか」
セラは黙ったまま、彼を見つめる。
「……」
「無事に見つかって良かったよ。まさかナパラで野盗に襲われるとは思わなかった」
セラは口を閉ざしたまま、じっとセディルを見返す。
「黙っていても無駄だ。継母から聞いている。願石と白銀のローブにまつわる、タリアの伝承もな」
「……だから、私を連れてきたの?」
「当然だ。君とその石があれば、帝国は“世界の中心”になる。俺は兄上を越え、父を越える」
セディルは静かな笑みを浮かべる。
「俺の力で、世界を変えるんだ。君も、すぐに分かる」
彼は背後のカーテンをさっと開けた。
そこに飾られていたのは――
銀糸のようにきらめく、一着の白銀のローブ。
「これは、オソノの手による“本物”だ。帝国が本気で作らせた逸品。アトリウム社が売っているのは、せいぜいレプリカ。だがこれは、世界に一着しかない、真のローブだ」
セラは驚きに目を見開いた。
……まさか、白銀のローブがすでに帝国に?
「試してみよう。君が纏えば、石はどう反応するのか――」
「……嫌です」
「ふむ、まだ拒むか。だが、君は“世界の未来”を左右できるんだ。俺と共に歩めば、戦争も飢えも終わる。父上のように血を流す統治ではなく、俺が“世界を導く”」
「……それはあなたの願いであって、誰かの幸せではない」
セディルの笑みが、わずかに歪む。
その時――
側近が部屋へ入り、報告する。
「捕らえた少年から、“伝承”についての証言が。曰く――『黄金色の水面』が儀式の場であると」
「……黄金色の水面、か。ついに繋がったな」
セディルはセラを見る。
「聞いたか?一緒にいた少年たちが白状したよ。黄金色の水面とは、どこのことだ?」
「……知らない」
「本当に?」
「本当に、知らない」
「……ならば、またお前の継母から聞けばいい」
セディルは踵を返す。
「場所が分かり次第、“儀式”を行う」
そして、口元に笑みを浮かべる。
「俺がこの力を手にすれば、兄上も父上も俺を無視できなくなる」
そう言い残し、セディルは部屋を出ていった。
扉が閉まる音だけが、静かな部屋に残る。
セラは胸元のネックレスに手を添え、崩れ落ちるように椅子へ腰かける。
そして、静かに瞳を閉じた。




