57話 バルドル、容疑者になる(前)
玄関ドアを荒々しく叩く音が、邸宅の中に響いた。
シャロンが玄関ドアへ向かい、ドアに設けられた小さな覗き穴から外を覗いた。
普段なら穏やかな表情を浮かべるシャロンが、次の瞬間、一変した。
「バルドル様、カイン様、多くの近衛兵が自宅前に来ております」
「なんで近衛兵が来るんだ……」
バルドルが立ち上がり、玄関のほうへ視線を向けた。
「遊びに来たわけではありませんね……。シャロンさん、貴方は自室で待機してください。我々が対応します」
カインは落ち着いた声でそう告げた。
「かしこまりました」
シャロンは素直に頭を下げると、二人の邪魔にならないよう、その場を離れた。
カインとバルドルが玄関へ向かった。
バルドルがドアを開けると、そこには、武装した近衛兵たちが数人、並んでいた。
「近衛兵がなんの用だ」
近衛兵たちの先頭に立っていたのは、アイザックとは別の大隊長がいた。険しい顔つきの男が、バルドルを見下ろしていた。
「バルドル・グランフェルト。貴様をひったくり犯の容疑で連行する」
突然の言いがかりに、バルドルは声を荒げた。
「ち、ちょっと待て、どういうことだよ。一体何のことだ。俺がひったくりなんてするわけないだろう」
「話は全部、牢で聞いてやる」
「近衛兵の方々、少し横暴ではありませんか。弟を無理やりでも連れて行くなら陛下に報告しますよ」
カインはバルドルの前に出ることはなく、近衛兵たちに見回した。
大隊長が、わずかに顔をしかめた。
「カイン・グランフェルトか。そういえば、陛下とゆかりがあったな」
「その事件の話、詳しく教えてください」
すると、若い近衛兵が大隊長へ尋ねた。
「どうしますか、大隊長」
大隊長は腕を組み、面倒そうに息を吐く。カインに陛下への報告を持ち出されれば、あとで懲罰されるのは自分たち近衛兵である。
大隊長は嫌そうに言った。
「……仕方ない、説教はごめんだからな。おい、こいつに事件の概要を教えてやれ」
若い近衛兵が返事をして、説明した。
「昨日の夕方、中央広場近くの路地で起きました。
一人で歩いている背後から女性のカバンをひったくりました。女性は幸い、軽傷で……」
すると、大隊長がすぐさま口を挟んだ。
「それ以上喋るな。容疑者の家族に、女性の情報なんて教えるわけにはいかない」
「はい……」
若い近衛兵は小さく頷いて口を紡いでしまった。
カインは淡々と反論した。
「バルドルがそんな卑劣なことができる人間ではありません」
「だったら、昨日バルドルはどこにいたんだ」
「街の見回りの仕事をしていた。あとは家にいたんだ。他に証人は……いねぇな」
バルドルの答えに、大隊長は鼻で笑った。
「ならば、貴様たちに止められる理由はないな。連れて行くぞ」
近衛兵たちがバルドルへ近づく。
カインはそれを止めようとはしなかった。
今、この場でバルドルの無実を証明できる材料がない以上、無理に抵抗しても状況が悪くなるだけである。
カインは静かに言った。
「今はバルドルの無実を証明できませんが、私が真犯人を捜します」
「ふん、やってみればいい。どうせ無駄足になる」
大隊長は嘲るように言い放ち、バルドルの腕を掴んだ。
「バルドル、しばらく我慢してください」
「……任せたぞ」
近衛兵たちはバルドルを連行すると、家を証拠を探しに来たが何もなかった。
☆ ☆
近衛兵本部、取り調べ室
バルドルは何度も昨日のことを話していた。しかし、近衛兵たちは納得してくれなかった。
「だ・か・ら、俺は王都の見回りで外にいただけだ。ひったくりするわけねぇだろう」
「そんなわけあるか!」
「俺の部屋、見ただろう。盗んだ品、一点でもあったか?」
バルドルがそう尋ねると、近衛兵は困ったように目を背けた。
「……」
「なかったよな。俺がやった証明ができてねぇーじゃん」
「他の場所に隠したんだろう。言え!」
「やってねぇから言えねぇよ!! そもそも俺を逮捕した理由、言ってみやがれ」
近衛兵はバルドルを睨みつけた。
「お前の目撃証言が多いからだ」
「それだけで俺が容疑者かよ? おいおい、俺たちハンディマンだぜ? 陛下の耳に入ったらどうなるんだ? てめぇらまとめてクビになるかもな」
「お前、性格悪いな……。双子だから兄に似るのか」
「(違うわ!! てめぇらを煽って俺ができる限りの情報を聞き出してるだけだ。カインと同じにするな……)」
バルドルは反論がしたかったが、今は近衛兵から情報を聞き出すしかなかった。
その後もしばらく、バルドルは取り調べを受け続けていた。
そんな中、シャロンが近衛兵本部を訪れていた。
「おや、シャロンさん。どのようなご要件で」
シャロンに話しかけた近衛兵は、穏やかな口調で尋ねた。普段から見回りの近衛兵たちに挨拶をしているため、シャロンの顔を知っている者も多かった。
「私の主人、バルドル様の面会に来ました」
「ただいま、取り調べ中ですので、面会はできません」
近衛兵が申し訳なさそうに告げると、シャロンは悲しげに眉を下げた。
「そうですか……。お会いできませんか」
「申し訳ありません」
「それでは、アイザック大隊長にはお会いできますか」
「ええ、いらっしゃいますよ。今お呼びしますね」
しばらくすると、アイザックがシャロンの前に現れた。
アイザックは、シャロンの評判を聞いていたらしく、気さくに声をかけた。
「はじめまして、俺がアイザック・ワイスだ。
あんたのことは部下からよく聞いてるよ。見回りの近衛兵に挨拶してくれて、双子にはもったいないくらいいいお嬢さんだって」
シャロンは姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「シャロン・フランスと申します」
「俺がバルドルの取り調べを見てるから、強引なことは絶対にさせねぇ。
だから、カインには変な真似はしないように伝えておいてくれ」
「お伝えしておきます。ですが、カイン様より言伝があります」
「言伝? なんだ?」
アイザックが首を傾げた。
シャロンはにこやかな笑顔を浮かべたまま、カインから預かった言葉をそのまま伝えた。
「今すぐ休暇を取って、私に協力してください」
あまりにも簡潔で、拒否する余地のない伝言だった。
しかも、シャロンは単に言葉を伝えただけではない。カインが何を意図しているかを正確に理解したうえで、告げていた。
アイザックは、まいったなとばかりに頭を掻いた。
「……やっぱり、そういうことか」
「いい返事をお待ちしております、アイザック大隊長」
シャロンは最後まで笑顔を崩さず、丁寧に一礼すると、その場を立ち去った。
その後ろ姿を見送りながら、アイザックは小さく息を吐いた。
「可愛いメイドも、やっぱりカインに教育されてるだけあって、食わせものだな……」
☆ ☆
しばらくして、アイザックはグランフェルト邸へ向かった。
邸宅に到着すると、出迎えたシャロンがすぐに客間へ案内した。
「お待ちしておりました、アイザック大隊長」
客間に入ると、カインはソファーに腰を下ろしていた。
まるで、アイザックが来ることを最初から分かっていたかのような態度であった。
「悪知恵カイン。お前のお望み通り、半休を取ってやったぞ」
「女将さんとデートすると嘘をついて、休暇を取ったんですか」
「てめぇ……。遠くに住んでる親戚が倒れたと言っておいた」
「簡単には言質の取れない方法を選びましたね。いい嘘です」
「褒めてんじゃねぇよ」
アイザックは呆れたように息を吐き、カインの向かいのソファーに腰を下ろした。
「お前は何が知りたい? 現場の状況か? バルドルの様子? 被害者について?」
「バルドルの様子なんて、事件の解決には関係ありません。不要な情報ですね」
「はいはい、事件関係全般ね」
アイザックは懐から簡単なメモを取り出し、話し始めた。
「被害者は王都に住んでいるボーリックという女性だ。背後からカバンをひったくられたそうだ。犯人ともみ合ったが、怪我は擦り傷程度。今は自宅で休んでいる」
カインは黙って耳を傾けた。
「現場は中央広場の路地で、現場の目撃者はいなかった。ただ、被害者の『金髪の男だった』という証言と、目撃証言の多かったバルドルが容疑者に浮上したようだ」
「……なるほど。そういうことでしたか」
カインは、しばらく考え込んだ。
現場を直接見ていない以上、今の情報だけで犯人を断定することはできない。だが、被害者本人から話を聞けば、何か新しい手がかりが得られるかもしれなかった。
「今からボーリックさんの家、行くか? 近衛兵はすでにボーリックさんの家を離れてる時間だから、さっさと行ったほうがいい」
「おや、教えてくれるんですね」
「どうせ、お前の情報網ならバレる。だったら、俺から教えてやったほうが早いだろう」
「ありがとうございます」
カインは立ち上がると、外出の準備を始めた。
「では、さっそく向かいましょう。行きますよ、アイザック大隊長」
「……本当に人使いが荒いな、お前は」




