閑話 傭兵隊、密輸船をしばきに行く
昼下がりの海上。
アルテミス王国の海岸へ向かう船の上で、第一部隊長のダリオ・ランボルトは、のんびりと床に寝そべっていた。
大柄な体を横たえ、目をつぶりながら穏やかな顔で鼻歌を歌っている。
「ダリオ部隊長、楽しそうですね」
ランサムが声をかけると、ダリオは目を閉じたまま答えた。
「うん、潮風が気持ちいいんだ。このまま日向ぼっこも楽しそう」
ランサムは微笑んだ。
「そうですか。それじゃあ、しばらくは船旅を楽しみましょうね」
その一方でダリオの部下であるジュリアンは、船の揺れに顔色を悪くしていた。
ジュリアンは手すりにつかまり、ろれつの回らない声を漏らした。
「……気持ち悪いです。……助けてぐだざぃ」
「しっかりして、ジュリアンくん」
ランサムはジュリアンの背中をさすった。
「船に乗る以上、揺れるのは仕方ないわね」
「そうですか……」
ランサムは懐から薬を取り出した。
「これ、酔い止めの薬。持ってて」
「ありがとうございます、助かります」
「いいのよ」
ランサムが穏やかに答えると、ジュリアンは薬を受け取った。
しばらくして、第三部隊長のヴァルター・クロウは、鍛えられた体を持て余すように、退屈そうに周囲を見回した。
「船でやることがないな。よし、勝負をしよう」
ジュリアンは思わず聞き返した。
「は?」
「ダリオ、久々にやらないか?」
ダリオはゆっくりと起き上がり、ヴァルターに向かって笑った。
「うん、俺もこのままだとずっと寝そうだからやりたいな」
ランサムは楽しそうに笑いながら、二人に声をかけた。
「怪我しないようにしてくださいね」
「剣はやめるか。腕相撲はどうだ」
ダリオはあっさりと応じた。
「いいよ、やろう」
ジュリアンは薬を飲み終えると、呆れたように二人を見た。
「……船の上で腕相撲ですか」
ランサムは、どこか誇らしげにヴァルターを見つめていた。
「ヴァルター部隊長は戦っているときが一番美しい方よ」
「あの方は、バトルマニアで、戦った相手の名前ばかり覚えている、ちょっと変わった方ですよね?」
「傭兵なんだから戦いに飢えるのは仕方ないわよ」
「初めは傭兵の中から人を集めて指導していたので、部下思いの良い方だと思ったんです。ところが、自分より強い相手を育てて、その人とバトルしたいだけだと聞いたときは驚きましたよ……」
「ヴァルター部隊長は教え上手よ。相手の力量も測れるから、どう指導すれば、その人の良さが出るのかを理解しているの」
「やっぱり貴方はヴァルター部隊長の副隊長ですね。観察眼が鋭い」
ヴァルターとダリオは、さっそく腕相撲を始めていた。
ランサムは、二人の勝負を眺めて言った。
「そうかしら。でもね、誰かに教えられてもあとは自分の努力で強くなるしかないのよ」
「ええ。才能がすべて、なんて言わせません」
「そうね」
ジュリアンが真面目な顔で言うと、ランサムは楽しそうに微笑んだ。
「なんですかニヤニヤして」
「ジュリアンくんも努力型だもんね」
ランサムにそう言われ、ジュリアンは少しだけ気まずそうに目を逸らした。
☆ ☆
その日の夜。
第三部隊の先遣隊が集めた情報により、取引場所となる海域は把握していた。
ヴァルターとランサムの指揮のもと、第三部隊は夜間に多数の船を海へ出した。密輸船を確実に逃さないための包囲作戦である。
しばらくすると、海上に密輸船が姿を現した。
アテナ傭兵隊の船は、必要最低限の明かりだけを灯し、ゆっくりと密輸船に近づいていった。
『こちらはアテナ傭兵隊です。貴船は包囲されています。直ちに投降してください。抵抗する場合は、武力を行使します』
海上に響いた声に、密輸船の乗員たちは驚いて顔を見合わせた。
「アテナ傭兵隊だと!? なんであいつらがこの海上にいるんだ!」
「このまま捕まったら取引が潰れる。今すぐ逃げるぞ!」
密輸船は、慌ただしくその場を離れようとした。
「……逃げましたね、ヴァルター部隊長」
「よし、乗り込むぞ」
包囲する船とは別に、ヴァルターとランサムが乗った小型船も、密輸船の近くに身を潜めていた。
小型船は密輸船の進路へ回り込むと、一気に距離を詰めた。
ヴァルターとランサムは密輸船の甲板へ飛び移り、そのまま船内へ乗り込んだ。
「なんでお前らがいるんだよ!!」
突然現れた二人に、密輸船の乗員たちは目を丸くした。
ランサムは涼しい顔で答えた。
「そりゃ、船で逃げるなら、あらかじめ身を潜めて待機しておくでしょう? まあ、こんな無茶な作戦を思いつくのは、アタシとヴァルター部隊長くらいですけどね」
ヴァルターは周囲を見回しながら、密輸船の乗員たちに尋ねた。
「第三部隊に包囲されたんだ。大人しく投降するか?」
「ふざけんじゃねぇ!!!」
乗員の一人が怒鳴り声を上げ、武器を抜こうとする。
「……やるぞ、ランサム」
「ええ、やりますわよ」
次の瞬間、船内で激しい乱闘が始まった。
ヴァルターは向かってきた男の腕を掴み、軽々と床へ投げ飛ばす。ランサムも相手の攻撃をひらりとかわし、手にした武器を叩き落としていった。
しばらくして、密輸船の乗員たちは全員、甲板に押さえつけられた。
ランサムは、甲板に押さえつけられた船長へ近づいた。
「さて、アンタたちは陸地に取引相手がいるわよね」
「……」
船長は口を閉ざしたまま、視線を逸らした。
「いるわよ」
ランサムはそう言うと、船長の喉元へ刃を当てた。
その表情から笑みは消えていない。しかし、刃先は一切揺れていなかった。
船長は観念したように返事をした。
「……はい」
「だったら、アンタには協力してもらうわよ」
「何を、するんですか……」
「アンタを餌に、取引相手も捕まえるのよ」
船長は絶句した。
海上で密輸船を確保しただけでは、今回の仕事は終わらない。陸地には、密輸品を受け取る者たちがいる。
取引相手を捕らえるため、アテナ傭兵隊は密輸船を囮として利用することにした。
☆ ☆
密輸船が海岸近くへ到着すると、待ち構えていた売人が船へ近づいてきた。
「今回は予定時刻より遅かったな」
船長は、顔を俯かせて返事をした。
「……ああ、悪い。少し海上でトラブルがあってな」
「まあいい。今回のブツを見せろ」
「これだ」
売人が荷物へ手を伸ばした、そのときだった。
港に積まれた木箱の陰から、ダリオとジュリアンが姿を現した。
「おーい、闇取引はダメだよ」
「なっ……!?」
男が驚いて振り返る。
その背後には、すでに武器を構えた第三部隊の傭兵たちが立っていた。港の周囲にも仲間が配置され、逃げ道は塞がれていた。
ジュリアンは淡々と言った。
「アルテミスでは麻薬の取引はご法度です。売人である以上、死刑は免れません」
売人はダリオとジュリアンを睨みつける。
「こんなところで捕まるわけにいかねぇんだ!」
ダリオが一歩前へ出た。
「降参しないんだね。困ったね」
ジュリアンが、その横に並んだ。
「ダリオ部隊長、雑魚は僕に任せてください」
「うん、頼りにしてるよ、ジュリアン」
ジュリアンは売人の腕を取り、抵抗する暇も与えずに地面へ押さえつけた。
「ぐっ……!」
売人の近くにいた仲間たちもジュリアンへ襲いかかったが、攻撃をかわされ、次々と地面へ転がされていく。
あっという間に周囲の仲間たちを片付けたジュリアンは、何事もなかったように立ち上がった。
ダリオは売人の前に立つと、穏やかな笑顔を浮かべた。
「俺、弱いものいじめは好きじゃないんだ。だからさ、降参してよ。俺、尋問が苦手だからさ」
「……は?」
売人は、ダリオの言葉の意味を理解できずに目を瞬かせた。
ダリオの口調は穏やかだった。
しかし、その穏やかな言葉の裏には、底知れない圧力がにじんでいた。
売人は、目の前の男が本気で言っているのだと悟った。
膝から力が抜け、その場にへたり込む。
「許してくれ……頼む」
ダリオは嬉しそうに笑った。
「良かった。認めてくれるんだね。 あとでたくさん俺とお話しようね。いっぱい聞きたいことあるからさ」
☆ ☆
こうして、密輸船はすべて確保され、乗員も捕縛された。アルテミス王国の近衛から受けた依頼を、アテナ傭兵隊は無事に完遂した。
あとは、確保した密輸品と捕らえた乗員を近衛兵へ引き渡せば、今回の仕事は終わりである。
ジュリアンは港から海を眺めた。先ほどまで騒がしかった海も、今では何事もなかったかのように穏やかだった。
「なんだか、あっさりしていましたね」
ランサムが何気なく尋ねた。
「こんなものよ。ジュリアンくん、陸路で帰る?」
「はい、陸路で帰ります」
ジュリアンが即答すると、ダリオが顔を向けた。
「ジュリアンが陸路で帰るなら、俺も陸路で帰る」
「え、いいんですか?」
「だって、陸路のほうが景色が変わるじゃん」
ジュリアンはわずかに肩を落とした。
「そういうことですか……。部下一人で帰るのが可哀想だからって言ってくれないんですね……」
「可哀想だよ? 一緒に帰っちゃダメ」
ジュリアンはやや照れ気味に言った。
「……一緒に帰りましょう」
ランサムは楽しそうに笑った。
「ふふっ、ヴァルター部隊長。アタシたちは先に船で帰りましょう」
ヴァルターは満足そうに頷いた。
「ああ、クルエラ総隊長に成果報告したいからな!」
ランサムは帰りの船へ視線を向け、うっとりとした表情を浮かべた。
「早くアタシもクルエラ様にお会いしたい……。あのお姿を見るだけで、美が磨かれるわ」
ジュリアンは首を傾げた。
「……そんなに?」
「そんなに、よ」
すると、ダリオが手を叩いた。
「そうだ。別れる前にみんなで打ち上げしよう。今から店を探そうよ」
ヴァルターがすぐに声を上げた。
「賛成だ! 戦いのあとの酒はうまいからな!」
ジュリアンが控えめに希望を口にした。
「私は甘いものがある店がいいです」
「もちろん、探しましょうね。せっかくアルテミスまで来たんだもん」
ランサムはそう言って、再び楽しそうに笑った。
密輸船の取り締まりを終えた傭兵たちは、それぞれの帰路と打ち上げの相談をしながら、港を後にした。




