6話 色男(後)
クルエラとパリスは城内の廊下を歩いていた。
周囲に人の気配がなくなると、クルエラが尋ねた。
「パリス、あの兄弟のことどう思う」
パリスは淡々と答えた。
「兄の方はああいう笑顔を振りまいていますが、内心、腹黒いことを考えています。迂闊に喋ったら弱みを握られてしまいそうです。
弟の方は手練で単純な性格でした。先ほど、彼とは会話しましたが、はっきり言っていい人です」
「ふん、そうか」
クルエラは楽しげな表情になり、それを見てパリスは面白げに訊ねた。
「気になりますか、グランフェルト兄弟」
「ああ。噂ではハンディマンとしてかなりの功績を挙げ、近衛兵どもよりも優れていると聞いていたが、どうやら本当のようだ。
これまでのアイザックや王室騎兵らの雑談も、無駄にはならなかったようだな」
「彼らを傭兵隊に勧誘するつもりですか」
クルエラは鼻で笑った。
「まさか、アルテミス王の大切な飼い犬を手懐けるのは容易ではないはずだからな」
「あの兄弟が大切な飼い犬ですか? あんまりそのようには見えませんけど」
「本来、アルテミス王国では騎士団を脱退すれば騎士の称号を剥奪されるルールにもかかわらず、あの兄弟は剥奪を免れ、ハンディマンにまで任命されている。
やつらは中流階級の人間にしては王の加護を受けすぎだ。それに」
クルエラは確信ありげに言った。
「あの兄の方、私と同族の匂いがする」
パリスは嘘でしょうという顔をした。
「じゃあ、彼も特殊な趣味があるんですか」
「わからん。だが、面白い兄弟には違いない」
「そうですねぇ。じゃあ、バルドルさんも私と同じ苦労をしているのかな」
「何のことだ、パリス」
クルエラは悪魔のような笑顔で問い返した。しかし、パリスは笑顔で誤魔化した。
「なんでもありません」
☆ ☆
真夜中。
城内の庭園を通って双子は家に帰ろうとしていた。
バルドルはすっかり疲れた様子で、兄とゆっくり歩いていた。
「なんだかんだと長く交流会にいたな」
「プランケン元首に完全に捕まってしまいましたからね。しかし、我々の仕事に理解ある方で良かったですよ」
クルエラと別れたあと、長い時間プランケン元首に捕まり、話し込んでいた。
バルドルには難しい話だったが、カインはかなり有意義な時間を過ごせたと、言葉には出さないものの嬉しそうだった。
バルドルは面白そうに言った。
「国を跨いで依頼を受けるかもしれないな」
「それは少し問題ですね、嬉しい悩みですけど。おや、クルエラ総隊長がいますね」
双子の視線の先にはクルエラと貴族らしい女性がベンチに座っていた。
しかし、仲が良さそうというより女性が一方的に追い詰めているようだった。
「ここの道を通るのは無粋だよな。他の道を通って帰ろうぜ」
バルドルが踵を返すと、カインはバルドルの肩をがっしり掴んだ。
「隠れて見ましょう。面白そうですし」
「人の逢瀬を見学とはいい趣味しているぜ」
とは言うもののバルドルも興味があったので、双子は二人から見えない木陰に隠れ、会話を聞いていた。
女性は悲しげな瞳でクルエラを見ていた。
「この前、郊外で貴方が他の女性と歩いているところを見ましたわ。クルエラ様、私に愛していると言った言葉は偽りなのですか」
「いえ、あれは護衛していた女性といただけですから恋仲ではありませんよ」
「本当ですか」
「はい」
「それを証明できますか」
強い口調にもかかわらず、クルエラはあっさりと頷いた。
「ええ、できます。だから、貴女の手の甲に口付けをさせてください」
バルドルは思わず大きな声で言った。
「はぁ!?」
カインはバルドルの口を塞いだ。
「こら、バルドル静かに」
すぐにバルドルはカインの手を退けた。
「悪い悪い」
女性は冷静に訊ねた。
「どういうことですか、クルエラ様」
「手の甲の口付けは敬愛を意味します。これなら証明になると思った次第です」
「しかし、口付けのしるしなどいずれ消えてしまいますよ」
「確かに時間が経てば消えてしまいますが、貴女に対する私の敬愛は、消えることはありません」
「分かりましたわ。貴方がそういうなら」
「ありがとうございます」
そのとき、カインはクルエラがにやりと狂気を宿した笑みを漏らしたのを見逃さなかった。
女性は恥ずかしそうに手袋を外すと、クルエラは彼女の手をとり手の甲に口付けした。
クルエラはゆっくりと口を離して、女性は口付けされた手の甲を満足そうに見た。
「素敵ね、貴方のしるしは。永遠に残って欲しいわ」
「これでお分かりいただけましたか」
女性は申し訳なさそうな顔をして謝罪した。
「ごめんなさい。貴方を疑ったりして」
「いえ、勘違いさせた私の不手際が原因です。謝らないでください」
「ありがとうございますわ」
「お望みであればこのあとゆっくりと私の敬愛を受けてみませんか」
「ふふ、楽しそうね。貴方の誘いに乗りますわ」
そのまま城内の方へ二人は行ってしまった。
バルドルは唖然とした表情で言った。
「意味が分からん。途中までは理解が出来たが、手に口付けあたりから分からん」
カインは静かに怒りと苛立ちを感じていた。
「なんと卑劣な男ですか。心にもない言葉を並べて最低です」
バルドルはさっきの危険の意味を兄が理解してくれたようで安心した。
しかし、最低というわりには説得力はなく、何か羨ましそうに思えてバルドルはカインに鎌をかけた。
「羨ましいか」
「それはもう……いえそんなことありません。違います。決してそんなことは」
自我を抑えている兄の姿に弟の心の中では大笑していた。
「っていうことは、今まで全部が演技というわけか」
「あの演技力は並大抵のものではありません。変態とは理性にどこまで従順なのでしょうか。恐ろしいですね」
羨ましいという感覚は確かに五割あったがそれ以外のものがカインにはあった。
先ほどクルエラと喋っていたときは感じていなかったが、今にして思えば、クルエラはカインの考えを読み取り、完璧に話を合わせていた。
カインのいつもの嫌味も言う暇もないくらい、会話として成立していたのだ。
初めはクルエラの本性を暴くつもりで話していたが、カインはいつの間にかクルエラに懐柔されていたのだ。
こんなことができるのは、他人のペースを掌握し、自在に操れる者だけだ。
それを今、この場で思い知らされたことが、カインには何よりも悔しかった。
「そ、そうだな」
お前も同じことをしているだろうとバルドルは言いたかったが、明らかに兄の機嫌が悪いことは弟として分かっていたのでそんな自殺行為を言えるはずはなかった。
カインは口にはせず心の中で言った。
「もうあの男の言葉に籠絡されません」
カインには、クルエラへのライバル意識が芽生えた。掌握術、騙し、嗜好、そして巧みな話術。すべてが気に入らなかった。
なにより、一度でも彼は悪い人ではないと自分が思った時点でクルエラの掌握にはまっていたことが気に食わなかった。
その後、双子は真っ直ぐ家に帰って寝た。
カインは一週間苛々し続けていて、バルドルは困り果てていた。
しばらくするとカインの機嫌も直った。
しかし、このあとクルエラとカインが呆れるほどくだらない争いを始め、自分たちまで巻き込まれることになるとは、このときのバルドルは知る由もなかった。




