7話 代闘士(前)
バルドルはベッドで熟睡していた。久しぶりに何も仕事がない日ということで、時間を気にせず眠っていた。
しかし、安眠の時間はそう長くは続かなかった。
突然、グランフェルト家の玄関ドアを叩く音が家中に鳴り響いた。バルドルは無意識に毛布を頭から被った。
しかし、ドアを叩く音は止むどころか、ますます激しくなり、バルドルは舌打ちをして寝間着のまま玄関に駆け寄りドアを勢いよく開けた。
「うるせぇんだよ!」
男は驚きのあまり、地面に尻もちをついた。
「うわ!」
バルドルは男の胸倉を掴み上げ、鋭い眼光で睨みつけた。
「安眠の邪魔をしたんだ。覚悟はできているんだよな」
男は蛇に睨まれた蛙のように身動きができず、震えながら謝罪した。
「すいませんすいません」
「すいませんじゃねぇ!」
バルドルは男の襟元を締め上げ、男は苦しげな声を上げた。
さすがに遠目で傍観していたカインは呆れたように言った。
「全くバルドルは。あのまま放っておけば帰ってくれたと思いましたよ」
カインの仲介のおかげでバルドルは冷静さを取り戻した。
「居留守か。ふん、そうすれば良かったぜ」
バルドルは男を玄関前に放り投げた。
「ぐぁ!」
「ってわけで、もう一度寝るから帰れ」
「僕の話を聞いてください!」
バルドルがドアを閉めようとするたび、ジャンは必死に手を差し込んで阻止した。
「しぶとい野郎だ」
「はは、私の睡眠に水を差したのですからそのままドアで指を引き千切ってしまうくらいの報いは受けて欲しいですが、私の見立てでは彼は貴族です。
金のなる木をみすみす手放していいのですか?」
カインの言葉を受けて、バルドルは仕方なさそうに扉を開いた。
「分かったよ、話だけでも聞いてやる。中に入れ」
「あ、ありがとうございます」
双子は客人を居間に通して、ソファーに座らせた。
バルドルはさっさと着替えて不機嫌そうに話を振った。
「で、こんな朝早くから何の用だよ」
「僕はジャン・バレンタインと申します。あなた方には代闘士と介添人をお願いしたいんです」
「代闘士と介添人だと?」
「決闘を申し込んだのですか?」
代闘士とは決闘を代わりに戦ってくれる人間のことである。
本来なら申し込んだ者と申し込まれた者が戦うのだが、病人と女性、年少者は代闘士を立てることができた。
介添人は決闘を見届ける証人で、双方が立てるのが通例である。
「僕の幼馴染がしたんです」
「どういうことだ?」
「僕の幼馴染カティアがお見合いで嫁ぐ予定だったんですが、結婚前にその男に愛想尽かして白手袋でその婚約者の頬を殴ったそうです」
双子は冷や汗のようなものを感じ、女って怖いとしみじみ思った。
「それはまた凄いですね。女性から申し込むなんてあまり聞きません」
「ですよね。僕も驚きました」
「要するにその幼馴染の代わりに決闘で勝って婚約破棄にさせればいいんだな?」
「そういうことです」
「でも、なんであんたが俺たちに代闘士と介添人の依頼しに来るんだよ。その幼馴染が尋ねるのは分かるけどよ」
カインは分かっていないといいたげな口調で言った。
「バルドル、絶対に勝ちたい戦いだから頼ったのですよ」
「なんだよ、それ。勝ったら幼馴染と駆け落ちでもして結婚するのか」
ジャンは頬が赤くなり裏返ったような声を出した。
「駆け落ち!?」
カインは愉快そうに笑った。
「愛の逃避行ですか。とても素敵な計画ですね」
ジャンは激しく首を振った。
「そ、そういうことじゃないんです。……カティアに頼まれたんです」
バルドルは首を捻った。
「頼まれた?」
「あの男に絶対に勝てる騎士を連れてきてと」
バルドルはこの男は頼られていないのだなと可哀想に思えた。
「普通、その流れならあんたに代闘してもらうものじゃないのか」
「僕は剣術が全く駄目なので。それに相手が相手ですから」
「相手の男は誰ですか」
「エリアス・ブロムベルクです」
聞いたことある男の名にバルドルは驚いた。
「ブロムベルクってヘルメス帝国の辺境伯かよ」
ヘルメス帝国とは昔はアルテミスを敵視していて戦争をよく起こしていた。しかし、それも三国同盟によってなくなった。
ブロムベルク家は代々、ヘルメス帝国の国境を守る辺境伯を務めている名家だ。そんな家の当主と決闘する以上、それなりの実力者であることは間違いない。
「厄介な相手ですね」
「それで代闘士をバルドルさん、介添人をカインさんでお願いします」
バルドルはジャンをジロッと睨んだ。
「はあ? なんで俺なんだよ。逆でもいいだろう」
ジャンは怯えながら言った。
「か、風の噂でバルドルさんの方が強いと聞いたんです。少しでも勝率を高くしたいんです」
それを聞いたカインの顔は笑っていたが、目が全く笑っていなかった。
「……私は異論ありません。バルドル、依頼を全うしてくださいね」
面倒ではあるが、ヘルメスの辺境伯と刃を交えるというまたとない機会に、バルドルは戦う野心を燃やしていた。
「分かったよ。その依頼、俺が引き受ける」
ジャンは目を輝かせて頭を下げた。
「お願いします!」
「決闘の日はいつだ」
「一週間後です」
バルドルは思わず声を上げて、カインは満面の笑みになった。
「はぁ!?」
「ふふ、これは破格の請求でも許されますよね」
カインの一言にジャンは息を飲み込んだ。
「は、はい……」
双子はジャンに多くの条件をつけて契約書にサインさせた。
ジャンが帰った後、カインは情報収集のため町中に赴いた。
ある程度の情報を手に入れて家に戻ると、双子は今回の件についてリビングで話し合った。
「それでは作戦会議を始めます。決闘相手であるエリアス・ブロムベルクは楽観主義で悪い方向に考えないというお気楽な人間です。
しかし、騎士としてはヘルメス帝国でも知名度があります。彼が介添人に指名する人物についても調べてあります」
「誰なんだ」
「ジョシア・ウエスト。ブロムベルク卿の補佐官としてお仕えしている男です」
今回は介添人である二人が審判を兼任することになっていた。別で審判は雇うものだが、相手方の介添人はできるだけ目立ちたくないのかもしれない。
「ふーん。で、俺はどうすればいいんだ。わざわざ急用の依頼を受け入れたんだ、何かしらの目論見はあるんだろう」
カインはニヤリと笑うとストレートに答えた。
「今回貴方にやってもらうことは二つです。
一つが依頼どおりにブロムベルク卿に勝つこと。二つがブロムベルク卿と仲良しになることです」
あまりのことにバルドルは面食らった。
「待て待て! どう考えても同時は不可能だろう。勝てば相手の機嫌を損ねる。負ければ、仲良くなれるってのか……?」
「貴方の剣舞ならブロムベルク卿の心を動かすことができます」
「他人事のように言いやがって。簡単にできることじゃねぇだろう」
「さっきも言いましたが彼は楽観主義です。勿論、噂での彼の性格をどこまであてになるかは分かりませんが決闘を楽しませれば同時は可能だと思います。彼も剣士ですから」
「そりゃそうだけどよ」
思ったより反応が鈍い弟に兄は釘をさした。
「まあ、貴方が負けても何かしらの利益があるのでそう深く考えなくてもいいですよ」
バルドルは眉がピクリと動かし、可笑しそうに言った。
「俺が負ける? そんなみっともない姿、俺が晒すわけねぇだろう」
戦いに対する熱意は未だに健在だとカインは感じた。
「ならば、アルテミスの騎士として恥じない戦いをしてください」
バルドルはふんと鼻で笑った。
「当然だ」
カインは簡単な挑発に乗る弟に思わず苦笑いした。
「しかし、貴方が代闘士に任命されて良かったです」
「そうか。カインの方が上手くできそうだが」
「いえ、私は目の前の敵をとことん叩き潰さないと気がすまない性分なので無理ですよ。今回は大人しく観戦させてもらいます」
「……そうかい」
カインの発言は本当に冗談に聞こえなくて恐ろしいと思うバルドルであった。
☆ ☆
ヘルメス帝国、ブロムベルク伯領。アルテミスの国境近くに存在する領地である。
エリアスの居城は山城である。エリアス・ブロムベルクの側近、ジョシア・ウエストはしっかりしていない主のために懸命に仕事をこなしていた。
人としては尊敬でき、実績も申し分ない。だが、お気楽な性格ゆえにリーダーとしては頼りない。
エリアスは世襲によって辺境伯の地位を継いだ。そのため、民衆から親の七光りだと馬鹿にされるようなことがあってはならない。
長きにわたってお仕えしてきたウエスト家の人間として、主に恥をかかせないためにも懸命に仕えていた。
ジョシアがエリアスの私室に赴き、現状報告をしていた。
「エリアス様、相手方の代闘士が決まったそうです」
エリアスは椅子に座ったまま尋ねた。
「誰だ」
「バルドル・グランフェルトです」
エリアスは口元を緩ませた。
「あのバルドルか。それはまた大それた奴を雇ったな」
「知ってのとおり、彼は数年前アルテミスで行われたトーナメントを総なめにした強者です。油断できない相手です」
「そんなもの過去の栄光だ、恐れるに足りない」
「……左様ですか」
「僕はこの決闘でいいところを見せれば彼女は転がる。それだけの話だ。ふふ、気の迷いで僕に決闘を申し込むなんてフィアンセは可愛いな」
エリアスはカティアに殴られた頬を愛おしそうに手で擦った。
ジョシアは目を細めて冷たく言った。
「その勘違い、ぜひ断ち切ってもらいたいですね」
「お前、どっちの味方なんだ!」
「それは……エリアス様ですよ」
ジョシアは素直な性格ゆえ、思わず「相手方です」と答えそうになった。
エリアスは気に入らなさそうに言った。
「今の間は何だよ!」
「なんでしょうか」
「ともかく僕が勝つ!」
なんて呑気な人だとジョシアは呆れていた。
ジョシアは今回の件でかなり主に振り回されていた。決闘を申し込まれた後、決闘を領民の見世物にしようと言い出したのだ。
別に、主が負けてしまうかもしれないから反対したわけではない。
こんなくだらない経緯で決闘になったことを、領民に公にするわけにはいかなかった。
エリアスが馬鹿みたいに婚約者に付きまとい、気持ち悪いと罵られても、それすら愛情表現だと勝手に解釈した。その結果、決闘騒動にまで発展してしまった。
こんな経緯で行われる決闘などとても領民にみせられるはずなく、必死でジョシアは止めたのだ。
ジョシアにとって決闘の結果すらどうでもいい。どうか無事に終わってほしかった。




