5話 色男(中)
そのころ、バルドルはビュッフェで楽しそうに料理を選んでいた。
バルドルには、デザートを食後まで取っておくという発想などなかった。とりあえず、美味しそうなものを片っ端にとって食べていた。
最後の一つになったタルトを取ろうとすると、別の方向からも手が伸びてきた。
互いに相手の顔を睨み、二人ともタルトから手を離した。
「なんだ、お前もこれが目当てか」
相手は少年のあどけなさが残る顔立ちの小柄な青年だった。
「ええ、言っておきますが私は引き下がる気はありませんからね」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「こうなればアレしかありませんかね」
青年は拳を前に出して構えていた。
バルドルは愉快そうに言った。
「ふん、嫌だね」
バルドルは持っていたスカーフを丸めて青年に投げつけた。青年が邪魔だと思ってスカーフを掴むと、バルドルはすかさずタルトを取りにいった。
青年はしまったと思い、険しい表情になった。
「!」
バルドルはタルトを取ると、両手で綺麗に半分にして青年へタルトを渡した。
青年は驚いた顔で受け取った。
「ほ?」
「これであいこだ。嫌か」
青年はくすっと笑い、先ほどのスカーフをバルドルに返した。
「いえ、私は平和で合理的なやり方が好きですよ」
「それは良かったぜ」
二人はタルトを口に入れ、美味しそうに頬張った。
「うん、美味しいです」
「甘さもちょうどいいな」
「あんな怖い目つきで睨んでいたので、てっきり一戦やらないといけないのかと思いました」
「そういうことが許される場所なら良かったが、ここは交流会だからな。それに兄の眼に入る所でことを起こすなんて自殺行為同然なんだよ」
「へぇ、お兄さんのこと怖いんですね」
バルドルは下手なことを言えないので、しどろもどろになった。
「怖いというか、何というべきか」
青年はバルドルを面白いと思い、折角なので自己紹介した。
「そういえば名乗っていませんね。私はパリス・ロウズです。よろしく、近衛兵のお兄さん」
「えっと、俺は近衛兵じゃないんだ。騎士の称号はあるけどな」
パリスは少し驚き様子で言った。
「それでは貴族の方でしたか。これは失礼しました」
パリスが恭しい態度をしたので違うと手を振った。
「そうでもないんだ。俺はバルドル・グランフェルト。アルテミスのハンディマンなんだ」
パリスはどういうことだろうと首を傾げた。
「ということは、アルテミス王の何でも屋さんということですか?」
「いや、陛下だけでなく市民からも依頼を引き受けられる変わった仕事人さ」
パリスはなるほどと納得した表情になった。
「私も似たようなことをしていますよ。金次第ですけど」
「そうなのか、俺は困っている人なら誰でも助けるぞ」
バルドルの素直な言葉にパリスは純粋に言った。
「あなたは優しい人ですね」
「そんなんじゃない。ただ、見過ごせないんだよ」
「それっていいことだと思いますよ。
私には仕事の選択権はありませんけど、誰かを助けたいという気持ちはありますよ」
バルドルは気が合う奴だと思い、嬉しそうに笑った。
「そうだよな」
バルドルは兄の方に目を向けると、呆れた表情になった。
「げっ」
「どうかしましたか……クルエラ総隊長」
パリスもバルドルと同じ方向を見ると微妙な表情になった。
「なんだ、隣の男は知り合いか」
「知り合いというか、私の上司です」
「そうなのか。ちなみに、その隣にいる男が俺の兄だ」
黒いコートを羽織った色男と、笑顔が素敵な青年。
二人が談笑する姿は、この交流会では花のような存在だった。周囲の人間も、その光景に見惚れている。
他人から見れば美しい光景に見えるが、バルドルにとっては異様な光景で身震いをしていた。
「急に背筋がぞくぞくしてきた」
見慣れているはずのカインの笑みが、違和感を通り越して気味が悪かった。隣にいた男も、善人を装った悪魔の顔をしているように見えた。
「私もです」
「分かるか、パリス」
パリスはゴクリと唾を飲み込み、コクリと頷いた。
「ええ、分かりたくないくらいね」
不意にパリスは持っている懐中時計に目を移した。
「あ、時間だ。私、このあと用事があるので失礼します。また会いましょう、バルドルさん」
「おう!」
バルドルと別れると、パリスはそっとクルエラとカインの元に歩み寄り時間の旨を伝えた。クルエラは「そうか」と呟いた。
「すみません。これから会合がありますので失礼します。またゆっくりお話しましょう」
クルエラの柔らかな笑みにカインも同じく笑みで返した。
「ええ」
クルエラは踵を返し、パリスはカインに軽く会釈してクルエラの後をついて行った。
彼らが去った後、カインがバルドルの元へ行くと、弟は訝しげな表情をしていた。
「どうかしましたか、バルドル」
「あの男、気に入らねぇ」
クルエラとカインの会話はまったく聞こえなかった。それでもバルドルは二人の姿を見て、先ほど感じた違和感の正体がクルエラなのではないかと思った。
カインは意味が分からないといった様子で言った。
「彼は容姿も性格も良いですからね。バルドルが羨ましく思うのも無理はありません」
カインは、クルエラを社交的で気さくな男だと結論づけていた。
バルドルは、カインと自分の感じ方が違うことを不思議に思った。
「そういうことじゃねぇよ。危険な雰囲気がするんだよ」
「危険ですか、そういう要素って女性から好かれるポイントだったりするのですよ」
「知るか、そんなこと」
何も根拠などなかったが、バルドルの野生の直感でクルエラを危険と判断していた。
バルドルはカインにどう伝えればいいか分からなかったが、このあとその直感はすぐに証明される。




