4話 色男(前)
アルテミス王国、城下近くの丘。そこに、双子の屋敷が建っている。
昼下がり、バルドルは自宅のリビングのソファーで趣味にのめり込んでいた。
カインも向かいのソファーに座って紅茶を嗜んでいた。
「今日は何を作っているのですか、バルドル」
「無地のテーブルクロスに刺繍をしているんだ」
テーブルクロスを見ると愛らしい仔鹿や鳥などが刺繍されていて、華やかになっていた。
カインはにこやかに言った。
「相変わらず貴方は手先が器用でいいですね。貴婦人も嫉妬してしまうほどの完成度ですよ」
しかし、兄に褒められたがバルドルは素直に受け取れなかった。
「煽てても何もでないからな」
「そんなに私は強欲ではありませんよ。控えめですので」
「どこがだよ」とバルドルは心の中で呟いた。
「そういえば、陛下から手紙が届きましたよ」
バルドルも一旦作業を止めて手紙の中身が気になった。
「一体、何の用だよ」
「それを確かめましょう」
カインは封を切って、手紙を開いた。
手紙にはこのように書かれていた。
カイン、バルドル。急遽だが、三日後、エペソ城で行われるプランケン公国との交流会に出席してくれ。舞踏会のように堅苦しいものではないから安心してくれ。
読み終わったあと、バルドルはカインに尋ねた。
「カイン、一体いつ陛下に会ったんだ」
「そうですね。七ヶ月ほどお会いしていませんね」
「うわ、全然会ってないな」
カインは逆に尋ねた。
「貴方はそれだけでプランケン公国との交流会に招待されると思ったのですか」
プランケン公国とはアルテミス王国とマルバンという国の境に囲まれている小さな内陸国である。非武装中立政策をとっており、独自の軍事力は持たない国として有名である。
バルドルはあっさり否定した。
「いや、俺たちを見世物にするためだろう。プランケンの王様には俺たちも会ったことないから顔を売っておけば、ハンディマンとして他国に行きやすくなる」
カインは朗らかに言った。
「少しはまともな回答ができるようになりましたね、バルドル」
バルドルは嘘だろうと言いたげに顔を引きつらせた。
「急な話ですが王様の命令なら仕方ありません。行きますか……。
バルドル、私の礼服の第一ボタンが取れていたので、つけておいてください」
顔は面倒くさそうだったがバルドルの声音は嬉しそうだった。
「はいよ」
☆ ☆
三日後、双子はエペソ城に向かっていた。エペソ城は双子の屋敷から目と鼻の先なので歩いて行った。
交流会なので礼服を着ていたが既にバルドルは息が詰まるような思いだった。
「くそ、暑いし動きづらい不便だ」
「普段こんな小綺麗な格好しませんからね」
テーブルクロスの刺繍が終わったあとに、しっかりバルドルはカインの言いつけ通りに礼服の第一ボタンを付けておいた。
「さっさと顔だして帰ろうぜ」
「そうしたいですが、あの王様がそれを許してくれるとは思いません」
「だよな」
エペソ城に着くと、城内では交流会に参加する多くの貴族たちが談笑をしていた。
グランフェルト家は貴族ではなく中流階級であるため本来なら、この場にいるような身分ではない。
しかし、彼らはハンディマンとして、とある業界では名の知られた存在であり、場違いな雰囲気はなかった。
交流会が行われている大広間に入ると、聞き覚えがある低い声が双子を呼んだ。
「カインにバルドルじゃないか。こんなところで会うなんて珍しいな」
その声にカインは笑顔、バルドルは怪訝な顔をした。
「アイザックさん」
「げ、おっさん」
彼はアイザック・ワイス。近衛兵の大隊長である。昔から双子とは知り合いで、二人のことをよく知っている人物である。
アイザックは会って早々、バルドルに言った。
「バルドル、お前がこういう会にいるなんて珍しいな」
バルドルはぴくっと口元を動かした。
「あっちに美味しそうな料理があるな。食べに行こう」
バルドルは颯爽とその場を逃げた。
アイザックは特に追うことせず、呆れたように言った。
「ふっ、逃げたか」
カインはアイザックに言った。
「私もこういう会は好みません。肩が凝ります」
「カイン、二週間前に俺の部下を随分いじめてくれたようだな」
先日の事件の事情聴取のとき、カインは色々な嫌味を近衛兵に対して言っていたことをアイザックは言っているようだった。
カインは平然と答えた。
「いじめとは人聞きが悪いことですね。
無能な集団なのですから、もう少し働けと釘をさしておいただけですよ」
アイザックは苦笑いを浮かべて言った。
「俺だから笑って許すが他の大隊長が聞いたら、手袋を叩きつけられてもおかしくないぞ」
カインは相変わらず笑みで言った。
「そのときはそのときに考えます。
そういえば、貴方以外の大隊長や陛下を見かけませんね」
話ながら周りを見渡しても近衛兵の兵士は見かけるが、大隊長の姿はなく、少し妙だとカインは感じていた。
「他の大隊長は別室で謁見中だ。陛下は急用で出られなくなったんだ」
アイザックの言葉にカインは何か事情があると察した。
「交流会よりも大切なこととは何でしょうか」
カインは自分たちが呼ばれた理由がはっきり理解した。要するにアルテミス王の身代わりである。
プランケン元首もアルテミスのハンディマンである二人に会えれば喜んでくれると、王は思ったのだろう。
「おっと、これ以上の詮索はよくないぞ」
カインは意味ありげな笑みを浮かべた。
「これは失礼しました」
「お前ってなんで舞踏会とか出席しないんだ。グランフェルト兄弟はどこの舞踏会にいっても喜ばれるだろうに」
「我々はそれでも中流階級ですので、自粛しているのですよ」
「それは建て前だろう。本当はもっと単純な理由じゃないのか」
わざわざ言うことがあるのかとカインは思ったが断る意味もないので打ち明けた。
「舞踏会での貴婦人の格好は、スカートという壁に阻まれて私の興味を満たしてくれません。それなら見られる場所に行くだけです。
お分かりでしょう」
アイザックは相変わらずと言いたげな表情をした。
「ああ、納得した。ところで、アテナ傭兵隊って知っているか?」
「ええ、知っています」
アテナ傭兵隊とはプランケン公国が土地や資金援助している組織で傭兵の中でも最強と言われている。
各国の軍人にも信頼されており、戦争や紛争の援軍として彼らを仲間にすれば必ず勝利を掴むことができるという噂までもある。
傭兵とは金次第で雇用者を裏切ることもあると思われがちだが、アテナ傭兵隊は雇用者を絶対に裏切らないという規律がある組織なのだ。
「今日の交流会にそこの総隊長が出席するんだ。おっと、ちょうどお見えになった」
大広間の扉の方を見ると、黒髪で長身の男が優雅に歩いてきた。端整な顔で黒い礼服に黒いコートを羽織って着こなしていた。
ただ、その場にいるだけで独特のオーラを放ち、男女を問わず誰もが彼に目を奪われていた。
アイザックはその男を呼んだ。
「クルエラ総隊長、お時間あるか」
クルエラと呼ばれる男は笑みで言った。
「ええ、ありますよ」
クルエラは二人の元へ歩み寄った。
アイザックがカインを紹介した。
「彼がアテナ傭兵隊の総隊長、クルエラ・マゼラーティだ」
クルエラは微笑んで言った。
「ご紹介にあずかりました、クルエラです。よろしくお願いします」
クルエラがすっと自分の手を差し出したので、カインはその手を握った。
「私はアルテミスの騎士でハンディマンのカイン・グランフェルトと申します。
こちらこそよろしくお願いします」
アイザックはバルドルのいる方向に目を向けた。
「あちらにいる金髪の長身がカインの弟、バルドル。彼も騎士だ」
カインは握手を終えると、すっと手を離した。
「ああ、あなた方が噂の双子のハンディマンですか」
「我々をご存じでしたか」
「はい、アルテミスのハンディマンとして活躍しているとアイザックさんからお聞きしています。ご兄弟で騎士に叙任されるとは、優秀なのですね」
カインは首を振った。
「そうでもありません。我々は数カ月に入って騎士団を脱退した、出来の悪い双子ですよ」
「ご謙遜を。剣術や武術にも優れてトーナメントでも百戦練磨とお聞きしています」
カインはアイザックをチラッと見て、すぐにクルエラに目を向けた。
「過大評価も大概にしてもらいたいものです。それにしても、傭兵隊の総隊長にしては随分と若いですね」
クルエラは肌や体格からしてカインには三十代前半にしか見えなかった。アテナ傭兵隊という大きな組織を率いるには、随分と若い男だ。
「先代の推薦で私が総隊長に昇格できたのです。そうでなければ、このような地位にはいませんよ」
先代の推薦という話が、カインにはどうにも引っかかった。何か裏があるのではないかと思った。
「そうだったんですか。私、アテナ傭兵隊には以前から興味がありまして詳しくお話をお聞きしてもよろしいですか」
カインはクルエラの本質を知ろうと目論んだ。
「勿論、構いませんよ」
「ここからは若い二人に任せるよ」
この二人ならなんとかなると思い、アイザックはその場を立ち去った。




