3話 纏足(てんそく) (後)
翌朝、三人は宿から数キロ離れた屋敷へ向かっていた。
バルドルはソフィアを軽々とおんぶして向かった。戦闘になっても両手を使えるよう、ソフィアの体と自分の体を紐でしっかりと結びつけている。
三人は屋敷の正門へ辿り着いた。
「ここか」
「そうです」
「どうするのですか?」
「どうもしないさ。正々堂々、正面から乗り込むまでだ」
カインとバルドルは正門を蹴り破って入った。
「おや、我々は多くの使用人さんにお出迎えされるようですよ」
使用人というより傭兵のような男たちが、数十人ほど立ちはだかっていた。
「こいつらですよ。こいつらが私たちを誘拐した犯人です」
「傭兵を使って女性を誘拐していたなんて、ゴミ屑にも程がありますね」
「ソフィアさん、ここから少し揺れるからしっかり掴まってくれ」
「はい!」
カインが先導し、次々と敵を剣で打ち倒していった。
バルドルは援護のような形で応戦してソフィアのことを気遣いながら戦っていた。
玄関を開けると広間があった。
「戻ってきてくれたんだ、ソフィア。男の客も連れてくるとは意外だがね」
ソフィアは怒りの眼差しで男を睨んだ。
「ダン・ストック……」
男は小太りで、両手の指すべてに指輪をつけており、見るからに傲慢な性格だった。ダンは三人を見下して蔑んでいた。
「主人を呼び捨てとは生意気な小娘だな。まあ、お前が外に行っている間に逃がしたみんなを仕置きしておいたよ。おい、見せてやれ」
戦闘員が女性の髪を引っ張り、鞭で叩かれたような傷跡を見せつけた。
その女性こそソフィアの恩人だった。
ソフィアは絞りだすような声を出した。
「………ごめんなさい。私のせいで」
ソフィアの恩人は涙を流し、「謝らないで」と首を振った。
その空気を吹き払うようにカインが鋭い声で言った。
「貴方はレンザン出身ですね」
ダンは首を縦に振った。
「俺が生まれたときにはすでに法律で禁止されていた。だが、昔からレンザンに住む男の性なのだろうか。俺は小さくて哀れな纏足に恋していた。
せっかく、有り余る金があるんだ。己の趣味に使うのも一興だろう」
それを聞いてバルドルは舌打ちをした。
「外道が」
カインは殺気を含ませて言った。
「何を美しいと思うかは、人それぞれでしょう。しかし、嫌がる女性を傷つけることを美しさなどとは認めません」
「そろそろ限界だ。とっととやろうぜ、カイン」
「そうですね。少し長話をしてしまいましたから早く終わらせましょう」
「邪魔はさせるか」
ダンがそう言うと、二人は大勢の敵に取り囲まれた。
「げっ、まだこんな人数いるなんて、よほど金が有り余っているようだな」
「酷い人生をしていますね。さっさと幕を下げてあげましょう」
二人は相手の急所を正確に狙い、次々と敵を打ち倒していった。
カインは迫ってくる敵の攻撃をかわし、剣の柄で鳩尾を打ち込んだ。別の敵が背後から襲いかかれば、振り向きざまに足を払って地面へ叩き伏せた。
バルドルも負けじと大剣を振るい、向かってくる敵を次々と吹き飛ばしていく。大勢に囲まれているにもかかわらず、二人の動きに迷いはない。
敵が倒れるたびに、その数はみるみる減っていった。
やがて、屋敷の中に立っているのはダンだけとなった。
「悪あがきなどせず、大人しくしていなさい」
「そ、それならこれで」
ダンは腰につけた刀を抜き取り、ソフィアの恩人に近づこうとした。
その瞬間、ダンの頬に一筋の血が流れた。壁にはダガーが一本突き刺さっていた。
ダンがダガーの飛んできた方向を見ると、数メートル先でカインが満面の笑みで見ていた。
「それ以上動いたら、眼球を刺し潰しますよ」
カインの手には二本のダガーが握られていた。その顔は、笑みというより殺意に塗れていた。
「ぎゃあああああああ」
そのまま失神して床に倒れてしまった。
カインは残念そうに言った。
「この程度で気を失ってしまうなんて情けないですね」
バルドルはソフィアを背負ったまま恩人のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「……ありがとう、ソフィア」
ソフィアは涙が溢れて恩人を抱きしめた。
☆ ☆
三人は王城近くにある近衛兵の本部へ連れて行かれていた。事情聴取である。
「なぜ近衛兵の手助けを借りずに無茶なことをしたのか」と問われ、双子は同じ台詞を返した。
「ハンディマンの依頼だからだ。
王の加護を受けている職業だ。職務に文句をつけるのは王に喧嘩を売っていることと同じだぞ」
そんなことを言われては、近衛兵もこれ以上は何も聞けなかった。
「囚われていた女性たちも保護され、治療後に故郷へ帰されるようだ」
「優秀な近衛兵の方々には、これくらいしてもらわないと困りますよ。ただでさえ役立たずなのですから」
あの後、屋敷の騒ぎを聞きつけた近衛兵が突入してきた。だが、そのときには気を失った人間が無数に倒れていた。その場にいた三人は、すぐに拘束された。
「近衛兵のやつら、あの屋敷に来たとき唖然としていたな。あの阿呆面は愉快だったぜ」
「そもそもあの屋敷で行われていたことを全く知らなかった無能な集団が悪いのです。何もかも組織として機能などしていません。組織そのものを一新するべきなのですよ」
「手厳しいな。俺、ますます近衛兵が嫌いになったぜ」
「嫌いですか。私は生涯、好きになることはないでしょうね」
すると、ソフィアが事情聴取を終えて、部屋から出てきた。
「バルドルさん、カインさん、このたびは本当にありがとうございます」
ソフィアは深く頭を下げた。
「お礼なんていらないぜ。それでこれからどうするんだ?」
「とりあえず、故郷に帰ります。この足をできる限り治したいと思います」
「それなら馬車を用意しますよ」
「いえ、これ以上あなた方のお世話になれません」
「これも条件ですが、逆らえますか」
カインの意地悪な発言にソフィアはカインの顔をじっと見て言った。
「……あなたって性格悪いですね」
思わずバルドルは苦笑した。
カインは眉を微かに動かしてバルドルに訊ねた。
「何故貴方が笑うのですか、バルドル」
「いや」
心の中ではその通りだとバルドルは思っていた。




