2話 纏足(てんそく) (前)
本日のお仕事は庭の草むしりであった。
貴族の庭園とは違い、さほど時間もかからず作業を終えた。
カインとバルドルはその帰り道だった。
「はあ、あのくらいの草むしりで金なんか貰って良かったのか。ちょっと申し訳ない気分だ」
「感謝の気持ちをお金という形にした。
それを拒むというのは、あの夫婦の気持ちを無下にするのと同じです。そう思えば、貴方もこのお金を受け取れるでしょう」
「そうだけどよ」
「我々はどんな依頼でも引き受けるハンディマンです。小さなお手伝いでも大きな依頼でも、しっかりやりこなすのが」
「俺たちのモットーだろ」
「その通りです、バルドル」
バルドルが不意に路地に目をやると、歩みを止めた。
「あれ見ろ、カイン」
「……行きましょう」
カインとバルドルは路地で横たわる女性に駆け寄った。
女性の体は痩せ細っていて髪もぼさぼさで服も汚れていた。声をかけても反応がなく、女性の意識はなかった。
「この人、相当弱っているな」
「そうですね。助けてあげ……」
カインは彼女の足を見て言葉を失った。
「なんだ、この足」
バルドルも目を疑うような光景だった。
彼女の足は親指以外の指を強引に足裏に折られていたのだ。足は酷く赤く腫れ上がっていて、とても歩ける状態ではなかった。
カインは冷静に言った。
「バルドル、彼女を安全な場所に運びましょう」
「ああ」
二人は彼女を近くにあった宿に運んだ。部屋に着くと、すぐに彼女をベッドに寝かせた。
カインは彼女の手当てをすると、宿の主人に事情を話し、調査のためにしばらく席を外した。
バルドルは彼女が目を覚めるのを黙って待っていた。
カインが戻って来て夕暮れ時に彼女はゆっくりと目を覚ました。
「お前、大丈夫?」
見知らぬ男二人に囲まれて彼女は身構えた。
「!」
「心配無用です。我々は貴女の敵ではありませんよ」
彼女は警戒しながら口を開いた。
「あなた方は何者ですか」
「俺たちは王国の騎士だ。俺はバルドル。こっちがカインだ。お前は?」
「……」
彼女が黙り、バルドルは眉間に皺を寄せた。
「こっちは名乗ったんだから、お前も名乗るのが普通だろう」
「バルドル、高圧的な言い方は止めなさい」
「はいよ」
彼女に不安を与えないようにカインは笑みで言った。
「いきなり初対面の男性に、やすやすと名乗れませんよね」
カインは改めて彼女の足を見て言った。
「こんなことが、本当に行われているとは……」
「何か知っているのか、カイン」
「ええ、噂で聞いたことがあります。
昔、レンザンという地域では、足が小さい女性が美しいとされた風習がありました。そのため、幼少期から娘の足を強制的に変形させる親もいたそうです」
「強制って……」
「纏足です。足を布で強く縛り、指を足裏側へ折り曲げて形を変えるんです」
「そんなことをしたら足が壊れるよな」
「壊れます。あまりにも苛烈な行動をする親がいたので纏足は国で禁止になったそうです」
カインは爪が食い込むほど、強く拳を握り締めた
バルドルは彼女に向かって思わず言ってしまった。
「どうして、纏足なんてしているんだ……」
その問いに、先ほどまで怯えていた彼女の表情が一変した。
「こんなこと好きでやっていません!」
カインは呆れたように「バカ」と呟き、彼女を宥めた。
「幼少期から纏足をしていたのなら、このような足には成長しません。詳しく教えてくれませんか」
彼女の足は、成人女性としてごく普通の大きさだった。
もしも、幼少期からやっていたらここまで成長しないとカインは思った。
彼女は頷き、経緯を話した。
「私は二週間ほど前に町で買い物をしていたら誘拐されました。連れて行かれた屋敷では、多くの女性が監禁されて纏足を強いられていました。
私も無理やり足の指を折り曲げられ、包帯や布で巻かれて、涙が出るほど苦痛の日々でした。
そして、屋敷の主がいない日を狙って、運よく屋敷から脱走できました」
「一人だけで実行したのですか」
「いえ、私が一番、纏足を始めてから日が浅かったので、周りの人達のおかげでうまく逃げることができたんです」
「……なんで纏足を強要されていたんだ」
「コレクションにすると言っていました」
バルドルは険しい顔で言った。
「信じられない趣味だな」
「先ほどの聞き込みの結果、各地域で誘拐事件が多発していました。狙われるのは二十歳前後の女性です。同一人物の可能性があります」
「カイン、この足どうにかならないか」
カインは彼女の足を真剣な眼差しで見て言った。
「まだ日が浅いこともあり、指が足裏に深くめり混んでいないのでなんとかなると思います。ですが、早い治療が必要です」
彼女は首を横に振った。
「そんなのあとでいいです。あなた方、王国の騎士なんですよね」
「ええ、そうですが」
彼女はすがりつくように言った。
「お願いです。助けてください。もうみんな足がおかしくなって歩けないんです」
彼女は足のせいで一人しか逃げ出すことができなかった。自分ができることは誰かに助けを求めて救い出すことだけだと思った。
彼女の必死の懇願に、カインは少し考えて答えた。
「わかりました。その代わり条件があります」
「条件……ですか」
「我々は国王公認のハンディマンというものです。ただで働くことなんてできないのです」
さすがにカインの言い分にバルドルは反論した。
「カイン、何を言っているんだ。そんなことを言っている場合じゃないだろう」
「貴方は黙ってください」
カインはバルドルを目で牽制した。
珍しい兄の姿に、バルドルは驚いて静まった。
「今の貴女は、金になりそうなものは一つも持っていないようです。だったら我々の身勝手な条件を呑むくらいしてもらわないと、フェアではありませんよね」
彼女は目を瞑って考えた。今ここで彼の条件を飲まなければ囚われている女性を救えないと思った。
近衛兵や騎士団が、自分の話だけを信じて動いてくれる可能性は低いと思ったからだ。
しかし、この二人は町で見る騎士の風貌や身なり、醸し出す雰囲気も全く違っていた。剣術や身体能力、機動力が一目で良さそうに見えた。
それに金さえあれば、動いてくれるというのは本当に都合のいい人間である。
彼女は真っ直ぐで勇ましい目つきでカインを見た。
「分かりました。条件はなんですか」
カインは彼女の表情を見て納得した。
「条件は……貴女の名前を教えてください」
バルドルと彼女は目を丸くして、情けない声が思わず漏れた。
「え?」
「はぁ?」
「依頼者とハンディマンは信頼関係で成り立つものです。それなのに名前も知らないなんておかしいではないですか」
バルドルはふてぶてしい表情で言った。
「まったく、脅かしやがって。結局そうやって人を測って試しただけかよ」
「それが条件ですか」
「ええ、十分な代償だと思いますよ」
「分かりました。その条件を呑みます」
「それは良かったです。では、お名前を」
「私はソフィア・キャンベルです」
カインは嬉しそうに頷いた。
「これで交渉成立です。では、条件二つ目、体を洗ってください」
ソフィアはどういうことだろうと思った。
「え、条件ってあれだけじゃないんですか」
「誰もそんなこと言っていませんよ」
ソフィアは何か言いたげな顔をした。
「……」
「まあ、そのままの格好では女性に対して失礼だと思った私の判断なので、深い意味などありません。幸いここの宿には風呂があるので入ってください」
「分かりました……」
「バルドル、彼女を頼みましたよ」
カインはバルドルに袋を渡した。
耳打ちで先ほどのことを弁解するようにと言おうとしたが、さすがのバルドルも自覚していたようだったのでやめた。
「了解」
バルドルは軽々とソフィアを背負った。突然のことにソフィアは思わず声を上げた。
「きゃ!」
「風呂場まで運んでやる」
「え?」
「風呂場まで階段とかあるし、今の足じゃ辛いだろう」
「はぁ……」
「いってらっしゃい」
カインに見送られてバルドルはソフィアを運んで廊下を歩いた。
バルドルはすぐさま謝った。
「さっきはすまない、考えなしでソフィアさんに酷いことを言ってしまったな」
「……無神経な人」
図星のようでバルドルは苦い顔をした。
「すみませんでした」
「でも、こうやって素直に謝罪してくれたので許しますよ。私、あなたみたいに物事をはっきり言う人嫌いじゃないので」
「……そうかよ」
ソフィアは強面のバルドルが予想以上に困惑しているのを見て、堪えきれず笑った。
「ふふ、あなたって見かけに寄らず繊細なのね」
「……」
そうこうしているうちに風呂場についた。脱衣所まで運ぶとバルドルは部屋を出る前に腰につけた大きな袋をソフィアに渡した。
「これやるよ」
ソフィアが袋を開けると女性ものの服が入っていた。
「どこでこれを」
「あんたが眠っている間にカインが宿の人と交渉して服を譲って貰ったんだよ」
「ありがとうございます」
「お礼ならカインにするんだな。何かあったら呼んでくれ」
ソフィアは汚れた服を脱いで浴室に入った。
湯船にある湯を桶で掬い体にかけた。所々の傷に湯が染みて声を漏らすが我慢して洗い流した。
こんな風に満足に風呂に入るのは誘拐されて以来なかった。
ソフィアはあの頃を思い出していた。
自分を含め、誘拐された女性たちは手錠をかけられ、纏足を施されていたが、口は塞がれていなかった。
監禁されて一週間が経った頃、ソフィアは涙を流しながら舌を噛んで死のうとした。
しかし、年上の女性が彼女を必死に止め、慰めてくれた。
その人のためにも、みんなを救いたかった。
そのため屋敷から離れた町まで脱走して鉛のように重い足を引きずって逃げ込んだ。
しかし、体力が尽きて路地に倒れていた。そんなときに二人に助けられた。
「早く、助けたい」
今度は自分の番だ。絶対にどうにかして助けたかった。彼女たちのことを考えると自然と涙が零れた。
風呂から上がり新しい服に着替えると、サイズがぴったりだったことが少し腑に落ちなかった。
外で待っていたバルドルに再びおんぶされて、部屋に帰った。
部屋に入ると色とりどりの料理が並べられていた。
ソフィアは久しぶりのご馳走に目を輝かせ、唾を飲み込んだ。
「さあ、召し上がってください」
ソフィアが椅子に座ると大きな声で言った。
「頂きます!……美味しい」
「沢山あるのでどんどん食べてください」
バルドルも料理に手を出そうとするとカインの叱責が飛んだ。
「バルドル、これは彼女のために用意したものです。控えなさい」
バルドルは不貞腐れた子どものような表情になった。
「ケチ」
ソフィアは微笑んで言った。
「いいですよ、三人で食べましょう」
「……そうですか。それならお言葉に甘えて頂きます」
バルドルとカインも沢山の料理を食べて腹を満たした。双子は食欲旺盛でいい食べっぷりだった。
「ご馳走様でした」
「良かったです。貴女が元気になってくれて」
ソフィアは伏し目で小さな声で言った。
「……どうしてあなた方は、そこまでしてくれるのですか。騎士だからですか。それともハンディマンだからですか」
「どっちもですよ。それに女性にこんなことをした男を私は許しません」
その一言に、ソフィアの表情がわずかに緩んだ。
「……そうですか。私も一緒に行きます。あの屋敷にはまだ他の女性たちがいますから」
「……分かりました」
「いいのか、カイン?」
「ええ。彼女を安全な場所へ送っている時間もありません。それに、まだ犯人の仲間に狙われている可能性があります」
「それなら俺たちが連れて行くしかねぇな」
「騎士団や近衛兵に預けるのも、今は信用できませんしね」
その後、二人は屋敷について宿の主人に聞き込みをし、有益な情報を得た。
屋敷の主はダン・ストック。この周辺では誰もが知る実業家だった。しかし、彼の屋敷には住人も滅多に近づかず、不気味な屋敷として知られているという。




