1話 奇祭の花婿
丘の上にある一軒家。
騎士でハンディマンという便利屋稼業をする双子が住んでいた。
ハウスメイドのシャロン・フランスは、主人の一人、カイン・グランフェルトを起こしに、彼の部屋へ向かった。
「カイン様、起きてください」
カインは寝返りを打ち、気だるそうな声で返事をした。
「……どうしたんですか。まだ起きるには早いでしょう」
「お手紙が届いております。依頼のようです」
「……どうせ護衛とか、人探しでしょう。後にしてください」
「詳しい内容はまだ確認しておりませんが、奇祭と書かれていました」
すると、カインは「奇祭」という言葉に反応して体を起こした。
「すぐに着替えて、リビングで詳しく聞きます」
「かしこまりました」
カインが着替えてリビングへ向かうと、すでに双子の弟バルドル・グランフェルトがいた。
カインとよく似た顔立ちだが、バルドルは短く整えた髪型をしており、カインより体格が良い。
「カイン、おはよう」
バルドルは朝から汗をかいたのか、肩にタオルをかけていた。
「おはようございます、バルドル。今日も鍛錬したんですか?」
「まあな。今日は天気が良かったからさ。ジョギングと素振りを少しな」
「朝から元気な弟ですね……」
「どうぞ、目覚めの紅茶です。お召し上がりください」
シャロンが紅茶を差し出す。
「ありがとうございます、シャロンさん」
「シャロン、手紙を読んでくれ」
「はい。かしこまりました」
シャロンは手紙を広げ、読み上げた。
「初めまして、私はスカーデ村の村長、ロングと申します。
当村は、2週間後に奇祭を行います。その奇祭は足だけで花婿を選ぶ祭りなのですが、何者かが妨害行為を行い困っています。
どうか、奇祭を円滑に運営できるようにお力をお貸しください。よいお返事をお待ちしております」
シャロンとバルドルは内容が内容だけに無言になった。
「……」
「……」
「今すぐ、現地調査へ向かいましょう。バルドル、向かう準備をしますよ」
「え、依頼受けるのか!?」
「返事もなしで行っていいんですか!?」
「困っている人を助けるのがハンディマンでしょう。行きますよ」
「……本音は」
バルドルが呆れたように尋ねると、カインは待っていましたとばかりに饒舌になった。
「奇祭に興味があります。
私は長年、足について探求してきましたが、そんな素晴らしいお祭りは初めて知りました。
ぜひ、現地へ行って村長に詳しくお聞きしたいです」
あまりにも嬉しそうに語るカインを見て、バルドルは小さくため息をついた。
「……やっぱりそれか」
バルドルはしぶしぶシャロンへ指示した。
「シャロン、悪いけど行きますって村長に返事を書いておいてくれ」
「か、かしこまりました。速達で返事を書きます」
☆ ☆
数日後、双子は馬車を使ってスカーデ村へ向かった。シャロンは双子の家でお留守番である。
スカーデ村に到着すると、村人たちは奇祭の準備に各所で追われていた。
スカーデ村は、かなり異質な場所だった。
ステンドグラスには足、銅像も足。大きな広場には、歴代の花婿の足型を模したレリーフが地面に並べられていた。
バルドルは冷や汗をかいた。
この村は、奇祭どころか村を挙げて足を崇めているのではないのか。
一方、カインはというと、ルンルンとした様子で村の中を歩いていた。
カインは手紙に書かれていた村長の家を訪ね、奇祭や今回の経緯について話を聞くことにした。
「この奇祭は三百年続いていて、三年に一度、花婿を選びます。
昔は本当に足だけで花婿を選んでいました。しかし、現在は婚姻とは切り離され、足の美しい男性を選ぶ縁起物の祭りになりました」
村長の説明を、バルドルは黙って聞いていた。
カインが興味津々で話を聞いているため、バルドルは口を挟まずにいた。
「そうだったのですか。ですが、我々よりも近隣の騎士団へ依頼されたほうがよいのでは?」
「……それが、騎士団には『だったら奇祭をやめればいい』と言われました。
あいつらは、伝統ある祭りに興味はないんです!!」
「ふざけた連中です……。信じられませんね」
「なので、腕の立つ騎士でハンディマンのあなた方を雇ったんです」
「光栄です、村長。必ずや奇祭を成功させるため、我々が調査し、犯人を突き止めましょう」
カインの言葉に、村長は胸が熱くなった。
三百年続いてきた祭りを、真剣に守ろうとしてくれる者がいる。そのことが、何より嬉しかった。
「ありがとうございます……」
「村長、被害に遭った場所をすべて見せてください」
「もちろんです。ご案内します」
村長に案内され、カインとバルドルは広場へ向かった。
「足型レリーフ……新しい傷がついていますね」
「五十年前から、後世に残すため、歴代の花婿の足型をレリーフにして広場に飾っているんです。それを……なんと酷いことをするんだ」
レリーフには、何か硬いもので殴られたような傷がいくつも残されていた。
「ハンマーのようなもので殴られていますね。後世に残すべき歴史的価値を何も分かっていない愚か者の所業ですね」
「(……俺には分からん)」
次に案内された教会では、ステンドグラスが無残に砕かれていた。
「こちらは、有名な職人に作っていただいた、男女の足が描かれたステンドグラスでした」
カインは砕けたステンドグラスを見つめ、悔しそうに肩を落とした。
「……見たかったです」
その様子を横目に、バルドルは深いため息をつく。
「(……もう帰りたい)」
この調子が続くのかと思うと、バルドルは早くも疲れていた。
教会からほど近い記念碑には赤い塗料がかかっていた。
「こちらは……祭りに関する記念碑ですか」
「はい……そうです」
記念碑には、大きく文字も刻まれていた。
ーー幸福なんて訪れない
カインは刻まれた文字を見つめていた。
バルドルも被害の惨状に口を開いた。
「村はこんなにも平和なのに。なぜこんなことをするんだろうな」
「すべて奇祭がらみですね」
カインはしばらく周囲を見渡した。
「……村長。この祭りの花婿候補というのは村人以外でも参加できますか」
「ええ、村の外から来た方でも参加できますよ」
「ちなみに、過去の花婿の方々は今も村にいますか?」
「そうですね……過去の花婿の中には、村を出た方もいます。奇祭の際は顔を出してくださる花婿もいらっしゃいますね」
「そうなんですか」
☆ ☆
村長とは別れ、双子は村の中を歩いた。
これまで案内された現場を思い返しながら、カインは周囲の様子を注意深く観察していた。
すると、少し離れた場所に一人の男が立っていることに気づいた。
男は村人たちの様子を眺めているようだったが、カインたちと目が合うと、すぐに視線を逸らした。
カインは男の姿をしばらく見つめていた。
「……あの方、先ほどもいませんでしたか?」
「いたな。さっき広場にいただろ」
「その前は?」
「ステンドグラスのところにもいた」
バルドルも男のほうへ視線を向ける。
男は何食わぬ顔で歩き始めた。しかし、しばらくすると別の場所で立ち止まり、またこちらの様子を窺っていた。
「……確かに怪しいな」
「ええ、偶然にしては多すぎます」
二人は男の動きをしばらく観察していた。
男が再び人目を避けるように歩き始めたところで、バルドルが声をかけた。
「おい、あんた。なんでお前は人目を避けているんだ」
男の肩がわずかに跳ねた。
「!」
男は何も答えず、突然走り出した。
「待て!」
バルドルはすぐに後を追い、男との距離を一気に縮めた。
男は追いつかれたことに気づくと、振り返ってバルドルに殴りかかった。
しかし、バルドルは咄嗟に身をかわすと、男の腕をつかんだ。そのまま勢いを利用して、男を地面へ叩きつける。
「ったく、いきなり殴るなよ」
男は地面に押さえつけられながら、必死にもがいていた。
「バルドル、そのまま男を抑えてください」
「……おい、何してんだ」
カインは男の足元へしゃがみ込んでいた。
「足を調べます」
「は!?」
バルドルが驚いている間にも、カインは男の靴に手をかける。
そして、慣れた手つきで靴を脱がせると、男の足をじっくりと観察した。
カインは足を見つめたまま、口元に笑みを浮かべる。
「貴方でしたか、六年前の花婿さん」
「え、なんで分かるんだ?」
「広場にあったレリーフの足型と一致しています。足の形はそう簡単には変わりませんからね」
「……そうかよ」
男の持ち物を調べると、染料がついたかばんやハンマーが見つかった。
「奇祭を妨害した犯人も貴方でしょう」
男は悔しそうに、壊されたレリーフや記念碑へ視線を向けた。
「……こんなものが残っているから、村人は祭りをありがたがるんだ」
カインは男を責めることなく、静かにそう尋ねた。
「事情がありますね。聞かせてください」
「六年前、俺はこの祭りで花婿に選ばれた。それがきっかけで妻と出会い、結婚したんだ。商売も始めて人生の絶頂だった」
「ですが、その後に商売が失敗したんですね」
「ああ。それだけじゃない。妻との関係も悪くなって、結局は離婚した」
男は拳を強く握りしめた。
「……あの祭りで選ばれなければ、こんな人生にはならなかった。そう思うようになったんだ。
花婿に選ばれた瞬間が、人生で一番幸福だった。でも、俺の幸福も全部使い果たされたんだ」
男の声には、怒りだけではなく、深い後悔が滲んでいた。
カインは男を静かに見つめた。
男の言葉を否定することも、簡単に慰めることもできなかった。
「きっと、貴方はとても幸せだったのでしょう。だからこそ、失う痛みも大きかった」
「……」
男は何も言わず、俯いた。
「ですが、祭りを壊しても、あの日まで戻ることはできません」
「……分かっている。分かっているんだ……」
男は悔しそうに顔を歪めた。
☆ ☆
その後、犯人は騎士団へ引き渡された。カインが事情を説明して「あとは任せましたよ。無能集団さん」と毒を吐いた。
事件が解決し、村には再び平穏が戻った。奇祭の準備も無事に再開され、村長は双子に向かって口を開いた。
「次回も祭りは続けます」
村長は、これからも奇祭を守っていくという決意を込めるように、二人へ告げた。
「それは何よりです」
「……お前、次回も来るだろう」
バルドルがそう尋ねると、カインは迷うことなく答えた。
「もちろんです」
そして村長は、バルドルにも声をかけた。
「バルドル様、貴方は非常にいいお名前をお持ちです。次回はぜひ参加をお待ちしています」
「……いや、俺はいいよ」
カインは楽しそうに笑った。
「いい機会です、奇祭に出なさい」
「絶対に出ねぇ」
「奇祭に出るときは、私が念入りに足を洗ってあげますよ」
「絶対に出ねぇからな!!」




