49話 彫刻家
依頼者の自宅にカインとバルドルは向かった。古びた家のドアを叩くと、髪の毛がボサボサで服もくたびれた男が出てきた。
「ようこそ、お越しくださいました。私がベルーニです」
双子が家の中に入った。足の踏み場もほとんどなく、画材や道具、脱ぎっぱなしの服が散乱している。清潔感とは無縁の部屋だった。
バルドルは小声でカインへ言った。
「俺、片付けたい……」
「駄目です」
「そりゃそうだけど、窓くらい開けたいな……」
ベルーニは笑顔で双子へ言った。
「今、お茶を入れますね」
双子は即答した。
「いえ、結構です」
「俺も大丈夫だ」
カインはささっと今回の依頼内容をベルーニへ確認した。
「本日は、一週間後のプランケン公国で行われる品評会に出展する品を運搬するのが我々の仕事ですね」
「はい! 私一人で運べないのでハンディマンのあなた方を頼みました」
「よろしければ、その品を見せていただいてもいいですか?」
ベルーニは隣の部屋に二人を案内した。
「こちらが今度の品評会に出展する作品です」
そこには、石膏で作られた女性の上半身像があった。まるで本物のような肌感と柔らかそうな質感にカインとバルドルは驚いた。
「……ベルーニさん、半年前のアルテミスの王都で行われた彫刻の品評会に出展しましたね」
「よくご存じですね!!」
「あのときの魅力的な足裏は、私でさえ魅了しました。この彫刻を見てすぐに思い出しました」
「私のような無名の彫刻家の作品をよく覚えてくれていましたね。……嬉しくて涙が出ますよ」
「……俺、こういうのは無知だけどこれは分かる。すげぇなこれ」
「バルドルにも分かる素晴らしい作品です。きっと品評会でいい結果が出ますよ」
「運搬のほど、よろしくお願いいたします」
「ところで、ベルーニさん。貴方、風呂はいつ入りましたか?」
「四日前です」
「入ってください」
「え?」
カインが強制的に風呂に入らせると、バルドルはカインとルートの確認をした。
「バルドル、今回の依頼は運搬ですが、できるだけ彼を品評会で活躍できるようにサポートしましょう」
「カインにして珍しいこと言うな」
「見かけで恐らくベルーニさんは損しているだけで、パトロンがつかないんだと思います。見たくありませんか、大成する姿」
「ああ、やれることはやるか」
ベルーニが風呂から出てくると、体から変な匂いはしなかった。
しかし、品評会に着ていけそうな服は、部屋のどこを探してもなかった。
荷台に作品を入れた木箱を積み、ベルーニの自宅を出発した。
「バルドル、今日はひとまず北上しましょう」
「おう、出発だ!」
双子は慣れた様子で荷台を引きながら、街道を進んで行った。対して、ベルーニは二人の後ろを歩いていたが、しばらくすると徐々に息が上がり始めた。
「……お二人、体力ありすぎじゃないですか」
「そうか?」
ベルーニは苦しそうに息を整えながら答えた。
「私、ずっと家にいるので体力が……」
カインは淡々と言った。
「頑張ってください、しか言いようがありませんね。バルドル、ベルーニさんを見捨てて宿まで運びましょう」
「え!?」
「カインさん、冗談きついですよ」
「我々は運ぶのが仕事です。貴方の護衛ではありません」
「……」
ベルーニは何も言い返せず、黙って歩き続けた。
すると、バルドルが振り返って荷台を指差した。
「ベルーニさん、荷台に乗ってもいいぞ」
「バルドルさん、優しい!!」
「甘やかさないでください」
「そうは言うけどよ。可哀想だろ」
「……仕方ありませんね」
カインはため息をつきながらも、荷台に乗ることを許した。
「ありがとうございます!」
ベルーニは嬉しそうに荷台へ乗り込んだ
「よし、これで少し楽になったな」
「はい!」
作品を積んだ木箱の隣で、ベルーニは満足そうに座った。
「……品評会までに、少しは体力もつけてもらいましょうか」
「えっ?」
「冗談です」
「もう、カインさん……」
☆ ☆
立ち寄った町は服の品ぞろえもよく、賑やかな町だった。
「今日はここで寝泊まりしましょう」
ベルーニの姿を頭の先から足元まで眺めると、淡々と口を開いた。
「ベルーニさん、動かなくていいので体だけ貸してください」
「どういうことですか?」
「床屋さん行きます」
「え!?」
ベルーニが驚いて一歩後ずさる。
カインは構わず、町の通りにある床屋へ視線を向けた。
「貴方みたいな見かけが汚い芸術家は、どんな人も嫌がります。品評会でいい結果を出したいなら、まず清潔感を出してください」
「……はい」
ベルーニは観念したようにうなずいた。
「では行きましょう」
ベルーニは肩を落とし、カインに連れられて床屋へ向かった。
床屋に着くと、カインはベルーニを店員に預けた。
「可能な限り、清潔感のある男前にしてください」
「え?」
ベルーニが振り返るより先に、カインは店を出た。
そのままバルドルと宿へ戻り、二人で待つことにした。
一時間ほど経った頃、宿の扉が開いた。
ベルーニが戻ってきたが、先ほどまでのボサボサだった髪は整えられ、伸び放題だった髭も綺麗に剃られている。顔立ちもすっきりと見え、別人のような印象になっていた。
バルドルはベルーニを見て、思わず声を上げた。
「へぇ、やっぱり人って磨けば光るもんだな」
「ええ、印象がだいぶ変わるでしょう」
カインも満足そうにベルーニの姿を眺める。
しかし、本人は首を傾げていた。
「そんなにですか?」
「おや、見てないんですか。ほら、鏡を見てください」
カインが鏡を指差す。
ベルーニは半信半疑で鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめた。
「……私ってこんな感じでしたっけ」
「以前とはかなり違いますよ」
「そうなんですか……」
「貴方は素材がいいのに、もったいないタイプなんですよ」
ベルーニは鏡の中の自分を見ながら、しばらく黙っていた。
「……なんだか、少し恥ずかしいですね」
「その感覚を忘れないでください」
「はい」
バルドルは二人のやり取りを横で眺めながら、ぽつりと呟いた。
「カイン、楽しそうだな」
「芸術家を世に送り出すための準備ですよ」
「そうか?」
「そうです。明日は服を選んでから出発しましょう」
「服? これじゃダメですか?」
「ダメだ」
「ダメです」
☆ ☆
街を出る前に、清潔感のあるYシャツに、スーツ風の服を購入した。
急いでいるため裾上げは後ほどバルドルがすることになった。
「バルドルさん、選んでいただきありがとうございます」
「いいよ。正直、印象が変わったから、服選びが先じゃなくて良かったぜ」
「確かに!」
ベルーニは嬉しそうに自分の服を眺めている。
「バルドル、今日もどんどん進みますよ」
「おう」
カインは満足した様子で先を促した。
ベルーニは二人について歩きながら、ふと思い出したように口を開く。
「品評会は作品の良さをスピーチする時間がありましたね。その練習は平気ですか?」
カインの問いに、ベルーニの足が止まった。
「……それが、大勢だと緊張してしまい……上手く喋れないです」
「……」
カインはベルーニをじっと見つめた。
そして、ためらうことなく言った。
「……練習しますよ」
「え?」
「それができなければ品評会では目立てません。今すぐに改善しますよ」
「そ、そんな……」
ベルーニの顔が引きつる。
ようやく身だしなみを整えたと思ったら、今度は人前で話す練習が始まる。
「まず、私たちを観客だと思ってください」
「今ここでですか?」
「ええ。時間はありませんから」
ベルーニは覚悟を決めるように息を吸った。
「……はい」
それからベルーニは、食事の時間や移動中にも原稿を読み返すことになった。
最初は途中で言葉に詰まっていたが、何度も繰り返すうちに少しずつ話せるようになっていった。
☆ ☆
数日をかけて、双子とベルーニはプランケン公国にある品評会会場近くの宿まで進んだ。
旅の間、双子はベルーニにできるだけ健康的な食事を与えるようにした。もともと食生活にも無頓着だったベルーニだが、数日も続けると顔色が目に見えて良くなっていった。
カインたちも品評会でベルーニの役に立てるよう、道中で少しずつ準備を進めていた。
そして、品評会当日。
前日、カインから台座の高さや像の角度などを細かく指示した紙を渡されていた。
荷物を無事に運び終えたことで、双子はそこでお役御免となった。
それでも、旅の道中で様々なことをしてくれた双子なら、きっと品評会にも来てくれるだろう。
そう思いながら、ベルーニは自分の作品の前に立っていた。
「……緊張してきた」
会場には多くの人が集まり、様々な作品を眺めている。
その中で、ベルーニの像の周囲にも人が集まり始めていた。
「(なんで私の像のところに人が集まってるんだ?)」
ベルーニが不思議そうに眺めていると、聞き覚えのある声がした。
「あ!」
振り返ると、カインとバルドルが自分の像を観に来ていた。
しかし、いつもの二人とは雰囲気が違う。
カインは整った顔立ちがよく分かるオールバックに、気品のある服装をしている。バルドルもそれに合わせた服装をしており、二人並んでいるだけで周囲の視線を集めていた。
「分かりますか、この角度」
「……雰囲気が随分と変わるな」
「高さや角度が違うだけでも、作品の印象はかなり変わるものです」
二人は作品を眺めながら、前日にカインが指示した展示方法について確認していた。
結果として、像よりも双子の方が目立っていた。
しかし、それこそがカインの狙いだった。
「あの二人の殿方、美しいわね」
「まるで、クルエラ様に負けず劣らずの風格がありますわね」
バルドルは女性たちの会話を聞き、内心で頭を抱えた。
「(プランケン公国って、あの総隊長がいる国だったっけ……。よりによって、そいつの名前をカインの近くで言わないでくれ……)」
その間にも、二人を見に来る人は増えていく。
女性の一人が、カインに声をかけた。
「もしかして、こちらの作品にご興味がおありですか?」
カインは作品を指しながら、ベルーニから聞いた話や自分なりの感想を交え、丁寧に説明した。
「はい。この像は、肌の質感が非常に素晴らしいんです。特に本物のような柔らかさがある。その点を私は高く評価しています」
「素晴らしい観察眼ですわ。よろしければ、このあとお茶でもしませんか?」
「いえ、これから仕事があるので失礼いたします」
カインは軽く頭を下げると、バルドルとともにその場を離れた。
「……目立ったな」
「まあ、あんなものはきっかけに過ぎません。あとは本人の努力ですよ」
「確かにな」
二人はそう言って、ベルーニの方を振り返った。
ベルーニは少し離れた場所で、自分の作品を見つめながら、集まってきた人たちに一生懸命説明していた。
二人は品評会の結果を見ずに、馬車で自宅へ帰った。
☆ ☆
数日後、グランフェルト邸に大きな木箱が届いた。
箱には一通の手紙が添えられていた。
「ベルーニさんからだな」
カインが手紙の封を切り、バルドルは横から手紙を覗いた。
品評会では多くの方に作品を見ていただけました。お二人のおかげです。本当にありがとうございました。
よろしければ、私の作品を差し上げます。ご自宅に飾ってください。
箱を開けると、中には精巧な足の彫刻が入っていた。
「……」
「……素晴らしい」
「結局、足かよ」




