50話 インコ(前)
暖炉で体を温めたくなる時期、バルドルは縫い物教室が行われている会館に来ていた。
剣術を極める一方、料理や縫い物も趣味にしているバルドルは、主催者に雇われて教室の手伝いをしている。
鍛えている体つきとは真逆の繊細な手つきと優しい助言は受講する淑女の心をがっちりと掴んでいた。
本日の教室も二時間程度で終わり、バルドルはさっさと帰宅しようと会館の廊下を歩いていた。
すると、一羽のインコに出会った。
会館でインコなど見かけるはずもなく、バルドルは首を傾げた。
足先に可愛らしい布が巻かれており、飼われているインコだと思った。
周囲を見渡したが、飼い主らしき人物はいなかった。バルドルは屈んで、インコに話しかけた。
「お前、どこのインコだ?」
当然、人間の言葉など通じることはなく、ピィと鳴き声をあげるだけだった。
しかし、このままに放っておくこともできず、バルドルはそっと下から手を差し伸べた。
「飼い主探してやるから、一緒に来い」
「ピィピィ」
すると、インコはバルドルの手のひらに乗った。
バルドルが帰宅すると、リビングで事情を聞いた兄カインはやや呆れ気味にバルドルへ問う。
「それで飼い主がいなかったから持ち帰ったんですか」
「仕方ねぇーだろう。いねぇんだからさ。会館に置き去りにするわけにはいかねぇし」
会館内で聞き込みをしたものの飼い主は見つからず、バルドルはそのままインコを自宅へ連れ帰った。
インコはバルドルの胸ポケットの中が気に入り、一向にでようとはしなかった。
「それでどうするのですか」
「飼い主が見つかるまで飼う。いいだろう?」
「ええ、責任をもって飼えば問題ありませんよ。それにシャロンさんも興味津々のようですからね」
「本当だ」
後ろに控えているシャロンは目を輝かせてインコを直視していた。
「シャロンさんはインコを知ってますか?」
シャロンは頷いた。
「はい。話には聞いたことはありましたが、実物は初めてです」
「そろそろ外出ろ」
「ピィ」
バルドルが胸ポケットから出ると、ピョンピョンと跳ねた。
初めて見るインコにシャロンの頬もほころんだ。
「可愛い……」
「悪いけど、俺がいない間はこいつの世話を頼んでもいいか」
「勿論です、バルドル様!」
「ありがとう、シャロン。インコに関する本は用意したからこれ読んで世話してくれ」
バルドルから本を手渡されるとシャロンは嬉しそうな表情を浮かべていた。
「早速、拝読させていただきます」
シャロンはバルドルから借りた本を読んで、飼育方法を模索した。
「バルドル、シャロンさんばかりにお世話を任せきりにしないでくださいね」
「わかってるって、俺も世話はするさ。あいつのためにもさっさと飼い主を見つけてやらねぇとな」
バルドルの優しさに、カインは小さく息を吐いた。 そんな弟を嫌いではない。カインも飼い主探しを手伝うことにした。
「私の手も開いていますので、明日から飼い主探しを手伝ってあげますよ。」
「ありがとうな、カイン!」
☆ ☆
次の日、双子は朝から二手に分かれて、インコの飼い主の情報を集めようと聞き込みを行った。
街を巡回する騎士や街の住人、ペットショップなど手当たり次第に訪ねてはみたが、これといった情報は集まらず双子は家に帰ってきてしまった。
バルドルは弱ったなと肩を落とした。
「カイン、どうだった」
「これといった成果はありません。ダメもとで近衛兵と騎士団のところへ訪ねてみましたが、インコの捜索願いは出ておりませんでした」
「俺も会館近辺の街を探したが、情報はなかった。インコの飼い主探しって難しいんだな」
「地道に探すほかありません。明日、新聞に掲載依頼して飼い主の情報を募りましょうか」
新聞に掲載されたら、それだけ多くの人の目に触れられ情報が集まりやすくなる。最善の方法ではあるが、新聞の掲載費は高いので少しバルドルも迷っていた。
「多少、金はかかるがやってみる価値はありそうだよな。やってみるか」
夕方、玄関をノックする叩く音が響いた。
シャロンはインコと戯れるのをやめて、すかさず反応した。
「ご来客のようです。対応いたします」
「お願いします」
玄関ドアの小さな穴から覗き来客者を確認して、シャロンは一呼吸入れてから玄関を開けた。
「ようこそお越しくださいました、ティナ様」
「ああ、愛しのシャロン。今日も花のように可憐ね」
ティナの言葉にシャロンはやや対応に困ったが、感情を表に出さず笑顔を浮かべて返事をした。
「お褒めのお言葉、恐悦至極でございます。本日はどのようなご用件ですか」
「今日はね、シャロンに似合うお洋服を仕立てたから持ってきたの」
「私へのお洋服ですか!?」
ティナの話を聞き、双子も玄関へ来た。
「凄まじい執着ですね」
「お前の家、ここから遠いだろう。わざわざ自分で来なくても従者たちに配達させればいいだろう」
「ごきげんよう、双子。
バルドル、あんたなんにも分かっていませんわね。
こういうのは自分で渡すから価値があるものなのよ。それに私がくればシャロンの美麗な姿を見ることができるじゃない」
「結局会いに来ただけかよ……」
「周りくどいですね」
「ほら、シャロン。これが私が選んだ服よ」
ティナは持っていた大きなケースから服を取り出した。純白のレースドレスや、黒を基調にしたゴシック服など、四着もの服が入っていた。
バルドルはレースも編むことができるため、純白のドレスの編み込みを見て感嘆の声を上げていた。
「すげぇ、ドレスだな。レースのところがめっちゃ手が込んでるじゃねぇか」
「そうでしょ。これ、私が贔屓にしてる洋服屋に特注で作ったの。時間をかけて作られた服だからこの世に唯一無二の服なのよ」
「……」
高価なドレスを前に、シャロンは受け取りに困った。
男である自分が着る機会などほとんどなかった。それだけに受け取るのは申し訳なかった。
「シャロン、これはほんとささやかなプレゼントなの。受け取って」
カインのほうをチラリとみると「もらっておきなさい」と口元が動いていた。
シャロンは心の中で頷いて、ティナへ返事をした。
「ありがとうございます。休日に着させていただきますね」
「嬉しい。ぜひ、パーティーや私との初めてのデートのときに着てほしいわ。
……あら、インコがいるじゃない。双子も飼い始めたの?」
インコは居間から玄関のほうまで来ていたようだ。
バルドルがインコを肩に乗せ、事情を説明した。
「いや、こいつは迷子なんだ。飼い主が見つかるまでしばらくここで飼うことにした」
「へぇー、そうなんだ。早く見つかるといいわね。
それなら私の子も連れてくれば良かったかしら」
シャロンはティナへ質問した。
「ティナ様もインコは飼っているんですか」
「ええ、貴族の中で流行っているようですよ。愛好家も多くてインコ交流会なんてものもあるのよ」
カインはティナからの有力な情報に頬が緩んだ。
「交流会でしたら、いい情報を入手できるかもしれませんね」
「それなら、アルテミス近辺の交流会の主催者を紹介できるわよ」
「それはありがたい。今日はもう遅いので明日にでも訪問してみましょう」
すると、ティナは急にしおらしい態度でカインに言った。
「まあね、教えてあげてもいいのですよ。でもね、ただで教えるのは……ね?」
大方、ティナの言いたいことがわかり、カインはティナへ尋ね返した。
「望みなんですか。可能なものでしたら、お応えします」
「今晩泊めて。今から馬車に揺られて帰るの面倒だし、この家って部屋たくさんあるんでしょう? ダメかしら?」
ティナの瞳は愛すべきシャロンと一緒に過ごせるという期待に満ちあふれていた。
カインはその程度の願いなら構わないと即答で返事した。
「分かりました。シャロンさん、ティナのお世話は任せましたよ」
突然のティナのお泊りにシャロンは動揺した。
「か、かしこまりました」
ティナは今までの品のあるお嬢様から一変、可愛らしい少女のように喜んだ。
「やった!! カイン、ありがとう。シャロンとお泊り会したかったのよ。一緒に寝ましょうね」
それはさすがにまずいとシャロンの顔は引きつった。
「それは困ります……」
「別に変なことしないわよ。一緒に寝たほうが温かいじゃない」
「それはそうかもしれませんが……」
ここに来て一番の笑みを浮かべるティナに双子はやれやれとため息をついた。
「やべぇ、シャロンに申し訳ないことさせた……」
「だったら、明日インコの飼い主を探しにでかけますよ」
「わ、わかってるって」




