47話 金山詐欺(前)
バルドルとカインは朝食を済ませて、居間でくつろいでいた。
朝食の片付けを終えたバルドルはソファーに腰を下ろして、食後の余韻を楽しんでいた。
一方、カインはいつものように新聞を広げ、世間の出来事に目を通していた。
「カイン、今日のご飯はどうだった」
「ポタージュスープは濃厚で美味しく、鮭ムニエルも新鮮でサラダも多くて全体的にバランスが良い品で文句なしの美味しさです」
「へへ、やっぱり腕によりをかけたかいがあったな」
バルドルは満足そうに笑った。
「次はお肉も欲しいですけど………ん?」
カインは新聞をめくる手が止まった。一面の記事が目に入った途端、それまで穏やかだった表情がみるみる険しくなった。
バルドルはその変化に気づき、横から新聞を覗き込んだ。
『クルエラ総隊長、怪死事件を解決!』
大きな見出しが一面を飾っていた。
「あの総隊長、新聞に載ってるのか……」
「つくづくムカつく男ですね……」
カインは記事だけ乱暴に引き抜くと、新聞をぐしゃぐしゃに丸め、そのまま床へ放り投げた。
機嫌の悪くなったカインをなだめるように、バルドルは苦笑しながら声をかけた。
「まあまあ、落ち着けよ。俺たちもぱっぱと依頼を解決しようぜ」
「そう簡単に依頼者が湧いてこないですよ」
玄関ドアから、ドンドンとドアを叩く音が響いた。
「すみません! 助けてください」
今日はシャロンが不在のため、双子が揃って出迎えに行くことになった。
カインが玄関のドアを開けると、そこには顔色の悪い男が立っていた。
「突然、すみません。お願いします、僕を助けてください」
「お任せください。ハンディマンのカイン・グランフェルトと助手のバルドルが貴方をお助けいたします」
「俺は助手じゃねぇ!」
双子は男を客間に通し、ソファーに座るように促すと、向かいに腰を下ろした。
男は落ち着かない様子で何度も手を握り直していた。
「俺は男爵家のトレヴァー・ガットです。突然、お訪ねしてしまいすみませんでした。」
「構いませんよ。それで相談内容は?」
「数日前に私の家に手紙が届きました。
『金山が発掘され、今買い手を探しています。少し離れた土地ですが、資産としてお持ちになるのはいかがでしょうか』という内容で、私は興味を持ちました。それで、その会社の人間を自宅に招いてお話を聞き、金山を購入したんです。
ところが後日、私が買った金山のある土地に行ってみると……これしかなかったんです」
ガットは懐から布に包んだ石を取り出し、テーブルの上に置いた。
カインは布を開いて石を手に取ると、表面を一目見ただけで、その正体を見抜いた。
「これは黄鉄鉱ですね。金とは全く違うものです」
「完全に騙されました……。事前の調査もせずに、安易に契約した私の責任です」
「詐欺師の手口です。すぐに契約させて金を要求するという、巧妙なやり方です」
カインは石をテーブルへ戻して、ガットの顔を見た。
「依頼は、その山師を探し出して、お金の返却と契約書の破棄、といったところでしょうか」
「そうです。どうか助けてください」
ガットは身を乗り出して頭を下げた。
「かしこまりました。必ず探し出してみせましょう」
それまで黙って話を聞いていたバルドルが口を挟んだ。
「そんだけのことをやるような奴らだ。簡単に見つけられないんじゃないか?」
「そうですね、地道に山師たちの聞き込みをして探すと手間がかかります。
ですので、あちらから出向いてくるように仕向けます」
ガットが目を丸くした。
「そんなことできるのですか?」
カインは口元に薄い笑みを浮かべていた。
「ええ、みんなで協力すれば……ね」
依頼者のガットは首を傾げ、バルドルは眉間に皺を寄せた。
「ものすんごく嫌な予感がする」
☆ ☆
数日後
詐欺集団「アドニス」は、山師界隈で噂になっている一人の男に目をつけていた。
なんでも海を渡って移住してきた資産家で、いろんな事業に手を出している若い北欧人らしい。金回りもよく、近頃は金山の売買に興味を示しており、多くの山師を呼んでは商談をしているようだ。
こんなに都合のよい男はいないと思い、さっそく噂の男のもとへ手紙を送り、交渉人を派遣した。
交渉人のサニーは屋敷の客間に通されると、目の前の男を見てわずかに息を呑んだ。
男はソファーに深く腰を下ろし、鋭い目つきでサニーを見据えている。
「お前が今回の商談相手か」
「はい、私はアドニスという会社で営業担当をしています、サニーと申します」
サニーは恭しく頭を下げた。
噂で聞いていた人物とはいえ、実際に対面してみると、その威圧感は想像以上だった。
数多くの人間を騙し、巧みな話術で書類にサインをさせてきたサニーでさえ、目の前の男には慎重になっていた。
「俺はイヴァン・ザンデークだ」
彼は自信に満ち溢れた貴族に見えた。それでいて凛々しい佇まいがあり、嫌味な印象は不思議なほど感じさせない。
ここまでの風格の人間と対面するのは初めてであった。
すると、ザンデークのそばに控えていた執事らしき男が懐から一通の手紙を取り出した。
「貴方の会社からのお手紙を拝見いたしました。
旦那さまに金山の売買契約を結ばれたいとのことで、本日はお越しになられたのですね」
執事の確認に、サニーは笑顔で頷いた。
「はい、そのとおりです。先日アルテミス北東部の裏山にて金山が採掘されました。
私どもとしては、その山をザンデーク様にお売りしたいと思っております。
これは決して悪い話ではございません。金は単価が急落する恐れはありませんし、何より資産として運用しやすい。
もしものことがあっても、売ってしまえば利益が出ます。いかがでしょうか」
サニーはいつもの営業文句を並べながら、ザンデークの反応を窺った。
すると、執事はすかさず口を挟む。
「現在の金の価値は、1キロ五百万相当であると商人から伺っております。旦那さま、これは良い案件だと思います」
「お前に言われなくても分かっている。その金山、買ってやる」
「さようですか」
あまりにもあっさりとした返事で、サニーは内心でほくそ笑んだ。
これなら、いつものように話が進められると思ったが、そうはいかなかった。
「だけど、条件がある」
ザンデークは鋭い目を向けた。
予想外の言葉に、サニーの笑顔がわずかに固まった。
「どんな条件ですか……」
「お前の会社が持っている金山、すべて俺に売れ」
サニーは目を見開いた。
「す、すべてですか!?」
ザンデークは、サニーの反応を愉快そうに眺めていた。
「ああ、隠している金山をちっぽけな貴族に売るくらいなら、俺に寄越せ。買ってやるよ」
「……」
サニーは言葉を失った。
もちろん、そんな話を一存で決められるはずがない。しかし、ここで断るのも惜しい。
これほど金払いのよさそうな相手は、そうそう見つからない。
サニーが返答に迷っていると、ザンデークはさらに言葉を続けた。
「しかしな、これは急な申し出だからな。会社とよく話し合ってから取引しろ。
そのときは、お前の社長にも挨拶をしたいと思う」
「はい、かしこまりました! 必ずよいお返事ができるようにいたします!」
サニーは深々と頭を下げた。
そして一刻も早くこの話を社長へ伝えるため、急いで屋敷を後にした。
サニーが客間からいなくなると、バルドルは大きく息を吐き出した。
「……疲れた。思ったより早く来てくれてよかった」
先ほどまで堂々とした資産家を演じていたとは思えないほど、バルドルの肩から力が抜けていた。
「お見事ですよ、バルドル。なかなか生意気な資産家っぽい演技で良かったですよ」
そばで執事として対応していたカインは、満足そうにバルドルの演技を褒めた。
しかし、バルドルにとっては褒められて喜べるほど余裕はない。
普段は決してしないような態度を取り続け、いつボロが出るか分からない緊張感の中で相手と話していたのだ。
「そ、そうかよ」
バルドルは疲れた様子でソファーにもたれかかった。
すると、隣の部屋で話を聞いていた依頼者のガットも姿を現した。
「かっこよかったです。キレ者感があって、すごかったですよ」
「あ、ありがとう」
褒められても、バルドルの表情はどこか引きつっていた。
そもそも今回の作戦は、ガットが相談に来た日にカインが思いついたものだった。
カインは情報通の酒場の女将に、「イヴァン・ザンデークという男が金山を買いたがっている」という噂を広めてほしいと頼んだ。
山師の世界は意外にも横のつながりが強い。
一人の山師が聞いた噂は、別の山師へと伝わり、やがて金山を扱う者たちの間へ広がっていく。
そして、その噂が詐欺集団の耳に入るとカインは睨んでいた。
実際、巷ではガットのような被害報告が数多くあり、その被害者の多くは比較的若い貴族だった。
ならば、詐欺師が声をかけやすい架空の人物を作り上げ、こちらから餌を撒けばいい。
そうして生まれたのが、若くして財を築いた北欧人の資産家、イヴァン・ザンデークだった。
双子は中古の屋敷を借り、ガットの家にあった装飾品を玄関と客間だけに飾った。
屋敷全体を豪華にする必要はない。詐欺師が見る場所だけ、それらしく見えれば十分だった。
しかし、この噂を聞きつけたのは詐欺師だけではなかった。
「金山を買いたがっている大物貴族」という話は、まっとうな山師にとっても魅力的な商談相手だったのだ。
そのため、ターゲットではない山師たちも何人か屋敷を訪れてきた。
そのときは事情を説明し、丁重に帰ってもらった。
そんなことを続けて一週間。
ついにガットを騙した詐欺師から手紙が届き、こうして本人たちがのこのこと屋敷へやって来た。
不幸中の幸いだったのは、詐欺師たちがこちらの狙いに気づかなかったことだ。
「さっきのやつって、ガットさんは知っているか?」
バルドルが尋ねると、ガットは首を横に振った。
「いえ、違いますね。しかし、営業の売り方は同じでした」
「あの手の人間は、みな複数人いるものですからね。今日来たサニーという人物も、恐らく偽名でしょう」
「話を大きくさせて、今回は保留にしたが……今後はどうするんだ」
「そうですね」
カインは少し考えると、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「あいつらを今から追いかけるんですか?」
「駄目ですよ」
サニーを追えば、相手に警戒される可能性がある。 それなら、こちらから動くよりも相手が動きたくなる状況を作ったほうがいい。
「ひとまず、女将さんに噂を広めるのをやめさせて、次の一手を打ちますか」
「何すんだよ」
バルドルが嫌そうな顔をする。
その反応を見たカインは、楽しそうに笑った。
「すぐに分かります」
「怖いな……」
バルドルは深いため息をついた。




