46話 幸せを呼ぶ鳥(その4)
三日目
翌朝、カインは再び騎士団舎を訪れていた。
以前もいた騎士団員がおり、やや面倒そうにカインの対応をした。
「また来たんですか、お兄さん。騎士団は忙しくてまだ捜索できていないんだ。出直してくれ」
「あなた方は、最初からトミー氏を探す気などないでしょう」
「なんだと」
「まあ、その話はいいです。昨日私の連れが沖合である鳥を見たんですよ。
その島があなた方の管轄する保護区の方へ飛んで行ったと証言しているんです」
カインはルシィの絵を騎士団に見せつけた。
「……アナツバメをご存知ですね」
ルシィが昨日描いた絵はアナツバメという鳥の絵であった。ルシィは見たままに描いたもので特に着色もない特徴をしっかりと捉えた絵である。
団員は目を泳ぎせ、明らかに知っていることを物語っていた。
「そんなものは知らない。言いがかりはよしてくれ」
「モナ島のこと調べさせていただきました。昔から森の自然は保護されて島の人々も大切にされていた場所だと。
しかし、数年前から騎士団は自然保護という理由で入ることを禁じてしまった。当初、島民は反発しましたが、騎士団の団長が島民を説得して事態は収束しました。
普通、団長自らが島民を説得したなんて聞きませんよ。でも、そこまでしてでも欲しいものがあったのではありませんか。
たとえば、アナツバメがすみかを作り出したとかね」
「……」
騎士団の団員はカインの説明を沈黙しているが、表情は雲がかっていた。
「アナツバメの巣というのは高額です。
恐らく、アナツバメの巣を売り払えばさぞ裕福な暮らしができるでしょう。
そして、アナツバメは洞窟の高い位置に巣を作ります。そのため巣の採取は非常に危険で、死亡事故も多発しています。
それを騎士団の団員だけでなく、よそから集めているのではありませんか。
例えば、体力のある命知らずの若者とか」
団員は動揺しながらも大きな声で言い放った。
「すべて仮説にすぎない! いいがかりはやめろ!!」
感情的な怒りをカインにぶつけるが動じなかった。
「申し遅れました、私は国王公認のハンディマンという役職の者です。自白しない場合は、本土に戻って近衛兵を派遣し、保護区を捜索させますよ。
本当なら騎士でありながら不正事業と不当労働などが発覚し、この騎士団は解体されるかもしれませんね」
「!!」
そのとき団員は思った。初めからこの男の狙いはそれであると。どんなに金で釣ろうがこの男は冷酷に実行をすると思うほどである。
「さっさと自白すれば、泥水すするくらいの処分にしてあげますよ」
「貴様がハンディマンか。噂に聞く通りの悪知恵で口が回る男のようだな」
「団長!」
奥から騎士団長がでてきて、カインは役者がそろったと、頬が緩ませた。
「ようやくでてきましたか。団長さん、貴方と取引がしたいです、いいですよね」
「貴様はトミーを探しているのだろう。会わせてやってもいいぞ。
ただし、条件つきだ」
「おやおや、まだ貴方は自身の立場を理解していないのですね。私が条件をつけるんです。
貴方は私に指示などおこがましいですよ」
「……何が望みだ」
カインはよい土産ができたと笑って交渉を始めた。
カインが騎士団舎から戻り、バルドルとルシィへ伝えた。
「ルシィさん、お兄さんが見つかりました。今日の夜にお兄さんが来ますよ」
「どうやって見つけたんだ、あんなに苦労して情報がなかったのに」
「騎士団の人が見つけてくれたんですよ」
「そうなんですか」
まだルシィはカインの言葉に嬉しさと戸惑いの表情をしていた。
カインの口から忌み嫌う騎士団の単語がでたことからバルドルはルシィに聞こえないようにカインへ尋ねた。
「騎士団を脅したの間違いだろう」
仏頂面でいうとカインは笑ってごまかした。
「おやおや、物騒な言い方をしないでください。交渉したんですよ」
「胡散臭さ……」
その日の夜
カインのいう通りにルシィの兄トミーは、ルシィたちが寝泊まりしているバーへやってきた。
ルシィは待ちきれず、バーの外で兄を待っていた。
兄の姿を見つけると、ルシィは飛びついた。
「お兄ちゃん!!」
探し続けていた兄の姿を目の前にしてルシィは駆け寄った。
「ルシィ……」
トミーはルシィの頭を撫でた。
すると、ルシィは兄に会えた喜びに涙をこぼして抱きしめた。
服は涙で濡れてしまったが兄は引き離すことはせず、ここまで自身のために涙を流してくれた妹に申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。
ルシィは少しずつ泣き止むと今まで思っていた疑問をぶつけた。
「ねぇ、どうして。どうして連絡くれなかったの」
「……それはツバメの巣を採取していたからだ」
「採取?」
「ああ、半年前、俺は新聞広告でその仕事を見つけて応募したんだ。でも、秘密厳守の仕事だったから、外部に情報が洩れないよう、あえて連絡を絶っていたんだ。
これもお前のためなんだ。心配かけて悪かった……」
本当は、騎士団が高価なツバメの巣を採取するため、島外から屈強な男たちを集め、危険な崖で働かせていたのだ。
さらに、情報漏洩を防ぐため、彼らは外部との接触を断たれ、監禁状態に置かれていた。
そんな事情を妹のルシィに伝えるのは忍びなかったため、トミーは宿を訪ねる前に、騎士団から渡された台本どおりに説明することにした。
その台本を用意したのはカインだった。彼なりの配慮である。
すると、ルシィは兄を睨みつけて怒鳴った。
「ふざけないで!」
「!」
「なにがお前のためよ! 私のこと何にもわかってないじゃない。
私はお兄ちゃんと一緒にいるだけで幸せなの!! これはお金じゃ買えない幸せなんだよ」
トミーはお金があれば今まで不憫な思いをさせていたルシィを幸せにできると思っていた。
しかし、妹はそれを望んでいなかった。
金さえあれば幸せというのはすべて自分のエゴであったんだと妹に突き付けられた。
「ごめん、本当に」
トミーはルシィを抱きしめて涙を流した。
「帰ってきて。勝手にいなくならないで」
「それは……」
妹の懇願に兄はたじろいでいたがカインが彼へ言った。
「お兄さん、話はつけています。貴方は今日から自由の身です。好きにしてください」
トミーは目を見開いて驚いた。
「本当ですか!?」
「ええ、でも巣のことや半年間の出来事は絶対に言わないでくだされば、問題ありませんよ」
カインの言いたい意味を理解したトミーは頷いた。
「はい、約束します」
ときっぱりと言い切った。
カインは金より妹を思ってくれていたことに安心した。
そして、カインは店の中からこっそり覗いている人物に向かって言った。
「ジーノくん、そろそろこちらへ来てはどうですか」
すると、ジーノは気まずそうに近づいた。
「ジーノくん、いたんだ」
ルシィは意外そうな表情を浮かべていた。
ジーノは話の大筋を理解したようで、ルシィに伝えた。
「悪い、立ち聞きして。でも姉ちゃん、見つかって良かったな」
「ええ。これで実家に帰れるわ」
「そっか……」
ジーノはこれでルシィに会えないのかと少し寂しそうな表情を浮かべていた。
カインはじれったいガキだと思ったが、助け船を出してあげた。
「ジーノくんのお兄さん探すのに実は協力してくれたんですよ」
「そうだったんだ、ありがとうジーノくん」
とルシィはジーノの頭を撫でた。
ジーノはみるみる顔が赤くなり、反抗的な素振りを見せた。
「別に俺は大したことしてねぇーから! 子ども扱いするな」
「ごめんごめん。でも心配してくれたり、協力してくれて私、とっても嬉しかったの」
ルシィのまばゆい笑顔にジーノはほだされ、何も言えずにいた。
一連のことを終始傍観していたバルドルは面白そうに微笑んでいた。
「あいつ、可愛らしいガキじゃねぇか」
「ここぞというときに言えばいいのに。勿体ない男です」
「まあまあ、ガキには早すぎた恋っていうわけだな」
カインとバルドルは安堵の表情を浮かべていた。
「ここでは一件落着ですね」
変な言い回しをしたカインにバルドルは疑問に思った。
「ここでは?」
「ええ、帰ったら一仕事あるんです」
☆ ☆
あれから二日後、ルシィたちに別れを告げてアルテミス本土へ戻った。
カインは一目散に王都の城へ向かい、アルテミス王へ謁見を求めた。
本来、事前に書状もなく王への謁見などできないが、カインは国王公認のハンディマンという特殊な役職のため下手に追い返すこともできず、カインの入城を許すしかなかった。
謁見室に通され、部屋にあったアンティークを眺めて待っているとアルテミス王が顔を出してきた。
「やあ、カイン。お前から城へ来てくれるなんて珍しいね」
カインは恭しくお辞儀をした。
「謁見してくださりありがとうございます」
「いいよ、ちょうど私の政務がひと段落したところだからね。それで要件は」
カインは今回のモア島で起きたことを包み隠さず王へ報告した。
「ーーということが本案件でございます」
「……お前は厄介事を見つけてしまったね」
「陛下、いっておきますが好きで見つけたわけではありません。依頼主のために致し方なかったのです」
「分かっている。それでお前の望みはなんだ」
騎士団がらみでわざわざ城に尋ねたとなれば、カインなら何かしら要求してくることは分かっていた。
カインもアルテミス王の内心を理解しており話がスムーズであった。
「今回の騎士団の行いを、見逃してください」
予想の斜め上の要求にアルテミス王は目を見開いた。
「なんだって」
カインは騎士団を嫌っていた。
カインのことだから、騎士団の解体やモア島の騎士団長の軍法会議を執り行えなどの要望だと思っていた。
「陛下、彼らがしたことは到底許されるものではありません。しかし、アナツバメの巣をあのようにして隠していたことには一定の理解もあります。
アナツバメの存在が知られれば密猟者が押し寄せ、貴重なアナツバメを失う恐れがあります。
幸い、彼らは巣だったものを捕獲し市場で売買をしています」
「カインの言っていることはごもっともだ。しかし、お前みたいな勘のいいやつや知識のあるやつがアナツバメを見つけたらどうするんだ?」
「そのときはアナツバメの保護で虚偽の内容を流したと言えばいいです。騎士団の管理下であるかぎりは下手に侵入する輩も少ないでしょう」
「ふーん、そのモナ島の騎士団長とはどんな取引をしたんだ」
「騎士団長とは三つです。アナツバメの裏取引の規模を縮小させること。雇用している若い男たちを自由にすること。島のためにその金を使うこと、です」
アナツバメの巣の裏取引の規模の縮小は島の利益になるため完全に廃業というわけにもいかなかった。それに縮小すれば雇用する男の人数も削減できる。
男たちの自由は今回のルシィの兄のように家族に何も告げずいなくなる人を減らすためでもある。
カインが騎士団を完全に潰さなかったのは、アナツバメの巣で得た利益を島の観光や交通に還元していたからだった。違法行為は許せなくとも、島民の生活まで犠牲にするつもりはなかった。
「今回はカインのシナリオ通りに動いてもいい」
「寛大なご配慮ありがとうございます」
「しかし、その騎士団が次に不穏な動きしたらただじゃすまさないから」
「そのときはご勝手に。陛下、私からお土産です」
カインはアルテミス王へ何かが入った袋を受け渡した。
「これはなんだ?」
「アナツバメの巣ですよ。定期的に陛下へ献上することを約束してくれました」
「いい心がけだ。それともカインは国王も共犯者にする気か」
「共犯者とは人聞きが悪いですね。純粋な献上ですよ」
「そっか、ならいいけど」
「それでは私はこれで失礼します」
カインは何とか王を説得できたと嬉しそうに自宅に帰った。
一方、アルテミス王はカインからもらったアナツバメの巣を見つめて呟いた。
「ったく、本当に食えない男だ」




