45話 幸せを呼ぶ鳥(その3)
二日目
ルシィは昨日までとは打って変わって、暗い表情を浮かべていた。
カインの話を聞いてしまったことで、兄が裏仕事をしているのではないかという不安が生まれていた。
朝食を食べているときも少年のジーノが分かるほどルシィは落ち込んでいた。
「なあ、姉ちゃん。体調が悪いのか」
「違うわよ。心配してくれてありがとう」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃねぇ。
……あんたが倒れられたら、母ちゃんが看病して俺が一人で店を回さないといけなくなるだろう」
「お母さんと二人でお店を切り盛りしているなんてスゴイね……羨ましいよ」
ルシィには親の顔も覚えていなかった。その前に二人とも亡くなってしまったのだ。
ジーノは顔を俯かせたルシィに不思議そうに言った。
「姉ちゃん?」
「ごめんね。今のは聞かなかったことにして」
町中を歩いているなか、バルドルは一昨日食べられなかったフルーツパフェのことを思い出してルシィへ言った。
「ちょっと甘いもん買ってやるから行こうぜ」
「え、気遣いは……」
「俺が食べたいんだ。いいだろう」
「……はい、行きましょう」
海が見える場所に、フルーツパフェを売っている甘味屋を見つけた。
海風を感じて涼しい客席を確保して、ルシィはバルドルを待った。
バルドルはフルーツがたくさん盛られたフルーツパフェを両手に席へ持ってきた。
「ほら、フルーツパフェ買ってきたぞ」
「ありがとうございます」
ルシィはフルーツパフェを受け取った。
甘いクリームと熟した果実に、ルシィは目を輝かせて夢中でよく食べていた。
バルドルは昨日ルシィに立ち聞きされていたことを風呂あがりに伝えられていた。昨日よりルシィの表情が暗い理由も察することはできた。
バルドルはルシィに素直に思いを伝えた。
「カインと俺って双子だってこと言ったっけ」
「いいえ。ですが、アナタ方を見ているととても気が合っているので言われても納得します。
昨夜のように話をしている姿は少し羨ましいです」
「それだけ家族のつながりは強いと思うぞ、お前の兄だってそのはずさ」
「兄がですか」
「だって、高価な指輪だ。そんなの信頼しているお前だけしか渡せないぜ」
兄はどんな仕事をして稼いだのか。今も元気なのか。ちゃんと生活できているのか。ルシィの頭の中は兄のことでいっぱいだった。そこに偽りはない。
「この半年間ずっと不安でした。お金がなくて、ひもじい生活もしていたけど、お兄ちゃんがいたから耐えられたし楽しい日々だった。
それなのに突然お兄ちゃんがいなくなって、アタシを嫌いになったってずっと……」
兄がなぜ半年も帰ってこないのか。自分が原因なのか。それさえも知らないまま置いていかれたことは、『ひどい』という言葉だけでは片づけられなかった。
「お前のモヤモヤはお前たちの問題だ。だから、会って解決させろ」
「はい、そうです。バルドルさんありがとうございます」
「さっきよりいい顔だ。もっと食べろ」
「バルドルさん、この量は多すぎですよ」
バルドルとルシィは楽しげに海を見ながらパフェを食べていた。
☆ ☆
そのころ、カインは一人でこの島と騎士団について調べるために聞き込みをしていた。
島の観光産業には騎士団もモナ島が深く関わっており、それを示す石碑や歴史資料が各所に残されていた。
カインは島と騎士団との繋がりに注目した。
保護区と呼ばれる場所である。騎士団によって管理されており、島の人間は当たり前のようにそれを受け入れていた。
それはつい数年前のことであり、反対派がいてもおかしくないが、騎士団団長の説得により事態が収拾したという話も聞けた。
「(バルドルにこのことを伝えて作戦を考えますか)」
カインは聞き込みが終わると宿に戻った。
☆ ☆
「今日も情報ないですね……」
「まあ、落ち込むなよ。見つかるまで俺たちが探してやるよ」
「ありがとうございます。バルドルさん、もっと近くで海を見に行きませんか」
「ああ、いいぜ」
海辺に向かうと夕陽に照らされた海が広がっていた。風とさざ波の音だけが静かに響いている。
「綺麗ですね」
「そうだな……ん?」
すると、空から何かの鳴き声が聞こえてルシィは上を見上げた。
「見てください、あそこに鳥が飛んでいますよ」
ルシィが指さす方向を見ると小さな黒い鳥が上空を飛んでいた。
「あれは何だ。どう見ても、カモメじゃないし大きさ的にツバメなのか?」
バルドルが住む王都でもツバメを時々見かけることはあるが、バルドルの知っているツバメとは少し色合いや雰囲気も違っていた。
「つぶらな瞳で可愛いですね」
「……うーん。俺の知っているツバメとは違うんだよな」
海上をなだらかに飛んでいるとその鳥は木々が広がる方へ行ってしまった。
「あ、あっちにいってしまいました」
「そういえば、あっちの海沿いの森って立ち入り禁止の保護区なんだよな」
「はい、保護区になっています。洞窟や危険な動物が住んでいるから出入り禁止って島の人間に聞きました」
「そっか……」
バルドルは妙にあの鳥が気になり、引っかかっていた。
「(あの鳥のこと、カインに聞いてみるか)」
バルドルとルシィはカインに報告するために宿に戻った。
カインが騎士団の財源はどこにあるのだろうと図書館で借りた地図や資料を眺めて考えていると二人が帰ってきた。
カインはルシィの昨夜より顔色も良くなっていて、安堵の笑みをして尋ねた。
「お帰りなさい。今日のデートは何か進展はありましたか」
「ありません」
「ねぇーよ」
と二人は同時に言った。
「そんなことより、さっき海辺で黒い鳥を見たんだ。それがツバメとよく似ているんだけど、体毛の色が違かっていたんだよ」
バルドルの些細な疑問にカインは鋭く反応した。
「そのツバメの特徴、覚えていることを言いなさい」
バルドルは記憶をたどりながら、箇条書きのように特徴を挙げた。
「ツバメの割には黒かった。そして、保護区の木々のある方へ飛び立った……。うーん、あとはなんだろうな」
「カインさん、こんな感じですよ」
ルシィは鳥の特徴を捉えたデッサンを描いた。体毛や瞳まで立体的に描かれた、優しいタッチの絵だった。
人物画とは全く違うデッサンにバルドルは感心しながらみた。
「そうだ、これだよ! よく描けているな」
「えへぇ、視力と動物画には自信があるんで」
カインはルシィの描いた鳥に見覚えがあり、今までの謎であったところが解けて思わず頬の端が上がった。
「……なるほど、これは大したデッサンです。しばらく、こちらのデッサン借りますね」
「え??」
カインはなんのことだとバルドルとルシィは首を傾げた
カインはバーの一階で開店作業しているジーノを捕まえた。
「クソガキくん、聞きたいことがあります。少し付き合いなさい」
「はぁ、嫌だね!!」
「貴方が一昨日落とした鳥の羽、この絵の鳥のものではありませんか」
ルシィが描いた絵を見せて、ジーノは急に黙り込んだ。
「……知らなぇよ、そんなこと」
動揺しているジーノに対してカインは優しく言った。
「ルシィさんの問題を解決する手がかりになるかもしれないんです。答えてください」
「あの姉ちゃんの……」
「ええ、情報しだいでは彼女とデートくらいしてくれると思いますよ」
ジーノは耳まで顔を赤らめて動揺した。
「ななな、んだよ、それ」
「おやおや、初々しい反応ですね。ああいうお姉さんが好きとは、案外甘えん坊さんなんですね」
「うるせぇ、馬鹿にしやがって!」
「まあ、からかうのはこれくらいにしてあげます。
貴方にはお教えしますが、ルシィさんはお兄さんを探しに遠い離れた土地に来たのです。
もしかすると、貴方の情報で彼女を笑顔にすることもできますよ」
「!」
ジーノは自分のような不愛想な人間にも優しく笑ってくれたルシィに惚れていた。
どうしてこの宿にいるかわからなかったが、もしかすると自分の情報でルシィが幸せになってくれるかもしれないと思った。
「言う気分になりましたか?」
少し迷いがありながらも、ジーノはカインに打ち明けた。
「……絶対母ちゃんには言うなよ」
「ええ、勿論」
ジーノはポケットから以前カインが拾った羽を出した。
「この羽は数週間前に洞窟で拾ったもんだ」
「洞窟? どこにある洞窟ですか」
「保護区だよ……」
「やはりあの中に入ったんですか。どうしてあそこへ立ち入ったんですか」
「あの鳥、昔からちょくちょく浜辺で見かけていて、一体どこにいるのか気になっていたんだ。
だから、鳥を追いかけて保護区に入ったんだ。そしたら……」
「そしたら?」
ジーノは得体の知れないものを見たように怖がっており、目を伏せて言った。
「洞窟の中で沢山の男が崖をロープにぶら下がってよじ登っていたんだ。……俺、すんごくまずいもん見たと思って急いで家に帰ったよ」
「このことは誰かにいいましたか」
ジーノは首を強く振って否定した。
「言えるかよ! 保護区は騎士団が管理しているけど、洞窟の中でやってること聞いたことねぇ。言っても信じてくれないもん。
それに保護区に入っただけでも捕まるかもしれない……」
「そうでしたか。情報ありがとう、クソガキくん」
ジーノの告白にカインは労いの意を込めて肩をポンポンと叩いた。
「クソガキ言うな! 俺にはジーノって名前があるんだ!」
折角褒めたのにとカインはため息を吐いて、言い放った。
「この前、優男に名乗る名前はねぇとかいったお返しですよ」
ジーノは言い返す言葉は見つからず、言いたくなさそうに謝罪した。
「……悪かったよ」
「反省しているならいいですよ」
なんだかんだ素直なところは憎めない子どもですね。とカインは笑った。




