42話 劇団(その4)
ジョセフは用意された来賓客の部屋で腰をおろして台本を眺めていた。すると、ドアを叩く音が聞こえた。
「ジョセフさん、少しよろしいでしょうか」
「どうかしましたか、カインさん」
「少し伺っておきたいことがありまして。そのお答えできなければすぐに私は立ち去ります」
カインの改まった態度に違和感を覚えながらも、ジョセフは頷いた。
「わ、わかりました。どのようなことですか?」
「あなたの正体です」
「中に入ってください」
部屋に案内されるとジョセフは深い溜息をはいて、カインへ尋ねた。
「……いつから気づいていましたか」
「初めからですよ。私、足で性別判断するのが得意なのですよ」
「これは予想外でした。分かりました、カインさんには自主練にお付き合いしてもらったり、宿の一件もありますのでお話しします」
「お願いします」
「僕は初め、今より大きな劇団に所属していました。衣装係や小道具を作りながら、欠員が出たときに舞台に立てるよう、舞台の台詞をすべて覚えていました。
そんな生活を続けていたある日、座長に演技を認められ、スカウトされました。
初めて自分の演技を認めてくれた人でした。そこで、座長とある取引をしたんです」
「それが性別を偽ることですか。どうしてですか」
「中性的な演技のほうがやりやすいし、僕は女性役を演じるには身長が高すぎます。
だから、思い切って男と偽って座長の劇団に入ることを条件にしました。劇団の初公演は大反響でチケットも売れるようになった。こうして僕は俳優としていきることを決めたんだ」
「求められているものは俳優の僕であり、女の僕ではなかったんだ」
「そういう理由でしたか。輝かしい俳優にも苦労されているのですね」
「俳優は俳優です。普段は女としても生きてもいいとは思いますが」
「僕は臆病なんだ。もしもそれを告白することでファンが離れたらどうするんだって……またあの生活には戻りたくない」
「あまり出すぎたことをいいすぎましたね。謝罪します」
「いいんですよ、僕が原因なんですから」
☆ ☆
警護 四日目(本番前日)
朝からゲネプロに向け、衣装合わせや舞台演出の準備が進められていた。
衣装作りを終えたバルドルが稽古場周辺を巡回している、カインが現れた。
「バルドル、お疲れ様です」
「ああ、カイン。もう準備終わったのか」
「いえ、今は休憩中です。実は劇団員の方が剣の練習試合を見せてくれと言われましてね。バルドル、少し付き合ってください」
「練習試合? それはまた、どうしてだ?」
「今後の殺陣の参考にしたいそうです。
あまり騎士にこうして接触する機会もない劇団員さんなので、少しくらい見せてあげてもいいと思いまして」
バルドルはただ巡回よりはよっぽどいい運動になると思い、快諾した。
「俺はいいが、手加減しないからな」
「それはこちらの台詞です」
カインとバルドルは殺陣で使う木刀を借りて、稽古場で練習試合をすることにした。劇団員はみなギャラリーで双子の試合を見学していた。
カインとバルドルの準備ができると、開始の合図と共にカインはバルドルに襲いかかった。
バルドルはカインの打撃を木刀で受け止めると、ぐいと押し返して隙を与えぬように脇腹に足蹴りをいれた。
しかし、カインは痛む素振りはなく足を掴んで「捕まえた」と言って脇腹に隠していた短剣を取り出した。
バルドルはまずいと思い、木刀でカインの手を払い距離をとったが、すかさず四本の短剣を投げつけられた。
バルドルは木刀ですべてを床に叩き落として、カインに対して苦笑いを浮かべた。
「練習試合なのに短剣は汚くないか」
「持ち寄っていい武器が剣だけなんていうルール決めてませんからいいんですよ」
「そうかよ。だったら、こっちもやってやるぜ」
二人は木刀や足技、古武術を駆使し、激しく打ち合った。
五分にわたる試合ではあったが、結局試合は決着はつかなかった。
二人は握手を交わし、お互いの健闘を称え合った。
「貴方は強いですね。戦うときの貴方は冷静に物事をみて動きに無駄がありませんでした」
「カインこそ、短剣の投げる速度、めちゃくちゃ速いし打ち込みもよかったぜ」
その光景に劇団員たちは思わず双子に拍手を贈り、盛り上がった。
「すげぇー、騎士って本当に映える」
「どっちもかっこよかった……。惚れそう」
ジョセフは座長へ進言した。
「座長、次の演目は騎士が活躍する系の話にしましょうよ。いい題材になると思います」
「ああ、それはいいですね。私も脚本を書きたくなりました」
「(二人みたいに真剣に向き合いたい。僕もこの劇団員と向き合わなきゃいけないんだ)」
その後、舞台小屋でゲネプロが行われた。カインは座長と客席から舞台を見守り、バルドルは本番を楽しみにして、ゲネプロは見ずに衣装や小道具の制作を手伝っていた。
ゲネプロが終わるとジョセフと双子はグランフェルト邸に戻って、シャロンが腕によりをかけた料理を食べて、部屋で休息をとっていた。
「明日の本番、楽しみですね」
「この日のために何ヶ月も準備をいたしました。カインさん、バルドルさん、ぜひ見てください」
「ああ、勿論だ」
「大舞台で存分に目立ってください」
「最高のパフォーマンスをお見せしますよ」
☆ ☆
本番
入場前に手荷物検査を行い、危険物の持ち込みができないように徹底した。カインは手荷物検査の近く、バルドルはテント周辺を巡回した。
すると、テントの隅でうずくまって何かしている男を見つけた。
バルドルは慎重に声をかけた。
「おい、なにやってるんだ……!」
男が火をつけようとした瞬間、バルドルは火薬を蹴り飛ばした。男はその隙に逃げ出した。
「絶対に捕まえてやる」
バルドルはカインに緊急時の指笛を鳴らして合図を出して、男を追いかけて町中を駆けずり回った。
そして、数十分にわたる追いかけっこの末、男を行き止まりに追い込んだ。
「観念しろ……。なんであんなことをしたんだ」
「あいつが俺の恋人をたぶらかしたんだよ!!」
「は?」
「俺とのデートで舞台を観て、恋人はあいつのファンになったんだ。
最初のころはただのファンにとどまっていたけど、そのうち俺のこと見向きもしなくなってこいつの公演ばっかりに行ってんだよ!!
ふざけんじゃねぇ! 俺は彼女のためにどれだけ貢いだと思ってるんだ。だから、あんな劇場燃えればいいんだよ」
バルドルは怒鳴った。
「お前、いいかげんにしろ!! 彼女が見向きしなくなったからって放火なんてありえねぇんだよ」
男は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「うるせえ! あいつさえいなくなれば、彼女は戻ってくるんだ。邪魔するんじゃねえ」
バルドルに対して男は殴りかかったが、バルドルは拳を軽々と受け止め、腕をたぐり寄せてアッパーを叩き込んだ。そのまま背負い投げで男を倒した。
「しばらく、牢屋で頭冷やしてろ」
すると、思いも寄らない人物がバルドルに近づいてきた。
バルドルは驚きながら尋ねた。
「なんであんたがここにいるんだ?」
その後、バルドルは近衛兵に男の身柄を預けた。
男は火薬やマッチだけでなく、包丁まで所持していた。
バルドルが公演のテントに戻ると、公演を終えた客たちが満足そうな表情で外へ出ていた。
バルドルは公演が無事成功したことに安堵した。
バルドルはカインやジョセフに合流した。
「貴方の指笛が聞こえて、現場にいったらあんなに火薬がばらまかれていて驚きました」
「でも、無事対処してくれたんだろ」
「ええ、もちろん。そうでなければ公演はできませんからね。それで犯人はどうでしたか」
「捕まえて放火の現行犯として近衛兵に預けた。犯行の理由は恋人がジョセフに目移りして気に入らないからだとよ」
「そのような理由でしたか……」
ジョセフにとっては自分のことでそんな恐ろしい事態を招きそうになったことに落ち込んでいた。
一方、カインは冷静に言った。
「くだらないですね。だから、恋人に愛想をつかされるのですよ」
「それでさ、ジョセフ。今回の件で謝りたい人がいるんだ、こいよ」
バルドルの手招きで来たのは華奢な女性で顔色は良くなかった。ジョセフとカインは見覚えのない人物に首を傾げた。
「この方は誰ですか?」
「ジョセフに目移りした恋人だよ」
バルドルは、警護初日とチラシ配りで彼女を見かけていた。
ジョセフは小さく声をこぼした。
「え……」
女性は申し訳なさそうにうつむいて言葉を出した。
「半年前、あなたの舞台上の姿に目を奪われて、あいつは私に、ジョセフの舞台に二度と行くなって言い出して大喧嘩して家を飛びだしたの。
それがまさかこんな事態になるなんて、想像もしていなかった。
みなさんにご迷惑をかけてしまい申し訳ありません……」
ジョセフは女性の話を聞き終わると、優しい声で言った。
「どうか顔を上げてくれ」
「ジョセフ……」
「君のせいではないよ。どうか気を落とさないでくれ」
女性はジョセフの言葉に救われたのかその場で涙を流した。
女性は感情が落ち着くと立ち去った。
バルドルは、やっと仕事が終わったと息を吐いた。
「お疲れ様です、バルドル」
「ああ、お疲れ。俺さ、一つだけ心残りがあるんだ」
「なんですか」
「公演見れなかったことだよ。本番楽しみにしてたのに、がっかりだ」
すると、ジョセフはバルドルへ力強く言った。
「バルドルさん、ちょっと待っていてください。みんなを説得してきます」
「え、そこまでしなくて」
バルドルはジョセフを引き留めようとしたが、カインが肩を叩いて言った。
「やらせてあげてください、ジョセフさんなりの貴方への恩義なのですから」
「わ、わかった」
「ジョセフ、早く片付けを」
「みんなお願いがある。もう一度、公演してくれないか」
「おい、何を言い出すんだ」
「もうここの会場は撤去するんだ。無理に決まってるだろう」
とジョセフの意見に誰も賛同はしてくれなかったがジョセフと意見をぶつけ合ったリドルはジョセフに聞いた。
「誰のためにするんだ。まさか、満足できないからもう一度やりたいではないだろうな」
ジョセフは首を振って言った。
「バルドルさんのためだ!! バルドルさんはここの公演を守るために公演中に犯人を追いかけて守ってくれたんだ。
バルドルさんに対して僕がお礼できることはこれだけなんだ。協力してくれ」
劇団員たちは顔を見合わせた。
「ジョセフ……」
ジョセフは頭を下げて、大きな声で自分の誠意をみせた。
「お願いだ! 僕だけでは公演はできないんだ……」
「ジョセフ、それは違う。バルドルさんはジョセフの恩人だけじゃない。この公演を守ってくれた恩人だ。
そんな俺らができることは公演で返すのがいいに決まってる。お前らもそうは思わないか」
「「はい、そう思います」」
劇団員たちは座長を見た。
「なあ座長、ここの会場もう少し使えないか」
「ここの会場なら平気だよ。借りる前から少し融通を聞かせているからね」
リドルの言動にジョセフの口から感謝の言葉が漏れた。
「あ、ありがとう」
ジョセフは初めて劇団員たちと気持ちが通じ合ったように感じ、思わず涙をこぼした。
リドルは慌ててジョセフの肩をさすった。
「おい、泣くなよ。らしくないぞ」
ジョセフは涙を拭って、笑った。
「すまない。嬉しくて」
☆ ☆
翌日
双子は劇団が王都から離れて、別の土地に行くので、ジョセフを自宅から見送った。
「じゃあな、ジョセフ。あんまり劇団員と揉めるなよ」
「心配してくださりありがとうございます。
これからはもう少し自分を表に出して、みんなと向き合いたいと思います」
「それは良かったです」
「あなた方の試合を見ていたら、あんなふうに楽しく向き合いたいって思えたんです。
座長のためにもみんなと一緒に一つの舞台を創りたいと思います」
「そっか。じゃあ、次の王都でやるときは、その成果を見せてくれ」
「ええ、勿論です」
「カインさん、ありがとう」
「私が言ったことはたいしたことではありません。変わるという意思は他人ではなく自分にしかできないものです。私もこれからの活躍を楽しみにしていますよ」




