40話 劇団(その2)
警護、初日
稽古前に双子はジョセフに接触を試みた。
昨日の言い争いでジョセフに苦手意識を持ったバルドルは、会うのに気が引けていた。
「バルドル、そんな嫌そうな顔をしないでください。別に仲良くなれとまで言いませんから、いつもの感じで接してください」
「ああ、悪い……」
バルドルは息を吐き、仕事に集中することにした。
稽古場に入ると、誰よりも早く自主トレをしているジョセフがいた。
「おはようございます、ジョセフさん」
「おはようございます」
双子がジョセフに挨拶すると、ジョセフは双子へ近づいてきた。
「おはよう。君たちが僕の護衛してくれる騎士かい」
「はい、そうですよ」
「昨日は恥ずかしいところを見せてしまってすまなかった」
整った顔立ちに長身の体。役者らしい華やかな容姿で、昨日の怒りの顔とは別人のように凛々しい。
カインは愛想のいい笑顔でこたえた。
「いえ、気にしていませんよ。今後は我々が傍につきお守りいたします」
「単独行動は控えてくれ」
「そうします…………へぇ」
ジョセフが双子の顔を見つめて、少し考えていた。
「我々の顔をじっと見てどうかしましたか」
ジョセフの口から驚きの発言が飛び出した。
「君たち、顔はまあまあいいね。舞台で映えそうなビジュアルだ」
思いもよらない言葉にバルドルはたじたじで答えた。
「えっと、ありがとう?」
カインはクスクスと笑って、ご満悦そうにいった。
「俳優さんから容姿を褒められるとは嬉しいですね。ジョセフさん、我々は役者ならどんな役が似合いますか」
ジョセフは即答した。
「君は、詐欺師がいいね。笑顔も柔らかいけど、裏ありそうだし」
想像の斜め上の答えにカインも思考が回らないでいた。
「裏ですか……」
「ぐううう」
ジョセフの的確な洞察力と役選びのセンスに思わず、バルドルは笑いが込み上げてきた。
「金髪の君はマフィアの若頭かな。目力があるし、たっぱもあるから似合うんじゃないかな」
カインもジョセフのチョイスにクスッと笑って言った。
「若頭ですか。合うかもしれませんね」
バルドルはなんともいえないと言いたそうにぼやいた。
「マジかよ……」
「まあ、僕が初見でのイメージだよ。初見のイメージで案外他人っていうのは誤解されやすいから気を付けるんだね」
「「(お前には言われたくない)」」
カインは稽古場でジョセフの側で護衛し、バルドルは外からの不審者が出入りしていないかの見回りをした。
今日の稽古場は昨日とは一変し、劇団員たちは見事な演技を披露していた。
その中でもジョセフの演技は圧巻だった。仕草や目線、台詞の一つ一つが王子そのもので、まるでおとぎ話から抜け出してきたようだった。
彼の台詞は耳に心地よく、まるで『自分を見ろ』と言わんばかりの舞台上でのパフォーマンスも実に質の高いものだった
これほどの演技力なら、他の劇団員より目立ってしまうのも無理はない。ジョセフ自身の満足する舞台を作るのは難しいのかもしれない。
「(これはジョセフさんなしでの舞台などありえないと言えますね)」
一方、バルドルは建物の周辺を退屈そうに見回っていると昨日座長が案内してくれた二階の作業場が気になり様子を見に行った。
二階にいくと劇団員数人が慌ただしく作業をしており、バルドルはフランクに劇団員に声をかけた。
「よっ、作業場は順調か」
そう声をかけられると、昨日座長から紹介され綺麗な歌声を全員のまえで披露した騎士の人がきたとみなが手を止めて注目した。
衣装係の長がバルドルに答えた。
「バルドルさん! まあ、ぼちぼちっていう感じですね」
「そうか……これが舞台衣装の設計図か」
各役者がイメージで書いた舞台衣装をデザインし直した設計図が部屋に散らばっていた。
「ええ、衣装作りはどうしても時間がかかってしまってみんなで作業を分担して取り掛かっているところです」
設計図や生地、裁縫道具を見ているうち、バルドルも裁縫がしたくなってきた。
「俺さ、趣味で裁縫してるんだ。俺も参加していいか」
「本当ですか!ですが、別途料金は……」
「いいや、これはボランティアだよ。気にするな。それにここから外を見渡すこともできるからいいだろう」
窓が四方にあり、外の監視にも都合がいい。何もせず立っているより、ここで手伝うほうがいいだろう。
バルドルの申し出に劇団員たちは嬉しそうに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「こういう衣装係っていつも人手不足で大変だったんですよ」
「どうぞ、バルドルさん。こちらの道具をお使いください」
「ありがとうよ」
すると、一枚のデザインに手が止まった。
「これはイラスト、凝ってるな。しっかりと色の指定やデザインも書いてるな」
「それはジョセフさんが考えたデザインなんです。
彼はアバウトなイメージ図ではなく、しっかり描き込んでくださるんです。衣装を作るのは大変ですが、具体的なので衣装係としては助かっています」
「なるほどね」
バルドルは設計図を見ながら、あらかじめ引かれたパターンで布を切り取った。
針に糸を通し、布を丁寧に縫い合わせていく。その手際に劇団員たちは目を奪われた。
「凄い……」
「縫い目も綺麗で的確にパターン通りだ」
「これは逸材ですよ」
「俺、見かけのわりに器用ってよくいわれるんだ」
とバルドルは照れながら言った。
これでは負けていられないと、衣装係の長が劇団員を鼓舞した。
「お前ら、バルドルさんに負けないよう作業始めるぞ」
「「はい!!」」
バルドルが加わったことで劇団員たちの意欲も高まり、作業が順調に進んだ。
「よし、これで一着できた……あれ」
バルドルは外に目を移すと一人の金髪の女性はテントの近くをうろうろしていた。
劇団員の知り合いかもしれないと思い、バルドルは劇団員へ尋ねた。
「おい、あれ誰か知ってるか」
劇団員は首を振って否定した。
「いえ、知りません」
「あれ、ジョセフのファンかもな」
「そっか、ちょっと追い返してくる」
そういって、バルドルは外に出て金髪の女性に声をかけた。
「何してんだ」
「あなたこそ、誰?」
「俺は……劇団の関係者だ」
金髪の女性はバルドルの顔をじっとみて首を傾げた。
「初めて見るんだけど、バイトの人? それとも役者さん?」
バルドルはとっさに答えた。
「ば、バイトだ」
すると、金髪の女性はため息をこぼした。
「そっか。ジョセフの稽古っていつごろ終わるの? 教えてくれない?」
「そんなこと教えられるか」
金髪の女性は機嫌を損ね、目つきが険しくなった。
「ケチ!! こっちはいつ終わるか分からないからずっと待ってるのよ」
身勝手極まりない主張にバルドルも負けじと言い返した。
「知るか! そういう行為はお断りなんだ。とっと帰れ」
「嫌よ……」
「好きなのは分かったけどよ。こういう行為が横行すると王都での公演ができなくなるぞ」
「……」
金髪の女性はバルドルの正論に反論できず、その場を立ち去った。
バルドルは説得できたことに、ほっと息を吐いた。
「はあ、あんな感じのやつがいっぱいいるのか。人気役者って大変だな」
☆ ☆
稽古が終わるとカインはジョセフに近づき、冷えた水が入ったコップを渡した。
「お疲れ様でした。どうぞ、お水です」
ジョセフは素直にコップを受け取った。
「ああ、ありがとう。これも契約の一つかい」
「いえ、護衛だけが仕事ですが、それだけでは味気ありません。しっかり公演が終わるまでサポートします」
「それは心強いね。じゃあ、宿に行く前に僕につきあってくれ」
依頼中、双子はジョセフと同じ宿に部屋を取っていた。
カインは微笑んで快諾した。
「私でよければ」
「じゃあさ、人気がなくて大声出せる場所に案内してくれ」
カインはジョセフの言葉の意味を汲み取り、頷いた。
「かしこまりました」
カインはジョセフを河川敷に案内すると、ジョセフはニコッと笑った。
「カインさんは察しがいいね」
「恐れ入ります。役者さんなら自主練されると思っただけです」
「普段はみんなには見せたくないけど、今回はカインさんに見せてあげます。感想とか気になるところがあれば教えてください」
河川敷でジョセフの演技を改めて見て、カインは素直な感想を述べた。
「貴方の動きは自然ですね。相当訓練されたのでしょう」
ジョセフは横に首を振った。
「こんなの大したことないさ。もっと演技をうまくなってこの劇団を有名にしたいんだ」
「そんな夢があるんですか」
「ああ、僕の演技でみんなが笑顔になってくれるなら僕は苦難なんか乗り越えられる」
ジョセフが注目されている理由は、どうやらその演技力だけではない。彼自身も、観客を笑顔にすることを望んでいるようだった。
「ジョセフさんの覚悟は分かりました。しかし、劇団は団員が結束して作り上げるものです。ジョセフさんだけが頑張ってもダメですよ」
カインの予想外の言葉にジョセフは怪訝な顔になりながらも小さな声でぼやいた。
「……言われなくてもわかってる」
カインにはその声が聞こえてはいたが、あえて突っ込まずにそっとしておいた。
カインとジョセフは宿に向かうと、部屋の廊下でバルドルが不服そうに壁にもたれて待っていた。
「カイン、勝手にどこ出かけてんだよ!」
バルドルは二階で衣装作りに没頭していたが、外が暗くなってもカインが戻らない。稽古場へ行ってみるともぬけの殻だったため、先に宿へ戻っていた。
カインは悪びれることはなく、ニコニコ笑っていた。
「おやおや、バルドル。廊下でお出迎えとは真面目でいいこですね」
自分をおちょくっているような発言にバルドルは苛立ちをあらわにした。
「お前とは違うからな!どこいってたんだよ」
「河川敷で自主練ですよ」
「ったく、一言声かけろよな……」
警護対象と出かけるのは構わないが、勝手に二人で出かけられた心配になるのも当然のことである。
「私ですよ? 何も心配なんていりませんよ!」
偉そうなカインにバルドルは思わず大きな声でいった。
「いばるな! 明日からはちゃんと声掛けしろよ」
「はいはい、分かりましたよ」
そんな双子のやりとりを見て、ジョセフは思わず笑いがこみ上げた。
「ふふっ」
「「?」」
「あなた達って仲良しなんですね。バルドルさん、ご心配をおかけしました」
バルドルはそんなことないと首を振った。
「あんたはいいんだよ、気にしないでくれ。原因はこいつだから」
「まあまあ、機嫌を直してください。お菓子買ってあげますから」
「俺はガキじゃねぇ!」




