38話 双子のいとこ
彼女の名はティナ・ヴィアラット
十八歳の公爵家のご令嬢である。
多くの晩餐会で男性に声をかけてきたが、心惹かれる相手には出会えなかった。
そこでティナは気づいた。自分は男に興味がないのだと。
いい男性だと思うことはあっても、それだけだった。
この世の男に魅力などないのかもしれない。
好きでもない相手と結婚するくらいなら、一生独身でも構わない。
それでもティナは、一目惚れというロマンティックなものには憧れていた。
「(早く現れないかな。私のナイト様………)」
☆ ☆
母に、この手紙をいとこの双子の家へ届けてほしいと託されていた。
ティナはここ二年ほど彼らに会っていなかったので、会うのが楽しみだった。
「あの二人、元気かしら」
ティナを乗せた馬車がグランフェルト邸に着くと、彼女は馬車から降りて玄関ドアを叩いた。
そうすると玄関が開いた。
「ようこそお越しくださいました。私はグランフェルト家のハウスメイド、シャロン・フランスと申します。
本日はどのようなご用件でしょうか」
突如、ティナの胸が大きく高鳴った。目の前にいるメイドに釘付けになり思わず頬を赤らめた。
絹のような漆黒の髪、きめが細かい純白の肌。
小顔で、サクランボのような唇。翡翠の宝石のように輝く瞳。
そして、肉付きのよい長い足。
例えるなら、何も穢れを知らない無垢な百合の花。
ここまで完璧な美少女がこの世にいるのかと思い、ティナの心を鷲づかみにしたのだ。
この感覚こそが自分が追い求めていた一目惚れだと確信した。
「……」
ティナからの返事もなく立ち尽くしているのでシャロンは心配した。
「どうかなされましたか。具合でも悪いのですか」
ティナはシャロンの言葉で正気に戻って慌てた様子で返した。
「い、い、いいえ、違いますわ」
玄関の奥から相変わらずのいとこが出てきた。
「お、久しぶりだな、ティナ。お前がこの家に来るなんて珍しいな」
「バルドル!」
久々に会ったいとこが感情的になっていて少し驚いた。
「な、何だ?」
「このハウスメイドってどこで見つけたの」
「ああ、シャロンか。こいつはカインが見つけたメイドだ」
「……なるほど、目の付け所がいいわね。
シャロン!」
シャロンは呼ばれて驚いた声で返した。
「は、はい!」
「よろしければ、私のハウスメイドになりませんか」
バルドルとシャロンは情けない声をだした。
「え!?」
「は?」
「申し遅れましたわね。私はティナ・ヴィアラット。ヴィアラット家は由緒正しい公爵家です。
今よりも待遇は良くします。私ができる限りの条件を用意して貴女を迎えますわ」
横暴極まりない言動にバルドルは噛み付いた。
「おい、ティナ。お前なんのつもりだ。会って早々メイドを奪うとはいい度胸しているな」
「なんとでもいいなさい。私は私にだけ奉仕してくれるメイドが欲しかったのよ。その清らかな瞳と無垢な柔肌は誰にも渡したくないのよ」
「……」
バルドルが困惑していると、カインも玄関へ出てきた。
「貴女の口からまるで恋する乙女のような浮ついた台詞が出るとは、二年という時間は恐ろしいですね」
いとこだろうが容赦ない口ぶりのカインだが、ティナは堂々と言った。
「カイン、それは違うわ。今、目覚めたのよ」
双子は呆れを通り越して、清々しさを感じた。
「そんなことを高らかに宣言されても対処に困ります」
「同感だ」
「つべこべ言わず、彼女を渡しなさい」
その台詞にカインは過敏に反応して反論した。
「嫌です。私が見つけた足なのですから」
ティナはカインにドン引きした顔になった。
「足!? まさか、彼女に破廉恥なことをさせているの」
バルドルは首を振った。
「そんなことはしてない」
「しませんよ、鑑賞用です」
バルドルはため息交じりの返事をした。
「……はあ」
「好みの男性に会えなくて途方に暮れていると聞いていましたが、シャロンさんのような方が好みでしたらそうそう見つかりませんよね」
シャロンはカインに助けを求める眼差しを送った。
「カイン様、どうすれば」
「仕方ありませんよ、貴方は可愛いのですから女性も男性も見惚れる人なのですよ」
カインはニヤリと笑った。
シャロンは危機感を全身に感じて、叫んだ。
「バルドル様、お助けください!」
バルドルは激しく首を振った。
「無理無理無理無理!」
「貴女の言動から察するにシャロンさんの容姿に一目惚れというわけですか。ですが、私も足には一目惚れしました!」
「だから何? カインは何度もいい足に出会っているのでしょ。私は初恋なの。邪魔されるいわれはないはずよ」
「何を言っているんですか。私は良い足に出会うたびに初恋の心ですよ。初心な心を私は決して忘れたりしません」
バルドルはこの以上は耐えられないと、空気を消し去るように大きな声で言った。
「ティナ、何しにきたんだよ!」
ティナは小さくあっと言うと、懐から手紙を出した。
「忘れていましたわ。お母様から手紙を預かったの」
バルドルはその手紙を受け取った。
「ご苦労だ」
ティナはじーっと手紙を見た。
「……なんだよ。中身が気になるのか」
「内容くらいメッセンジャーのお仕事をしたので知る権利はあると思いますけど」
「どうする、カイン」
「私が先に見ます。内容次第では見せませんが」
ティナは嬉しそうに笑った。
カインは手紙の封を切って、中身を確認した。
「……ああ、大丈夫です。見せます」
早く結婚しなさい。出ないと、私の友だちを結婚相手に紹介するわよ
と、書かれていた。
「自分の娘の心配しろよ」
「全くですね」
「それじゃあね、シャロン。次は貴女の心を捕まえにやってくるわね」
捨て台詞を残してティナを乗せた馬車は去っていった。
その場にしばらく沈黙が続いた。
「塩でも撒きましょうか」
「塩がもったいないから却下だ」
「……あの先程の女性は誰でしょうか。あまりにも突然のことで頭がついていけませんでした」
「ああ。あいつは俺たちのいとこのティナだ」
「彼女は幼少期から風格を出していて多くの男性の注目の的でした。しかし、今日で全て変わってしまいましたけど」
「何ていうか、残念な女になったな」
「シャロンさん、彼女は根は良い娘です。次に会ったときも快く迎えてあげて下さい」
「は、はい……」
「場を盛り上げるためにティナの心を煽るような言動も止めてくれよ、カイン」
「その方が面白いではありませんか」
「……俺の身にもなってくれよ」




