37話 カイン誘拐事件(その4)
首謀者の男はその日の夜に逃亡をした。暗殺者の報告がないことですぐに危険を察して、王都を出て港近くの町まで向かっていた。
ここまで計画に誤算があるとは思わなかったので、苦虫を噛み潰したような気分で宿に泊まっていた。
明日の昼になれば船で異国へ逃亡できると部屋で支度をしていると外からドアの音が聞こえた。
「はい、何の御用で……」
そこにはアイザックとカインとバルドルがドアの前に立っていた。
「よう、会長さん。さっきまで王都にいたのに、ここで何をしているんですかい?」
「そんなのこちらの勝手です。大隊長こそ何の御用ですか」
アイザックは呆れたようにため息を吐いた。
「分かってるくせに……。」
「私はカイン・グランフェルト。リベリオ・グランフェルトの息子です。ご存じですよね」
コスタはあからさまに顔色が変わり、嫌そうに顔をしかめた。
「貴方はウィルソンさんを利用し、私の誘拐計画を実行させましたね」
「なんのことですか。大体彼とは関わりなんてあるわけない」
後ろで聞いていたバルドルは白々しいと舌打ちをした。
「まだ言うのかよ」
「ウィルソンさんはすべて吐きましたよ。あなた方が父が自ら国家の調査を望んだこと、私が暗号解読できる『後継者』であることを教えてもらったと」
続けてアイザックも語り出した。
「お前……いや、お前たち考古学学会は、国有地を無許可で発掘しただろう。
調べさせてもらった。リベリオ氏がいたころは研究成果を上げ、貴族や国から多額の資金援助を受けていた。だが、彼が脱退してから援助は途絶え、資金繰りに困った。だから、盗掘に手を染めたんだろう」
「捜査の目を他に向けるために考古学研究から離れたウィルソンさんに話を持ち掛けた。彼に根も葉もない話を伝え、お父様への恨みを植え付けさせて私の誘拐計画を持ちかけた。違いますか」
「フハハハハ、さすがリベリオの息子だ。だけどな、全部お前の父親が原因なんだよ」
「はい?」
「確かに、リベリオがいたころは良かったさ。無口で何を考えているか分からない奴だったが、研究成果は誰よりも出していて、多くのパトロンが注目していた。
だから、国家に引き抜かれる前に私は止めたんだ。なのに、『お前たちとはもう付き合えない。二度と近づくな』と突き放された。……あのときの怒りは今でも覚えている」
身勝手極まりない理由にバルドルは苛立った。
「(そういう性格だから親父が嫌になったんだろうが……)」
「あいつがいなくなってから会員も資金も減った。私たちは盗掘に手を染め、リベリオが残した研究にもすがった。そして、あの石版を見つけたんだ」
「そこで考古学学会でリベリオと仲の良かったウィルソンを利用しようと思ったんですか。貴方たちの金と名誉のために……」
「あいつは騙しやすい男だった。誰よりもリベリオを信用していただけにあんな嘘にまんまとのってくれた。馬鹿な男だ」
バルドルは吐き捨てるように言った。
「くそ野郎が……」
「卑しい人間です。二度と考古学に関わらないでください」
「コスタ、お前を国有地侵入、盗掘罪、誘拐教唆の疑いで逮捕する。ゆっくりと話は聞かせてもらうぞ」
☆ ☆
数日後、アイザックは双子の家へ向かった。
グランフェルト家の玄関のドアを叩いて出てきたのは、カインだった。
「おや、アイザック大隊長。パトロールですか」
「いや、お前たちにこの前の事件の結果報告に来たんだよ」
カインはアイザックをリビングに通して、バルドルもすぐに部屋から下りてきた。
簡潔にアイザックが語った内容は
コスタは近衛本部で詳しい取り調べを受け、主に三つの罪状で重い処罰を受けた。
コスタの家からは盗掘品が数々発見され、中には異国に持ち出して高値で取引していたものもあったことが分かった。今後も近衛兵の調査は続くようだった。
「コスタは、私が暗号を解読できるとどこで知ったんですか?」
「コスタ曰く、リベリオは無口で感情を見せない男だが、唯一信頼できるのは親族や息子だと言っていたそうだ。だから、消去法でカインが『後継者』だと分かったらしい。
それに、一度だけカインが遺跡調査に来たことがあって、そのときのリベリオはいい父親だと思ったみたいだ」
「ええ、お父様はいい父親です。ウィルソン氏はどうなったのですか」
「誘拐容疑で捕まったが、そんなに長く服役しない」
バルドルは気に入らなそうに呟いた。
「なんでだよ」
「ウィルソンから有力な情報提供があったからな。服役期間が短くなったんだ」
「カインはそれでいいのかよ……」
「私を監禁したのはいけませんが、ただあの人は騙されただけです。彼も被害者なのですから、無難な処置だと思いますよ」
それを聞いて、バルドルは一息ついた。
「それなら俺はこれ以上は言わねぇよ。
そういえば、おっさん。いつからあいつが怪しいと思っていたんだ」
「元々、目をつけていたんだ。
あの考古学研究会は、成果がないくせに資金があるという不自然な活動をしていたんだ。
それに俺たちが来た時は明らかに動揺していた。あのあとすぐに俺の部下にあいつの監視を頼んだら案の定だったのさ」
「お二人とも、私のために探してくださりありがとうございます」
「国民を守るのは俺たちの仕事だ、いいってことよ」
「カインが無事なら俺はそれでいい。そういえば、その石版って解読できるのか?」
バルドルがそう質問すると、カインは少し考えてから口を開いた。
「まあ、一応やろうと思えばできます。ですが、私はやりません」
「なんでだよ。もしかしたら、王家の秘宝が眠っているかもしれないじゃねぇか」
「それは国のものです。私ごときが私物にしていいものではありません」
カインのその言葉にバルドルは嬉しそうに笑った。
「親父がカインを『後継者』にしたのもよくわかるぜ」
幼いころに交わした父リベリオとカインの約束は『信用できる人間以外には解き方を教えない』、『無闇に暗号を解読するな』というものだった。
無闇に解読して再び考古学ブームが起きれば、カインには責任を取れない。
それに、またウィルソンのような人間を生まないためにも、古代暗号は自分だけの秘密にしておくのが一番賢明だと考えた。
「(将来に役立つか分かりませんが、お父様から教わったものです。頭にしっかりと残しておきますよ)」
アイザックは晴れやかな声で双子に言った。
「一件落着したんだ。女将さんのところに行って、パーッと飲みに行かないか」
「それはいいですね」
バルドルは今まで忘れていたことを思い出してカインとアイザックを慌ててとめた。
「それはダメだ!」
「どうしてですか」
バルドルは気まずそうに口を開いた。
「最初にカインの行方を探すときに、女将さんが有力情報を掴んだ人は、俺たちどっちかの一日貸し出しを報酬にしたんだ……。だから今は行きたくない」
なんてものを報酬にしてるんだとカインとアイザックの表情は呆れ顔をしていた。
「マジかよ」
「女将の店に当分出入りしたくありませんね……」
「わりぃ……」
三人はグランフェルト家で慎ましく事件の解決を祝い、楽しく過ごした。




