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36話 カイン誘拐事件(その3)

 男は地下室の扉を開け、カインのいる部屋に入った。


「時間だ。解読回答を言え」


 カインは覚悟を決めて、相手を刺激しないように落ち着いた声で言った。


「その前に、どうしてこんなことをしたのですか、ウィルソンさん」


 男は自身の名前を呼ばれて目を見開いた。


「どうして私の名を……」


「私、記憶力はいいんですよ。それが幼少期の記憶でも」


 カインは幼い頃、父に連れられて遺跡調査に同行していた。そのとき、ウィルソンを見たことがあった。


 ウィルソンは動揺しながらも少し肩に力が抜けたような声を出した。


「初めから私のことを覚えていたのか」


 カインは首を横に振った。


「いえ、父の知っていた点とこの石版の修復の綺麗さで考古学の研究者か関係者だと思っていました。

 しかし、私も貴方を思い出すのに時間がかかりました」


 カインは、父と関わりのある人物なら幼い頃に会っていても不思議ではないと思っていた。


「貴方は考古学から離れたと聞いています。それがどうして今頃になって暗号解読を」


「離れたんじゃない。離されたんだ、お前の父に」


「父にですか?」


 ウィルソンは何か思いを隠すように昔話を始めた。


「12年前だ。お前の父リベリオと私は王都の考古学学会に所属していた。

 何度も遺跡へ調査に行き、論文を書いたり、遺跡近くで寝泊まりしたりするような仲だった」


「そのような仲でしたか」


「ある日、月一の遺跡調査で古代暗号の石版を発見したんだ。かつてない発見に、私たちは解読しようと必死に調査していた。

 だが、石版の存在を知った国家が調査を引き取ると言い出し、リベリオまで国家に引き抜かれた。当然、私のような素人が招かれることはなかった。

 そのことでリベリオと喧嘩し、絶縁したんだ。

 それからしばらくして、リベリオが古代暗号の解読に成功したと新聞で報じられた。私は素直に喜べず、考古学会を脱退したんだ」


「……」


「でも、最近他のメンバーからとんでもない事実を教えられたんだ」


「なんですか……」


「リベリオは国家から引き抜かれたんじゃない。自分から石版の存在を知らせたそうだ」


 カインは、父がそんなことをするとは到底思えなかった。


「まさか、その話を貴方は信じたんですか」


 ウィルソンは目を伏せて神妙な顔で語った。


「そうすれば、石版の発見を独占できる。私を切り捨てるために、リベリオは国家の研究者になったんだと思った……」


「では、今回の事件は父への復讐ですか。貴方を欺いて石版を独り占めした男の息子から暗号を聞き出し、名誉を得るという……」


 ウィルソンは苦笑した。


「まあ、そんなところだ。ただ、あのときに解読できなかった石版を、今度こそ私も解きたかった。それなのに、こんなあっさり分かってしまうとは恐れ入ったよ……」


 カインは自分が知っている父親のことを話した。


「ウィルソンさん、父は自分に対する評価が低く、他人を疑り深い少々面倒な人間です。

 しかし、私の父はそんなことをする人間ではありません。今すぐ、自首してください」


「……ああ。後生だから、私に教えてくれ」


「貴方はまだそれを……」


「分かっているさ。君に迷惑をかけたことも……。でも、このままでは私は何のためにやったのか分からないんだ」


 そのとき、ドアを無理やりこじ開ける音が部屋に響いた。


「なんだ!」


 カインは袖に隠し持っていた小型ナイフで、手首の縄を切り始めた。

 扉が開くと、男がウィルソンめがけて走ってきた。

 男はウィルソンを押し倒し、首を締め始めた。


 男の意識がウィルソンに向いている隙に、カインは縄を切った。

 机に置かれていたダガーを手に取り、男の背中に斬りかかった。


「油断しすぎですね」


「!」


 背中を斬られ、男はウィルソンから離れた。


「ウィルソンさん、私の後ろにいてください」


「ゲホゲホッ……はい」


 ウィルソンは言われたとおり、カインの背後に回った。


 男がナイフを振り下ろした。カインはダガーで受け止めた。そのままダガーの柄をみぞおちに叩き込み、怯んだ男を蹴り飛ばした。

 男は地面に倒れ、動かなくなった。


「その程度、造作もありませんね。ウィルソンさん、この男をご存じですか」


「いえ……」


 ウィルソンは何が起きているのか分からず、青ざめていた。


「雇われたんでしょうね。貴方を殺して、すべての責任を押し付けるつもりだったのでしょう」


「なんだって!? 何がどうなっているんだ……」


 すると、遠くから足音が聞こえてきた。


「静かに。……誰かがいます」


☆ ☆


 バルドルとアイザックはカインを探しにウィルソンの家に強引に入って、部屋中を捜索していた。

 しかし、家のすべての部屋を確認したが、カインもウィルソンの姿はなかった。


 アイザックはがっかりしたように肩を落とした。


「外れだったか」


「……」


 バルドルは、この家が怪しいと野生の勘で感じていた。

 妙に不自然な部屋の物の置き方もあり、冷静に部屋を歩いて考えていた。


「バルドル、他に探した方がいい。時間もないーー」


「おっさん、静かに」


 バルドルは床に目を向けて耳を傾けた。


「床から風の音がするぞ」


「空気が抜けているのか。どこだ」


 バルドルは正確な位置を知るためにしゃがんで風がどこから聞こえているか床に耳を澄ました。


 すると、バルドルは目を見開いて指差した。


「ここからだ」


 他のタイルとは明らかに違う四角形の模様を見て、アイザックは納得した。


「地下室か。これならいくら部屋を探しても見つかるはずねぇな」


 地下室に繋がる隠し扉を開けて、バルドルとアイザックは中に入った。


 光が差し込まない通路で足元も見えづらくて、「カインはいるのか」と、二人は急ぎ足で通路を進んだ。


 すると、奥から光が見える部屋があり、恐る恐る部屋を覗くとカインと見知らぬ男がいた。


 バルドルは思わず大きな声で兄の名を呼んだ。


「カイン!」


 バルドルの登場にカインも驚いた表情をしたが、すぐにニコッと笑った。


「バルドル。ようやくきましたか」


 酒場の店主から聞いた男の特徴と一致したため、バルドルは問答無用にウィルソンの胸倉を掴んで締め上げた。


「てめぇ、よくもカインを誘拐しやがったな」


「ぐ……」


 ウィルソンはバルドルの手をどけようとするが、バルドルは一向に力を緩めない。


「止めなさい、バルドル」


 カインはバルドルの手を掴み、制止させた。


「はぁ!? 犯罪者に慈悲なんていらねぇだろう!!」


「もう一度いいます。やめなさい」


 バルドルは兄の怒りの眼差しに、仕方なくウィルソンの胸倉から手を放した。


 一部始終を見ていたアイザックは、やれやれとため息をついた。


「ったく、すぐに頭に血が上るのはほどほどにしろよな、バルドル」


「アイザック大隊長、貴方もいらしてましたか」


「ご無事で何よりだ、カイン」


 カインはウィルソンに対して気になることを質問した。


「ニ、三、聞きたいことがあります。私があの文字を解けるという情報を、どこで知ったんですか」


 ウィルソンは目を背けて呟いた。


「息子だから知っていると……」


「それにしたってリスクはあります。……いくら私が才能溢れる人間でも他の考古学研究者に「後継者」を作った可能性だってあります。

 誰かに父の嘘の情報を教えられて、私を誘拐するよう仕向けられたのではありませんか」


「……それは!」


「貴方の正体がバレた瞬間に暗殺者が来たのですよ。貴方は利用されたのです。もう、彼らを守る必要などありません」


 ウィルソンは目を見開いて、「そんな」と肩に力が抜けて床に座り込んでしまった。


 アイザックも床に倒れている男の顔を見て、「馬鹿にしやがって」と舌打ちをした。


「そうだな。そいつらを守る価値なんてないぜ」


「アイザック大隊長、バルドル、首謀者も捕まえますよ」


「おう!……首謀者ってなんのことだ」


 バルドルはイマイチ状況を掴めず、首を傾げた。そんな弟の反応にカインはクスッと笑った。


 ウィルソンはこのあと、アイザックの部下たちに連行され、逮捕された。うわの空のような表情で、足取りも重かった。

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