35話 カイン誘拐事件(その2)
近衛兵本部では、アイザック・ワイス大隊長が部下から報告を受けていた。
「アイザック大隊長殿、報告致します」
「ああ、今日はどうだった」
「本日は四班に分かれて遺跡を捜索しましたが、盗掘の痕跡はありませんでした」
アイザックたちはここ数年、王都近郊の古代遺跡を夜な夜な盗掘する者たちの逮捕に躍起になっていた。
古代遺跡は国有地に指定されており、許可なく立ち入ることは禁止されている。
しかし手掛かりはなく、犯人を見つけてもすぐに逃げられてしまうため、捜査は難航していた。
「今日で三日目か。あれだけ連日にわたって盗掘しまくっていたのに急に止めたというのは、こちらの動きに気づいたのか」
アイザックの部下も困りながら自分の意見を伝えた。
「それとも、いいものを見つけてそれどころじゃないという可能性もございます。今回盗掘された場所は初めてで、石版を掘り出されてしまいました」
「石版?」
「はい。盗掘された石版の内容は分かりませんが……」
「どちらにせよ、これ以上国有地を盗掘させないためにも警護を怠るな」
「かしこまりました。あと大隊長殿、こちらに戻る際に女将さんの従業員が王都内で聞き込みをしていました」
アイザックは不思議そうに首を傾げた。
「女将? 無銭飲食でもやられたのか」
「カイン・グランフェルトの足取りを追っていると言っていました」
「カインの?」
「はい。あの双子ですから、また厄介事かもしれませんね」
カインの足取りを女将が追っていることが気になった。
「あとで女将に会ってくる」
アイザックの部下は小さくため息をこぼした。
「大隊長殿、くれぐれも遊ばないでくださいね」
「馬鹿、ちょっと聞いてくるだけさ」
はにかんだ笑顔でアイザックは答えた。
☆ ☆
女将はバルドルへ有力な情報を伝えた。
「カインはここをでたあと南地区のほうにある「エノテーカ」っていう店に来店したようだわ。そのとき、帽子を被った男と同伴していったとのことよ」
バルドルは椅子から立ち上がった。
「その店、どこにあるんだ」
「私が案内するわよ。そこの店主とは顔見知りだから色々聞けるかも」
「店はいいのか」
女将はバルドルの肩を叩いていった。
「大丈夫よ。私がちょっといないくらいで店は潰れないわよ。それにカインにもしものことがあったら困るのは私もだから」
カインが目撃された店「エノテーカ」にバルドルと女将は向かった。
店内には客の姿はなく、バーカウンターに店主だけがいた。
「いらっしゃいませ。……!?」
店主は女将の姿を見ると、顔を強張らせた。
「女将、なぜここにいるんですか」
「聞きたいことがあるから来たのよ。昨日の夜、カイン・グランフェルトは来たわよね」
「来たが、すぐに帰りました」
店主はすぐに答えたが、目を泳がせていた。
「そのとき、男も一緒にいたでしょう」
「知らないです……」
「言いなさい。カインと一緒にいた男は誰なの! ここで何をしていたの!」
「……」
「これ以上だんまりしたら、この店を潰すわよ」
「ははぁ、冗談よしてくださいよ」
「冗談でこんなこと言わないわよ」
女将の凍てついた瞳に見て、店主は本当に実行するつもりだと思い、慌てて膝をつき頭を下げた。
「女将さん、申し訳ありません。
すべて言いますので店を潰すのは勘弁してください!」
その言葉を聞いて、女将はすぐにニコッと笑った。
「ふふっ、初めから言ってくれればいいのよ」
大の大人を土下座させた直後、女将は何事もなかったように笑った。
店主は正座させたまま、昨日の出来事を話した。
「昨日の夕方、常連客の男が来たんだ。そいつが、カイン・グランフェルトを連れてくるから、この瓶の液を飲み物に混ぜろと言ったんだ
カインにちょっとしたイタズラをするとかの理由だ」
バルドルは店主を睨みつけた。
「それでカインに薬入りの飲み物を出したんだな」
「はい……」
「その日の夜、本当にカインが男と一緒に来た。俺は言われた通り液を入れてドリンクを出したんだ。そしたらカインは頭を押さえて、そのまま眠ってしまった。
俺が男に問いただしたら、『このことは誰にも言うな』と大金を置いて、カインを背負ってどこかへ行っちまったんだ」
女将は、大金を渡されたくらいで口を閉ざしていた店主にため息を吐いた。
「どんな男か、覚えていること言いなさい」
「四十代くらいで、頬にあざがあるおっさんだ」
「名前は」
「知らないんです。あんまり自分のことを話さない旦那ですので」
「常連なんでしょ。身元が分かりそうな情報を言いなさい。じゃないと……」
「そ、そんなあああ、あ、あと、遺跡巡りが昔は好きだったとか言っていました!」
「遺跡巡り……」
バルドルは「遺跡」という言葉に、ある可能性を思い浮かべた。
「まさかな……」
カインを眠らせた液体の入った瓶はカインと一緒に持っていかれてしまい証拠がなかった。
あのあと女将が店主を散々脅したが、これ以上の情報は得られず、二人は店へ戻った。
☆ ☆
女将の店のバーカウンターにアイザックが居座っていた。
「アイザックのおっさん、なんでいるんだ」
「女将がカインの足取りを追っているって聞いて、気になって店に来たんだ。どうだ、カインは見つかったか」
「それが……」
バルドルは、カインが男に誘われて別の店へ行き、薬を盛られて連れ去られたことを簡潔に伝えた。
男の特徴を聞いたアイザックは、頭を掻いた。
「……カインが誘拐か。俺は俺で忙しいのに面倒なことだ」
「何かあったんですか、アイザックさん」
と女将が尋ねるとアイザックはコクリと頷いた。
「ここ数年、国有地の遺跡を盗掘している連中がいる。そのせいで遺跡が破壊されていて、俺たちは犯人を追っているんだ」
「遺跡の盗掘だと……」
「最近は動きがなくて、捜査は難航している」
「ねぇ、遺跡の中ってお宝とか金塊とかあるの、大隊長さん」
興味津々な女将だったが、アイザックははにかんだ笑顔で言った。
「ないですよ、女将さん。あってもいえません。あるのはせいぜい読めない文字がビッシリ描かれている石版くらいですよ」
「……おっさんたちが追っている犯人が盗掘したところって、1500年前の遺跡だったりするか」
「バルドル、なんでそれが分かるんだ」
「やっぱりな……」
女将はバルドルに尋ねた。
「バルドルくん、どういうこと」
「おっさんたちが追っているやつとカインを誘拐した奴と一緒かもしれねぇ。親父が研究していた遺跡と同じ、1500年前の遺跡なんだ」
アイザックは面食らったように顔が強張り、バルドルへ聞いた。
「バルドル、詳しく聞かせろ」
バルドルはこの状況なら致し方ないと頷いた。
「女将さん、悪い。あんまり他人に聞かれたくない話をおっさんとしたいんだ……」
バルドルの神妙な表情から「私はここまでだな」と女将は悟った。
「それなら、奥の個室を使っていいわよ」
女将は店の奥の個室を用意し、人払いもしてくれた。
「おっさん。これから話すことは絶対に口外しないでくれ」
念押しの言葉にアイザックは頷いた。
「分かった」
バルドルは自分が知っていることを語りだした。
「1500年前の遺跡には解読困難な暗号文字が描かれている。古代のアラビア語とヘブライ語を組み合わせたような文字というのは聞いた覚えがある」
「俺の隊は月一で遺跡の点検に入ってその文字を見たことがあるが、何語かもわからん文字だったな。暗号文字なら分からなくて当然なんだな」
「俺の父親は、その解読困難な暗号文字を研究している。陛下からも称賛されるほどで、国中探しても指で数えられるほどしかいない、暗号文字を読める人間なんだ。だから、考古学の中で権威があるようだ」
アイザックは、カインがあのミミズのような文字を読めるとは知らなかった。
「まさか、カインはその暗号が解けると思って誘拐されたのか」
「ああ、父親は俺たちに別々に教育をした。俺はこの辺りの言葉を、カインは難解な語学や文法まで学んでいる。十分に考えられる」
「だとしたら、バルドルたちの父親と関わりのある考古学関係者が犯人と考えるのが妥当か……」
バルドルはアイザックの意見に首を縦に振った。
「本当は今から親父を呼び出して犯人を特定させたいが、時間がない。親父と関わったことある奴を当たっていくしかない」
「よし! バルドル、俺と一緒に王都の考古学学会の会長に会いに行くぞ。何か情報があるだろう」
「ああ!」
☆ ☆
アイザックとバルドルは、王都北区にある考古学学会会長のコスタの自宅を訪ねた。
「失礼します。コスタさん」
アイザックが挨拶すると二人はこちらに気づいた。
「どうしたんですか大隊長殿、こんな遅くに。盗掘犯について分かりましたか」
「まあそんなところです」
「お伺いしたいことがあります。学会に、四十代くらいで頬にあざがある男はいますか」
コスタは一瞬、表情を曇らせた。
「……かつてはいました」
アイザックはやや声を荒らげて言った。
「誰ですか!」
「ダニエル・ウィルソンという男です。数年前に学会を抜けています。生まれつき頬にあざがありました」
アイザックの隣で黙って聞いていたバルドルは眉間に皺を寄せて小声でつぶやいた。
「そいつが犯人か……」
コスタはアイザックに聞いた。
「彼がどうかしたんですか」
「詳しくは言えませんが、今回の件の重要人物かもしれません。他に情報はありませんか」
コスタは首を振った。
「数年前に彼は学会を抜けているので、今は関わりがありません。お役に立てず申し訳ありません」
アイザックはコスタの様子に違和感を覚えた。
「……そうですか」
アイザックはこれ以上は時間の無駄と判断し、コスタの家を出た。
アイザックはコスタの家を出ると、表情を一変させた。
「バルドル、ウィルソンの自宅を見つけ次第、家宅捜索するぞ」
「証拠もないのに家宅捜索して大丈夫なのか」
「もしものときは俺が責任を取るから任せろ」
アイザックの頼りになる言葉にバルドルは嬉しそうに言った。
「おっさん、ありがとう」
アイザックとバルドルは、ウィルソンの現住所を調べるため近衛本部へ戻った。




