25話 神話愛好会(その1)
ドアを叩く音が聞こえ、ハウスメイドのシャロンがドアを開けると、一人の男が立っていた。
「こんにちは、ハウスメイドさん。双子はいますか」
身なりは整っており、腰には剣を携えている。物腰こそ柔らかいが、鍛えられた体つきからは騎士らしい雰囲気が漂っていた。
「はい、いらっしゃいます。貴方はどなたでしょう?」
男はそこで自分が名乗っていないことに気づき、軽く頭を下げた。
「これは失礼しました。私は王室騎兵のガルド・アルヴェインです」
王室騎兵。その言葉を聞いたシャロンは、わずかに表情を改めた。
「……どのようなご要件でしょうか」
「王直々のご命令をお伝えに来ました」
アルヴェインは、王からの命令が記された手紙をシャロンに見せた。
シャロンはアルヴェインを居間に案内すると、双子を急いで部屋から呼び出した。そして、王室騎兵が来ていることを伝えた。
双子は「……なんで来たの?」と疑問に思いながらも身支度を整え、アルヴェインの待つ居間へ向かった。
「早速、本題だ。君たちは神話愛好会というサロンを知ってるか?」
「いえ、知りません」
「右に同じくだ」
双子の反応にそうだろうなとアルヴェインは思った。
普段から晩餐会や夜会にも顔を出すのを嫌がっている人間がサロンには姿を見せるなんていう都合のいいことはしないからである。
「ここは会員制のサロンで名前の通り神話愛好家の集まりだ。そこのメンバーが先日数人行方不明になっているんだ」
「それは女性だけですか」
しかし、アルヴェインは否定した。
「男女年齢問わずだ。しかも、みんなそのサロンに多額の寄付をしている。怪しいと思わないか?」
もしその神話愛好会が関係していたとしたら、金銭目的の誘拐ではない可能性が高い。そうなると、これはただの失踪事件ではないとカインは思った。
「その行方不明者と神話愛好会の因果関係を調査するというのが依頼というわけですね。
我々に頼むということは、彼らの接点や個々の失踪理由がそれくらいしか見つからなかったからですよね」
「その通り。でも物的証拠もなく会合が行われている屋敷に押し入るわけにはいかない。
何かしらのアリバイがあるかどうかを調べてほしいんだ」
「……よほどの人物がサロンの主催者ということですか」
「セシル・ノーリッシュという資産家で歴史家だ。あらゆる神話を研究し、発掘調査もしている」
バルドルはアルヴェインに質問した。
「家宅捜索ができない理由は分かったが、どうして行方不明者が出たことも隠しているんだ」
貴族が次々と行方不明となれば、新聞の一面を飾ってもいいほどの話であるが、その手の記事は一切書かれていないとバルドルは疑問に感じたのだ。
「表立って騒がれたら、その家の名が傷つくだろう。だから、明確な証拠がないかぎりはできるだけ隠しているんだ」
「そういうことか」
やっぱり貴族の考えていることって理解できないなとバルドルは思った。
次はカインがアルヴェインに質問をした。
「その会はどの程度行われているのですか」
「月に二回で第二と第四の土曜日だ」
「では、次の集まりは一週間後ですね。一度に集まる人数と、どんな方が来ていますか」
「三十人程度だ。みんな、子爵くらいだと思う。
でも、宮廷舞踏会で見るような貴族ではなく、ホームパーティーや小さな夜会とかで見るような人たちだ」
「その中に異国の方はいましたか」
アルヴェインは首を横に振った。
「いや、あのサロンはアルテミスやマルバンの領主や貴族ばかりだった。
しかし、あまりあてにしないでくれ。私も数回しか行ったことがないんだ」
「……そのサロンは会員制ですが、アルヴェイン卿の紹介であれば入れますよね」
アルヴェインは不敵な笑みを浮かべた。
「入れるぞ。勿論、偽名でも作ってやるさ」
それは好都合だと笑い返した。
「招待状を用意してくれるとはありがたいです」
「二人でだけ屋敷内を捜索するのは時間がかかるかもな」
「それなら協力者もいるから大丈夫だ」
カインはあの王にしたら珍しい配慮だと感心した。
「協力者ですか。王様にしたら気が利く心遣いですね」
「それじゃあ、私は役目を果たしたから帰るぞ」
アルヴェインが帰ろうとすると、バルドルは呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。協力者って誰なんだ」
「知らない。でも、陛下が用意してくださった方なら変な人じゃないさ」
「……そうかよ」
アルヴェインがグランフェルト邸から立ち去ると、カインはシャロンに一つ命令した。
「シャロンさん、貸本屋にいって神話関係の本を借りてきてください。持てるだけ借りてきてください」
「承知致しました!」
シャロンはすぐに身支度を整えて貸本屋に走っていた。
カインはシャロンが家からいなくなると、バルドルに質問した。
「バルドル、神話って覚えていますか」
バルドルは視線を逸らして、頭を掻いた。
「……微妙だ。興味ないからな」
幼少期、双子は祖父の家に預けられて、騎士になるために修行をしていた。
そのとき、勉強の教材として神話の読み書きをさせられていたが、小さい子どもにはとっつきにくい話が多くて双子の関心も薄かった。
なので、普段のカインなら「そうでしょうね。私が助けてあげますよ」などと自慢げに発言するものの今回ばかりはカインの許容範囲ではなかったので歯切れが悪そうだった。
「私も正直そこまで詳しくないですから、お互い気合いで覚えますよ」
バルドルは少しぎこちなく頷いた。
「ああ」
「それともう一つ、我々には学び直さないといけないことがあります」
「学び直す?」
「ですが、案外体は覚えていることですから、そう苦労しませんよ」
「?」
こうして、双子の神話の勉強が始まった。短期間で全てを理解するのは難しいため、カインは北欧神話、バルドルはギリシア神話と、それぞれ特定の神話に絞って学ぶことにした。
久々の座学にバルドルは途中で眠ってしまうこともあったため、カインも付き添って勉強を見ることにした。ありがた迷惑ではあったが、自分のサボり癖と飽き性は自覚しているので、大人しく従った。
もう一つの学問は二人とも身体や頭が覚えていたため、神話ほど時間はかからなかった。




