26話 神話愛好会(その2)
一週間後
双子は辻馬車で神話愛好会の集まりが開かれるノーリッシュの屋敷に向かっていた。
今回は正体を隠して調査することになり、双子はアルヴェイン卿が招いた北欧の客人という設定で潜入することになった。
バルドルは髪をオールバックにし、カインも髪を綺麗に束ねていた。
「今回は失踪事件の手がかりを探るだけであり、戦闘はできるだけ控えてくださいね」
分かっているよとバルドルは適当にあしらった。
「何事も穏便に、だろう。それにしても、協力者というのは誰なんだろうな」
すると、カインは不機嫌な表情になった。
「陛下に我々の偽名や変装する外見などはお伝えしたのですが、肝心な協力者の身辺は教えてくれなかったのですよ」
バルドルはアルテミス王の呆れた行動に嘆息をついた。
「はぁ、全く陛下も何を考えているんだ。
そうなると、その協力者が自分で俺たちを見つけないといけないのか。俺たちだと分かるのか」
「陛下の用意した協力者ですから、大丈夫だと思います。しかし、会わなかったときはどちらかが囮となってノーリッシュ卿の気をそらして、もう一人が屋敷を捜索するしかありません」
「そうならないことを願うな。俺たち二人でやるとなったら捜索時間が短くなるからな」
「聞かれてはいけないことは北欧語で会話してくださいね」
「ああ、そのためにわざわざ覚え直したんだからな」
辻馬車がノーリッシュの屋敷の正面門に着き、降りると執事らしき初老が門前で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。初めての方ですね、紹介状はお持ちでしょうか」
すると、カインが手紙を執事に差し出した。
「はい、あります」
「拝見いたします」
執事が手紙の中身を改めると、態度を一変した。
「アルヴェイン卿のご紹介でしたか。これは失礼いたしました」
「いえいえ。初めての参加なので主催者の方にご挨拶がしたいのですが、案内できますか」
執事は愛想のいい顔で二人に言った。
「かしこまりました。ご案内いたします」
二人は執事の後に続き、屋敷の中へ入った。
会場は宮廷で行われる晩餐会に負けないほどの華やかなものだった。
どの食器もガラス製で、きらびやかな装飾が施されており、こだわりを感じさせるものばかりだった。
会場内には三十人以上の人間がいて、大勢で談笑する者や二人きりで会話する者がいたりと自由であったが誰一人として退屈している人間はいなかった。
あまり晩餐会や夜会に行かないカインとバルドルでもここの主催者は気配りや配慮ができる人間だと思った。
タイミングよく夫人と話し終わった一人の男に執事は声をかけた。
「旦那様、初めてのお客様をお連れしました」
旦那様と呼ばれた男はカインとバルドルに視線を向けてから返事をした。
「そうか、お前は持ち場に戻ってくれ」
「はっ」
執事はカインとバルドルに「ごゆっくりどうぞ」と言って踵を返した。
そして、主催者の男と対面した。
「初めまして、私がセシル・ノーリッシュです」
茶髪の中肉中背の四十代の男であった。しかし、資産家というより子どもたちに勉学を教える先生のような雰囲気がある人物だった。
カインから順番に挨拶し、ノーリッシュと握手を交わした。
「私はアーベル・ハンセンです」
「俺はヴァリ・ルーカスだ」
二人の偽名はカインが考えたもので苗字は北欧で一般的な名前を適当に選び、名前に関しては元の名前にゆかりある名前をわざと使うというカインの遊びをいれた。
「お二方は誰から当サロンを紹介されましたか」
このサロンには、ノーリッシュが直接招いた客以外にも訪れる者は多く、カインとバルドルのような客も特段珍しくはなかった。
「アルヴェイン卿です」
ノーリッシュは目を見開いて驚いた。
「彼ですか!? 王室騎兵殿とはどのような関係ですか?」
「以前、故郷の北欧で開かれた晩餐会でアルヴェイン卿と知り合いまして、『素敵なサロンがあるから今度いらしてください』と言われたものですから」
ノーリッシュは二人への関心を強めた。
「ということは、あなた方は北欧の方なのですか!」
バルドルはコクリと頷いた。
「ああ、そうだ」
ノーリッシュは嬉しそうに言った。
「当のサロンはアルテミスやマルバンの会員しかいませんから北欧の方の参加者は大歓迎です。お二人はどのような仕事をされているのですか」
「私とルーカスは北欧の騎士として国境警備などをしています」
「騎士でしたか。なるほど、体格もしっかりしていますからさぞかし優秀なお二人なのでしょうね」
「そんなことありませんよ」
「あなた方は流暢な英語ですね。もしかして、こちらに住んだことがあるのですか」
北欧で使われている言語は、総称して北欧語と呼ばれている。
アルテミス、マルバン、ヘルメスの共通語は英語となっているのだ。北欧語を学んでいる人間はアルテミスでも数少なかった。
「いえ、地元では様々な人間が集まる国でしたので独学で英語を勉強しました」
バルドルは勝手にノーリッシュと話を合わせているカインにやってられないなと呆れ気味になっていた。
「(よくもまあ、即興でベラベラと嘘つきやがって。設定を覚えるのも大変なんだからな)」
あらかじめ設定は決めていたが、大体の事柄だけで聞かれたら適当に嘘をつけばいいとカインに言われていた。しかし、嘘が苦手なバルドルは迂闊に口を開くとバレそうで喋ることが難しそうだった。
しかし、あまりにも無言なバルドルを見て、ノーリッシュが尋ねた。
「どうしましたか、ルーカスさん」
「あ、いやなんでもないです」
「彼はまだまだ神話の知識が浅いので、何卒ご教授お願いします」
「勿論です。お若い北欧の方がわざわざいらしてくれたのですから、分からないことは聞いてください」
「あ、ありがとうございます」
バルドルはそんなのどうでもいいんだけどなと心の中でぼやいた。
カインはここのサロンを知るために話題を広げた。
「ここのサロンでは、食事や懇談会以外に何か活動されているのですか」
「年に二回ほど希望者に発掘調査の見学会というのがありますよ」
バルドルもそれにはさすがに反応した。
「発掘調査とはまた凄いな」
ノーリッシュはどこか誇らしげに笑みを浮かべた。
「数年前から学者や研究者と一緒にチームを組みましてね。本格的に神話研究に乗り出そうとしているんです」
「それは興味深いですね。ぜひ、次回誘ってくださいね」
バルドルは今がチャンスだと思い、一旦ここから離れることにした。
「すいません。料理でも食べに行っていいですか」
ノーリッシュは構わないと頷いた。
「ええ、どうぞ」
すると、カインが余計な茶々を入れた。
「ルーカス、私たちは勉強に来ているのですから女性ばかりに話しかけないでくださいね。
異国でのパーティーですから色々と気になる気持ちは分かりますけどね」
バルドルは言われもないことを言われてイラついた。
「(なんだよ、勝手に俺を女たらしみたいなことを言うじゃねぇよ)」
カインはバルドルの耳元で囁いた。
「しばらく席を外してください」
「それでは失礼します」と言って、バルドルは二人から離れ、立食所に向かった。




