22話 ぶどう畑荒らし(その2)
結局、カインはバルドルの「今後、朝食は作らない」という脅しに屈し、交代制で巡回することにした。
暗くなる前にローランドを帰宅させ、農園周辺を偵察した。
敷地は六千坪と広く、夜間に二人だけで手分けして探すのは危険だ。そこでクルエラも加わり、二人一組で交代しながら巡回することにした。
カインは事前に、夜でも区画と方角が分かるよう、目印として木々に色布を巻き付けていた。
くじ引きで巡回の順番を決め、最初はバルドルとクルエラが担当することになった。
二人がプレハブを出ると、ランプを持ったクルエラはバルドルを気にせず、すたすたと先へ進んでいく。
ランプを持っていないバルドルは、慌てて早足で追いついた。
「おい、ちょっと待てよ!」
「敷地が広いんだ。だらだら歩いていたら、回り切れないだろう」
「そうだけどよ……」
夜の農園は静けさが妙に不気味さで、秋が近いこともあり肌寒さで体もこわばっていた。ランプの明かりが唯一の光ということもあり、離れて歩くと妙に心細さをあった。
そんな情けないことを言葉にしたくないとバルドルは思っていたが、クルエラは何となく察してバルドルを挑発した。
「なんだ、見かけのわりには歩く体力がないのか。ハンディマンというのは名ばかりだな」
小馬鹿にしたような言い方にムッとしてバルドルは言った。
「あるわ! 俺はお前より足速いからな。勝負するか!!」
そんなバルドルの姿にさすがのクルエラも呆れ顔で言い放った。
「……軽い挑発でここまで乗るとは、本当に扱いやすい男だ。だが、その勝負は遠慮する」
「……」
妙に冷静な一言にバルドルはこれ以上揚げ足を取られて悔しい思いをしたくないと黙っていることにした。
それに急に頭にきたこともあり、少しだけ気が紛れ、体が温まったこともバルドルとしてはムカつくがクルエラのおかげである。
プレハブから南に進むと、熟したぶどうが実っている木を見つけるとクルエラはぶどうの房を持ち上げて何かを確認していた。
ぶどうを見終わると、屈んで土の様子を確認した。
「なにを探しているんだ?」
クルエラが靴で土の感触を確かめると、土はドロッとしていて、水分を多く含んでいた。
「靴の跡があるか確認している。もしかしたら、ここの辺りを歩いたか可能性があると思ってな。前日の雨でぬかるんでいるな」
「カインもそれについて言っていたな。連日降り続いていたからそのときはぶどう荒らしの被害はないだろうって」
「どうやら、その通りだったようだな」
バルドルもクルエラのように足元や周囲を気にしながら歩いていると足跡を見つけた。
「こっちに足跡があるぜ」
「ああ、それはローランドの足跡だ。ここを出る前に靴の特徴を確認したから間違いない」
ローランドは農業用のブーツを着用しており、靴の種類には詳しくないクルエラでも分かるほどの特徴的な形をしていた。
「へぇ、観察はしているんだな」
「当然だ。そうでなければ、傭兵の長など務まらん」
なぜいちいち気に障る言い方しかできないんだ、とバルドルは思った。カインとも違う鼻につく言葉遣いがバルドルを地味にイラつかせた。
しばらく歩いていると被害に遭ったぶどうの木をクルエラは眺めた。
切られた枝を複数見てクルエラは怪訝な顔を浮かべた。
「同業者か……」
「どういうことだ?」
「ぶどうの素人は大概根元の切り方などは分からない。しかし、これを見ろ。丁寧に切られている。
恐らくぶどうを切るためのハサミを使われたのだ。それに未熟なぶどうには一切手をつけていない。
こんなことが分かるのは、ぶどう農家くらいだろうな」
クルエラのいうとおり綺麗に根元から切られていた。
バルドルは不思議そうに尋ねた。
「この盗難はローランドさんへの嫌がらせでやっているのか?」
「それもあるかもしれない。自分のところのぶどうと偽って、ローランドのぶどうを市場や店に出荷している可能性が高いぞ」
「最低な奴らだな……」
「プレハブに来る前にこの幹も見たのだろう。お前の兄は何か言っていなかったか」
バルドルはそういえばと顔を掻いていった。
「確か、警備が終わったら農業組合に連絡を取りましょうって言っていたな……。それってそういう意味か」
「あの男を分かっておきながら情報を開示しなかったか。いけ好かない男だ」
「全く、本当にその通りだ……」
「……ここのぶどうの収穫の時期だな」
「分かるのか」
「何度も訪れていれば、多少はわかる。
収穫のタイミングは品種によって違うようだが、ローランドはぶどうの房の付け根が茶色くなったころに収穫する」
クルエラが指摘するように色づいたぶどうを見ると付け根の色が茶色になっていた。
「本当だ」
「果実の皮もツヤがあるから明日にでも取るだろうな」
「じゃあ、そこを重点的に回ればいいんだな」
「それが一番効率いいだろう。カインが布を巻き付けていたおかげで、どの区画が収穫に適したぶどうがあるか分かる」
「なるほどな……」
「そろそろ、プレハブへ戻るぞ」
バルドルたちはプレハブに戻り状況報告をすると、今度はカインとクルエラが巡回担当となった。
カインがランプを持ち、一定の距離をとりながらクルエラと歩いていた。
近くにいたくないし、話かけるなと態度に出ているが、クルエラは話しかけた。
「王家の護衛、馬上槍試合の監視、泥棒退治……本当になんでもやるのだな」
カインは息を吐いて変に勘ぐられたくないので答えた。
「それがアルテミス王から与えられた任務なので遂行するだけです」
「貴様のような人間が王に従う理由はなんだ。王家に弱みでも握られているのか? それとも一族の恩義か?」
「余計な詮索はするものではありません」
面倒そうにあしらってもクルエラはこの話をやめようとしなかった。
「一体どういう経緯でハンディマンになるんだ。
しかもアルテミス王公認とはいささか気になるところだ」
クルエラが詮索するなら、カインも気になっていたことを言った。
「それは貴方のほうですよ、クルエラ総隊長。
若くして傭兵の長になったのはどんな事情でしょうか。まさか、こんな平和な世界に下剋上でもしたんですか」
「傭兵隊にも事情というものがあるのだ。軽々と語れるものではない。
知りたければ、私の忠実な部下になることだな」
カインは大げさに口元を抑えて、せき込んだ。
「そんな虫唾が走ることをさらっと言わないでください。……おや」
カインは土に多数の足跡を見つけ、一つ一つ靴の種類を見分けてクルエラに伝えた。
「足跡の形や数から推測するに、侵入者は五人。全員が成人の男ですね」
クルエラはやはり私の読み通りだと頬を緩ませた。
「あっさりと見つけてしまったな」
「連日、雨が続いていました。今日は晴れていて、町の青果市場が明後日に行われるので狙うなら今日だと思っていましたがーー」
カインは足元の方角にランプを灯して目を見開いて、声を荒らげて言った。
「クルエラ総隊長、急ぎプレハブへ戻りましょう!」
「どうかしたか」
「この足跡、プレハブの方向へ続いています。恐らく、我々と行き違いになっていたようです」
カインの感情的な表情にクルエラは驚きながらも冷静に答えた。
「ああ、すぐに戻ろう」
「私としたことが……」
カインは失態だと自身の唇をかんで、バルドルのいるプレハブの方へ走った。




