21話 ぶどう畑荒らし(その1)
クルエラ・マゼラーティは果樹園の中に佇むプレハブにいた。木の椅子に座り、ワインボトルを開けてグラスに注いだ。
赤ワインは艶やかで深紅な色合いをしていて、グラスを回し、香りを確かめてから口に含んだ。
果実そのものの味を引き出した渋みはクルエラの舌を唸らせる一品であった。
「相変わらずここのワインは美味しいな、ローランド」
ローランドと呼ばれた50代の男は嬉しそうにクルエラに一礼した。
「お褒めの言葉ありがとうございます」
ローランドはぶどう農園を経営しており、ここで作られるぶどうは市場で高額な値が付けられていた。
農園の敷地内にはワイン醸造所を持ち合わせ、作られたワインは近隣のレストランに提供したり、市場へ出荷したりして近頃の景気が上がっていた。
「ここまで美味しいワインになるまで色々と改良したのだろう」
「ええ。ぶどうというのは、日の当たり方や土によって全く違うものとなります。研究と年月をかけて今の味になりました」
「奥深いな。お前の愛情がこもっているのだな」
「ようやくの思いで作り上げた農園です。これも貴方様のご支援あっての農園でございます」
この農園は、ローランドが数十年前に土地を購入し、一から始めたものだった。若いころから農業に興味を持ち、独学で研究を重ねてぶどうを育ててきた。
農園は徐々に評判を呼び、経営も軌道に乗っていた。だが、ある日、天災によって果実が全滅するという悲劇に見舞われた。
木々はなぎ倒され、地面にはぶどうの実が散乱していた。肩を落としたローランドが閉園を考えていた頃、その話を聞いたクルエラが農園を訪れた。
面識すらなかったローランドに、クルエラは多額の資金を渡した。
「私にできるのはこれくらいだ。また美味しいぶどうを作ってくれ」
ローランドはその言葉に心を打たれ、再び農園を立て直すことを決意した。
『無名の農園を応援してくれている人がいる。また一からやればいいんだ!』
クルエラの資金援助と周囲からの声援に支えられ、農園は見事に復活。今では天災前の倍以上の売り上げを誇るまでになった。
クルエラとローランドは今では友人となり、ときどき農園を訪れてはワインを楽しんでいる。
「何をいう。お前の努力の賜物で作ったものだ。経営は順調そうで良かった」
「……ええ、あれさえなければですが」
ローランドの顔色が暗くなり、クルエラは尋ねた。
「何かあったのか」
ローランドは小さくうなずいた。
「ええ、ここ最近夜中にぶどうが盗まれる被害が多発していて頭を抱えています」
「被害は」
「初めは数千の被害でしたので、騒ぐほどではないと思っていました。それが相手をエスカレートさせたのか今は数十万の被害となってしまいました」
天災ならまだしも人災でここの農園が困っていると思うとクルエラは解せないと目を細めて言った。
「許せないな。私の傭兵部隊を派遣して一掃させようか」
「その心配はございません。今日の夜から農園の警備を依頼したんです」
「警備の依頼ということは自警団か。役に立てばいいが」
「自警団とは違うらしいです。ハンディマンという方々でそろそろくるころだと思います」
「……ハンディマンだと」
ここはアルテミスの土地。クルエラはすぐにあの双子の顔が思い浮かんだ。
☆ ☆
アルテミス王公認のハンディマン、カインとバルドルは依頼主のいるプレハブに入ると、なぜ傭兵隊の総隊長がいるんだと困惑していた。
双子はクルエラを睨みつけた。
そんな警戒する必要があるのかと言いたげに、クルエラは頬を緩ませた。
「また貴様らか」
呆れ口調ではあったが、どこか笑みを浮かべていた。
それに対してカインが言い返した。
「それは我々の台詞です。総隊長がこのような場所で何をしているのですか。サボりですか」
「サボりなどするか。私は休暇で友人のローランドと話していただけだ」
「わざわざアルテミスに来て暇をもてあましているのですね。よいご身分です」
カインの発言にクルエラは鼻で笑った。
「嫌味で言っていると思うが、それでいい。私が働かないということはこの世が平和の証拠だからな」
そんなやりとりを見て、ローランドは少し楽しげに話に入った。
「総隊長はここのワインを好まれてよく飲みに来るのですよ」
クルエラはどこか誇らしげに言った。
「ここはそこらへんにあるワインとは別格だからな。お前らでもここのワインの味はわかるはずだ。試しに飲んでみろ」
バルドルにワイングラスを差し出したが、バルドルは困ったように顎を引いた。
「……遠慮する」
「私は寛大だ。一口くらいで金など要求せん」
バルドルは言いづらそうに小さく呟いた。
「飲めないんだよ、酒」
カインも気まずそうに小さく手を挙げて言った。
「お恥ずかしながら、我々はお酒が飲めません」
その双子の返答に、クルエラは声を上げて笑った。
「フフッ、ならば仕方あるまい。ローランド、ぶどうジュースを出してやってくれ」
ぶどうジュースという単語を誇張してクルエラがいうとローランドは穏やかな笑みをして言った。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ローランドはぶどうジュースが置かれている倉庫に向かった。
双子はクルエラに聞こえないように小声で喋った。
「チッ、馬鹿にしやがって」
「無理に飲んで面倒事を起こすよりはこれでいいと思います。あの総隊長の前で痴態をさらすわけにはいきません」
「そうだよな。今回は畑荒らしの退治に来ただけだしな」
「耐えましょう」
クルエラはこそこそ会話をしている二人に向かって言い放った。
「そんなに酒が飲めないからと気を落とすな。人それぞれ、向き不向きあるものだ」
バルドルは眉をピクピクさせて、カインは笑みを浮かべながら、怒りのこもった声で答えた。
「ああ、そうかよ。ったく、お前にそんなこと言われるとイライラする」
「あの場で我々に恥じをかかせたこと、いつか後悔しますよ」
クルエラは小馬鹿にするように笑った。
「ふっ、できるものならやってみろ」
その瞬間、双子は「絶対に倒す」とバルドルは指の骨を鳴らし、カインは剣の鞘に手をかけようとしたが、ローランドが帰ってきた。
先ほどより雰囲気が違う双子を見てローランドは尋ねた。
「どうかなさいましたか?」
「「何もないです」」
双子は何事もなかったかのような顔をして、怒りを引っ込めた。
ぶどうジュースが注がれると双子は試飲した。渋みを感じさせない酸味と甘味が口の中に広がり、瑞々しく飲みやすい味わいだった。
「なるほど、この名高いローランド農園の味ですか。普段口にする癖のあるぶどうの味とは違いとても飲みやすくて美味しいです」
「これはいいな。これ、もう少し貰ってもいいか」
「どうぞ。ええ、あとで瓶に詰めてお渡しします」
バルドルは嬉しそうに拳を握った。
「やったぜ! やる気がでてきた!」
「本当、貴方はお金よりも食い意地が強いですね」
「悪かったな」
バルドルがぶどうジュースの瓶をグラスに注いでいると、ローランドはお菓子が入ったカゴを机に出した。
「ぶどうジュースだけでは物足りないと思いましてクッキーとスコーン、自家製ぶどうジャムをお持ちしました。どうぞ、召し上がってください」
ローランドの計らいにバルドルは目を輝かせた。
「ありがとうございます、ローランドさん!」
バルドルは子どものようにむさぼり、満面の笑みで食べていた。
弟の遠慮しらずの食べっぷりであったが、幸せそうな顔をみてカインも笑みがこぼれた。
「あなたは呑気ですね。私もいただきます。私の分も残しなさい」
「はいはい」
そんな双子の意外な一面を見て、クルエラは内心笑っていた。
「(こいつらは、食べ物で懐柔するほうが良さそうだな)」
お菓子とぶどうジュースを堪能していると夕暮れの光が窓から差し込んできた。
いまだにクルエラが居座っているのでカインは尋ねた。
「日が暮れますよ。さっさと傭兵本部に戻ったらどうですか」
「目の前に困っている友がいるんだ。帰るわけがない」
クルエラは高らかに言った。
「私もぶどう畑荒らしを討伐しよう」
すると、カインは眉をピクっとさせて、バルドルは嫌そうに顔をひきつらせた。
身勝手な発言に真っ先に口をあけたのはローランドだった。
「総隊長、お気持ちは嬉しい。ですが、これ以上ご迷惑をおかけしたくありません。なので……」
「私はお前が作ったワインが好きなんだ。そんなぶどうを荒らす輩を私は許せん。だから、私にも協力させてくれ」
クルエラの言葉に、ローランドは感激した。
「総隊長……。そこまで私のワインと農園を気にしてくださり、ありがとうございます。
せめての気持ちです、飛び切りのボトルをのちほど受け取ってください」
「ああ、お前の気持ちだ。確かに受け取るぞ」
この一連の流れにカインは心の中で気に入らないと舌打ちしていた。
「(善人面して高級品を渡させるとはさすがですね。……しかし、これは面白いかもしれません)」
「いいでしょう。総隊長にも加わっていただきましょう」
バルドルはカインに困惑ぎみに聞いた。
「本気で言っているのか」
「ええ、こちらにとって好都合です。もし深夜の長期戦になればお互いの体力が消耗してしまいますから二人より三人です。
クルエラ総隊長、提案なのですが我々と二人体制の交代で見回るのはいかがでしょうか」
「それはいい。一人がここのプレハブの待機し、二人は畑を巡回するのだな」
「ええ。私と総隊長で交代を回しましょう」
「ああ、それでいい」
「待て待て、交代制って自分たちだけかよ! さっきの長期戦になったら体力が消耗するって発言はなんだよ! 俺への配慮はなしかよ」
カインは不思議そうに首を傾げた。
「だって、私がクルエラ総隊長と見回りするなんて息がつまって死んでしまいますもん」
子どものような言い訳にバルドルは声を荒げて言った。
「だってじゃねぇよ。やれ!!」
やれやれと困った表情をカインは浮かべた。
「全く兄不孝な弟ですね」
「兄不幸で結構だ! 弟不幸ものが!!」
そんなやりとりを見て「ククッ」と笑った。
「不平不満を漏らすなど男が廃るぞ、バルドル」
「うるせぇ、元凶!」




