閑話 ハウスメイド(前)
これはグランフェルト兄弟が王都に住んで間もない頃の話。
双子はトーナメントで多大なる実績をあげて早期に騎士に叙任された。
これから輝かしい騎士生活が待っていると思われたが、色々な理由が重なりわずか数カ月で騎士団を脱退してしまい早速騎士生命を危うくさせた。
しかし、アルテミス王の加護のおかげで双子は騎士崩れにならず騎士の地位を維持したままハンディマンという職を与えられた。
ハンディマンとは様々な人の悩みを解決する何でも屋さんのことである。
それは市民だけではなくアルテミス王からの依頼も遂行しなければならないものということでアルテミス王は彼らのために王都に住居を用意するという好条件を双子に提案した。
彼らは王の好意に甘んじてハンディマンという仕事を引き受けるのだった。
☆ ☆
朝夕がまだ冷える三月ごろ、双子は王都に住み始めていた。
前の住まいから家具や一通りの日用品も運び終わって、ようやくひと段落ついたところだった。
「王都の暮らしも安泰だな」
すると、カインは目をキラッと光らせてバルドルに尋ねた。
「バルドル、こういう場所に住んでいて、必要な人物がいるのをお忘れですか」
バルドルは目を瞑ってうなって考えたが思いつかなかった。
「いたか。俺にはさっぱり分からん」
カインは仕方ないと弟に教えた。
「ハウスメイドですよ」
「ハウスメイド?」
ハウスメイドとは清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を行う者のことである。
王族や貴族の家ではごく一般的で多くのメイドがお屋敷にお仕えしており、それぞれの仕事が各メイドに振り分けられた厳格な職業だった。
「そうです。ハウスメイドは我々が遠出をしている間の家の管理をしている大切な人です」
バルドルは納得して首を縦に振った。
「確かにな。これからどんな依頼があるか分からないから必要かもな」
カインは留守中の家の管理や、部屋の掃除・家事を中心にやってもらいと思っていた。
特にこの時代はまだ情報が発達していなかったので留守中に何かあっては行動できないと思ったのでハウスメイドを強く求めたのだ。
「早速ハウスメイドの求人広告を作りますよ。ふふ、なんだか今からワクワクしてきますね!」
明らかにカインの様子がおかしいのでバルドルは疑いの目を見ていた。
「(あんな生き生きとしているカイン、気持ち悪い)」
カインはさらさらと紙にメイドの応募事項を書きあげ、バルドルがソファーから起き上がってそれを読んだ。
「地位年齢経験は問わない。家事全般ができる人。一人採用、……月二十五万プラス出来高って高すぎないか」
「これくらいの収入は当たり前です。
アルテミス王の許可さえあれば給料は我々の財布から出さなくても平気ですよ」
「けどよ、王様にそこまで頼っていいのかよ」
「だったら、貴方のお財布から給料を出してください。私は絶対に出しませんよ」
バルドルはトーナメントで稼いだ貯金はあったが、さすがにこれほど高い給料を毎月出すのは辛いと感じ妥協した。
「……いや、俺も頼れるものには頼るわ」
「そうと決まれば、この内容を新聞屋と協会に掲示して貰いましょう。応募期間三週間ほどでここの家で面接を行いましょう。どれくらい応募がくるか楽しみです」
バルドルは心配そうにカインに尋ねた。
「そんなに応募ってあるのか。そもそもメイドの倍率ってどうなんだ」
「一流ハウスメイドは我々騎士が近衛兵になるのより厳しいと言われています。そして、財力と地位と経験もよくなければいけないという狭き門なのです」
バルドルにはメイド界隈の話はイマイチ分からなかったが、カインの話を聞いてメイドの人も苦労しているんだなとしみじみ感じた。
「簡単になれないんだな」
「地位の低い方は経験というものを武器にするしかありません。なので、我々のような場所で経験値を高めるメイドは多いそうです。
我々の家系は貴族ではありませんが、騎士なので希望する人は少なからずいるでしょう」
「へえー。それでどうやって採用するんだ。面接だけじゃ力量なんて分かんないし、何か実践させるのか?」
すると、カインの口元が一気に緩んだ。
「そうですね。……色々と試して採用しますよ」
カインがろくでもないことを考えているのはバルドルも分かっていた。そのためにも面接当日は俺がカインを見張っていないといけないなと思った。
「(……まあ、余程のことがなければ大丈夫だよな)」
このころのバルドルはまだ兄の腹黒を完全に認識していなかった。
☆ ☆
王都から南東に離れた村ハイファに暮らしている姉と弟がいた。
弟の名はシャロン・フランス。小さい頃に親は他界され、姉ニーナと二人三脚で生活していた。
しかし、数週間前にニーナは肺炎を患ってしまい、仕事を辞めてしまった。
姉の仕事は王女の身の回りのお世話をする宮廷メイドだった。メイドという職業は一度病気にかかってしまうと伝染する可能性があるので復職するのがほとんどできないものだった。
シャロンも幼い頃から酒場や青果の販売、農家の手伝いや庭掃除など様々な仕事を掛け持ちしながら働いていた。
だが、姉の突然の体調不良が心配になり、自身も仕事を休んで姉の看病をしていた。
そして、シャロンは思い悩んだ結果、これからのためだと今後の進路を姉に伝えた。
「転職するの?」
ニーナはベッドに横たわって、シャロンの話を聞いていた。
「うん。今の仕事は全部給料が少ないから、これからはきちんとした仕事に就こうと思うんだ」
シャロンの今までの仕事は姉の給料の半分もいかないほどの稼ぎであった。薬代や姉の容態のこともあり、安定していて高収入な仕事を探さなければならないと思ったのだ。
「ごめんね、シャロン。私のせいで好きだった仕事を辞めさせて」
シャロンの今までの仕事は給料は少なかったがシャロン自身やりがいを感じていた仕事であった。
シャロンが生活のためだけに働くのではなく、仕事一つ一つに楽しさを見出していたことをニーナは知っていたので申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
シャロンは姉にそっと手を握った。
「姉さん、そんな風に自分を責めないでくれ。僕が稼いで姉さんの病気を治すんだから」
「シャロン……」
「大丈夫、次は僕が姉さんを守る番だよ」
弟が立派に育ってくれたことの喜びに思わずニーナは涙がこぼれそうになった。
しかし、これ以上姉として弟に弱さを見せるに嫌だったのでニーナは目を強く指でこすってシャロンに言った。
「ありがとう、シャロン。……それであてはあるの」
「……いや、その。まだ見つけられなくて」
シャロンが恥ずかしそうに後ろ髪を掻いていると、ニーナはニコッと笑った。
「だったら、これどう?」
ニーナが枕の下から数日前の求人広告の切り抜きだった。
ニーナはニコニコしながら説明した。
「いい条件だと思わない? 王都ならここからそこまで離れてないし、お給料も悪くない。それに献身的なシャロンにはピッタリなお仕事だと思うの」
シャロンは広告に目を通して、落胆したように声が沈んでいた。
「姉さん、肝心なところを見落としている。……僕には無理だ」
ニーナはシャロンの弱気な発言に怒鳴った。
「簡単に無理とか言わないの! 貴方ならできるはずよ!」
「僕は男だ! ハウスメイドメイドは女性の職業だろう」
ニーナはなんだそんなことかと鼻で笑った。
「ふん、そんなの些細なことよ。シャロンは女の子の格好の方が似合っていることお姉ちゃんがよーーく知っているのよ」
シャロンは昔の嫌な記憶がよみがえり頭を抱えた。
「姉さん、それは忘れてくれ」
ニーナはシャロンの傷をえぐるように昔の話を語りだした。
「昔はお金がなくて私のおさがりをシャロンが着たときはお人形さんみたいに可愛かったわ。あぁ、思い出すだけでよだれが……。
それでシャロンが村を歩いたものだから、村中が大騒ぎになって男たちが貴方を巡る抗争が起きたほどよ」
村のみんなは温厚な人間でそんな野蛮なことはしないとシャロンは姉の過剰な表現に半笑いした。
「こ、抗争っていくらなんでもそれは嘘でしょう」
「まあ、その話はまた今度として。ともかく、ものは試しよ、受けなさい」
ニーナはシャロンの肩をがっしりと掴んでいた。
姉の頑固な性格から考えると受けると言わないと納得してくれない。
シャロンはなんとか言い訳をしてみた。
「い、いきなりそんなこと言われても紹介状がないから……」
「大丈夫、紹介状と経歴書はバッチリ用意したからあとはポストに投函するだけよ」
姉に完全に裏をかかれているとシャロンは諦めに似たた声で言った。
「用意周到だね……」
ニーナはとぼけたように首を傾げた。
「そうかしら?」
こうして、シャロンはハウスメイドの面接を受けることになった。




