20話 紋章官(その6)
三日目
カインとバルドルは一緒に行動し競技場周辺の通路を巡回していた。
出かける際、カインに髪へ何かを塗られて帽子を被せられたため、少し違和感を覚えていた。
「(なんか、ベトベトしてねぇか)」
カインに気にしないでくださいと言われたので、バルドルは大丈夫だろうと思っていた。
「そういえば、今日はどちらかが会場の外を見回りを行かなくていいのか」
「ええ、二日間で分かりましたが会場の外は大して見回ることはなかったと判断しました。最終日くらい二人で行動していても問題ないでしょう」
「そうだよな。今日こそは何事もなければいいんだけどよ」
「弟くん、あそこ」
「あ……」
双子の視線の先には剣の準決勝が行われていた。
剣大会のルールでは、相手が戦闘不能になれば、審判である紋章官の判定によって勝敗が決まる。
しかし、紋章官が勝利の旗を振っているのにも関わらず負けた男がまだ剣を握りしめて相手に立ち向かっていた。
やめるように紋章官が注意しても、男は言うことを聞かずに戦い続けていた。
馬上槍試合とは異なり近距離の観戦ができる剣大会は競技者の暴走で観客に怪我を負う可能性もあるのでこのままでは大変なことになると感じ、カインは鋭い声でバルドルに命じた。
「バルドル、あの試合を止めにいきなさい」
「了解」
即答すると、バルドルは観客の間をすり抜けて競技場へ走り出した。
カインは観客を観察しながら競技場へ向かっていると、一昨日カインが馬上槍試合のときに声をかけた女性がいた。
女性の顔は青ざめて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
彼女が強引に観客をかき分け、前へ出ようとすると、カインに後ろから腕をぐいと引かれた。
「おっと、貴女のような女性が無理に群衆の中に行こうとするのは危険ですよ」
彼女が手を振り払おうとしても、カインはしっかりと腕を掴んで放さなかった。
「放して! あのままじゃ私の弟が死んじゃうの。止めないと!!」
競技場を見ると、負けた男が大男に一方的に攻められており、剣を地面に落としてしまった。
声を荒げている彼女に対して、カインはいたって冷静に言った。
「それなら私の弟を応援してください」
彼女はキョトンとした顔になって尋ねた。
「な、何を言っているの?」
「今に分かります」
バルドルが客席と競技場のしきりになっていた木柵を乗り越えて、膝をついた男の前に立ち、盾になるように大男と向かい合った。
「もう勝負はついているだろう。大人しくしろ」
「はぁ? その男がまだ負けてねぇって言うから相手をしてやっているだけだ。俺は悪くねぇんだよ」
「じゃあ、くだらねぇ挑発に乗るな。みっともねぇ」
「黙れ、紋章官が俺に説教なんてするんじゃねぇよ」
それを聞いてバルドルは鼻で笑った。
「なるほどな、こりゃ王様が俺たちに依頼するのもわかるな」
「黙れって言ってんだよ」
大男はバルドルに剣を振り下ろした。
すると、バルドルは地面に転がっていた剣を拾い上げ、大男の剣撃を受け止め、相手の剣を振り払った。
「野蛮な奴だな。俺じゃなかったら怪我しているぞ。……あぁ、お前みたいなやつは口で言うよりこっちの方が分かってくれるか」
バルドルは不敵な笑みを浮かべ、剣を構えた。
普通の人間の反応ではないと察し、大男も構えた。
「ふん、やるじゃねぇか」
大男はバルドルから距離をおいてから、ジリジリと隙を見計らっていた。
バルドルがわざとよそ見をすると、大男は正面からバルドルの頭めがけて、剣を上段から振り下ろした。
「ひっかかったな」とニヤリと笑い、バルドルは大男の足元をすり抜けて背後に回った。
そして、バルドルは相手の背中に思い切り剣の腹をぶつけた。
鎧の上からの一撃だったが、バルドルの力任せの打撃は凄まじく、大男は激痛に呻きながら倒れた。
「あ、悪いな。でも、頭を狙ったんだから正当防衛だからな」
会場内にいた観客はバルドルの早業に歓声を上げた。
準決勝に参加していた大男を紋章官に倒されるという奇想天外の出来事に笑いと歓声が巻き起こり、観客のテンションは妙に高ぶっていた。
バルドルは周囲の目を気にせず膝をついたまま唖然としている男のところに行って立ち上がるように手を伸ばしたと思ったら、兜を強引に脱がした。
男はまだ二十歳にならないくらいの青年でバルドルは頭に拳骨を食らわせた。
「いてぇ……」
男はジリジリとくる痛みに頭をさすった。
バルドルはじっと見下ろして、男に言ってやった。
「てめぇもてめぇだ。負けも認められないなんて情けねぇ。負けが恥だと思うのは大きな間違いなんだよ」
男はムッとなって不貞腐れた態度をとった。
「だって、大きな大会だから、ここで目立てば早く騎士になれると思って」
バルドルは気に入らないと男に怒鳴った。
「だってじゃねぇ! 俺が止めに入らなかったら大けがしていたんだ。そうなったら騎士になれねぇぞ」
バルドルのあまりにも正論を言われ、男は一気に肩の力が抜け、項垂れた。
「……」
バルドルはしゃがんで男と目を合わせて伝えた。
「いいか、自分の弱さを認めることも騎士には大事なんだ。お前はまだ若いんだから努力さえすれば、いくらでも強くなれる。だから、焦って無茶な行動はするな! 分かったな」
荒っぽい口調であったが強く心に染みる言葉に男は大きな声で返事をした。
「は、はい!」
「大丈夫、サイ!!」
サイと呼ばれる男は女性の顔を見て少し驚いた表情を見せた。
「ね、姉さん」
「心配かけないでよ、馬鹿!」
そういうとサイの体をぎゅっと抱きしめて、女性は涙を流した。
「ごめん、でも姉さん一日も早く立派な騎士になったところ見せたくて悪あがきしちゃったんだ」
「そうだったんだ。でもね、私はあなたが騎士になるために毎日見守って、この大会でサイが逞しく戦っているところを観れ分かったの。もうあなたは私がいなくても立派な大人になったって」
姉の涙を見て、サイは自分がどれだけ無茶をしたのかを思い知った。
「ごめんなさい」だけでは足りない。そう思った。だが、このままでは自分まで泣いてしまいそうだった。サイは照れ隠しに、姉へ冗談を言った。
「……姉さん。痛いよ」
「あ、ごめんなさい」
女性は慌ててサイの体から離れた。
カインが姉弟に言い渡した。
「水を差すようで申し訳ありませんが、貴方の弟さんは紋章官の指示を無視して試合を続行しました。
今からその事情聴取が行われますので、警備隊に身柄が引き渡されます」
女性は顔色が一気に悪くなった。
「そ、そんな」
「しかし、観客や紋章官に怪我を負わせることはなかったので、三日ほど拘留された後、釈放になりますよ」
「ほ、本当ですか」
「ええ、しっかり反省さえすればいいのです。それでは」
カインの言葉に、姉弟の顔に笑顔がこぼれた。
そして、バルドルに倒された大男こそ、アルテミス王が言っていたヘルメスの男爵家の人間だと確信した。
「ちなみにそこで倒れている男は二度目の暴挙ですから、少々長めに拘留されることになるでしょう。勿論、身分も関係ない対応をさせていただきますよ」
カインが沙汰を伝え終わると、続々と警備隊が競技場内に集まってきた。
すると、血相を変えて今大会責任者のトトリ紋章官部長が現れた。
「勝手な処分を下さないでください! あなたにそんな権限があるとお思いですか」
カインは悪びれることなく、頷いた。
「ありますよ。この対処は王からも一任されていますので」
トトリは顔を引きつらせて、一歩後ずさった。
「そ、そんな」
「嘘だと思うならご自身で聞いてください。もっとも私がこの場で虚言を弄するメリットなど微塵もございませんけど」
剣大会の準決勝は市民の客席は一階だったが、上段から貴族やアルテミス王が観覧していたのだ。
カインの言う通り、ここで虚言を弄すれば、王の面前で嘘をついたことになる。
トトリは苦虫を噛み潰したような顔をした。
カインはさらにトトリに追い打ちをかけた。
「大体、警備隊にいちいち口出ししていたにもかかわらず、我々の出番ができてしまったのは、失策としか言いようがありませんよ。
少しは人の使い方を考えないと部下に後ろ指を指されますよ」
「……ぐ」
トトリは言い返す言葉が見つからず顔をしかめた。
カインは遠くからすべての状況を上段から椅子に座って眺めていたアルテミス王に視線を送った。
「(これでよろしいですよね、陛下)」
そういう意味でニコッと笑うと、アルテミス王も賛同したように笑い返した。
女性が恐る恐るカインとバルドルに尋ねた。
「あ、あの、あなた方ってもしかして」
女性は先ほどのバルドルの姿を見て、どこか懐かしい感覚があった。それは六年前にみた伝説の双子が戦った試合そのもののようだった。
あれほど伝説の双子について熱弁していたのに、ようやく気づいてくれましたかと、カインは少しとぼけた口調で言った。
「そうそう、貴女がお探しの方々は、現在王都でハンディマンをしています。何かご用があるようなら訪ねてみてはいかがでしょうか?」
カインは口元に人差し指を立てて「秘密ですよ」と女性にウインクを送ると彼女は納得したのか嬉しそうな声色で言った。
「ありがとう、紋章官さん」
「さようなら、お嬢さん」
カインが姉弟から離れるとバルドルは不可解そうに聞いた。
「おい、探していた方々って俺たちのことだろう。今そんなこと言っていいのか」
「ええ、もうここにいる意味もなくなりましたから構いませんよ。それよりこの我々の注目をどうしましょうか」
「……あ」
観客の視線はカインとバルドルに向けられていた。
カインもさすがにこれだけの観衆から逃げられないですねと諦めにも似たことを考えていた。
すると、アルテミス王が椅子から立ち上がり、豪快な声を会場中に轟かせた。
「二人の紋章官、よくぞ収めてくれた。礼を言うぞ! 皆さん、彼らに盛大なる拍手で花道を作ってやってくれ!」
アルテミス王がそういうと、観客はアルテミス王の指示通りに一本の花道を作ってくれた。
あまりにも簡単に人々を動かす鶴の一声にバルドルは呆気にとられた。
「はぁ……。やっぱ王様は伊達じゃないんだな」
このような場所でアルテミス王の手を借りるのは本心ではなかったが、今回ばかりはカインも妥協した。
「今回は仕方ありませんね、指示通りにしましょう。……花道が崩れたら、王室騎兵がいるはずなので、一気に走って彼についていってください」
「そいつが道案内でもしてくれるのか」
「きっと馬車が待っていますよ」
「それって家に帰るってことか」
「我々はあの場で馬鹿みたいに目立ってしまいました。このまま我々がトーナメントにいることが火種となりかねませんからこれでお役御免ですよ」
バルドルはこれでいいのかよとカインに尋ねた。
「……こんな雑な去り方していいのかよ」
カインはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「これも一興ですよ」
あっさりとしたカインの答えにバルドルが妙に安心して、同意した。
「ふん、分かったよ」
こうして、二人のトーナメントのお勤めは終わった。
のちに新聞の一面には幻の紋章官二人の話題が飾られ、巷で様々な噂が流れた。双子は「さっさと噂なんてなくなれ」と、のんきに家で過ごしていた。
☆ ☆
双子が花道を通り過ぎてゆく姿を見物櫓の上からクルエラとパリスが眺めていた。
二人は来賓として貴族側の座席を用意されていたが、様々な角度から見たいという理由でそれを断り、市民と紛れて見物していた。
パリスは残念そうに呟いた。
「あーぁ、双子さん行っちゃいましたね」
「ああ、見えないリードで飼い主に誘導されたな」
パリスは目を細めてクルエラに言った。
「なんですか、その例え。バルドルさん、よくあんな動きづらい服で戦いましたよね。やっぱりトーナメントのチャンピオンになるだけあります」
「全く馬鹿としか言いようがない、目立つ戦い方だったな」
「でも総隊長、楽しそうに観ていましたけどね」
「悪いか?」
パリスは首を横に振った。
「悪くないですよ。私も楽しんでいたので。
……不思議なことがあります。どうして、戦っているときもバルドルさんの帽子は落ちなかったのでしょう」
クルエラはあらかじめ考えていたのか、すぐに答えた。
「カインに髪の上から接着剤でも塗られたのではないか」
パリスは目を丸め、顔を引きつらせた。
「え、それはいくらなんでもやらないんじゃないんですか。髪の毛ですよ!?」
クルエラは笑いながら言った。
「そうか? あの男なら自分以外の人間には容赦なくやると思うが」
そう言われてしまうと、確かに、とパリスは頷いた。
「……ですね」
クルエラは踵を返してパリスに言った。
「私たちも帰るぞ。あれ以上の余興はないはずだ」
「ええ、帰りましょう」




