閑話 ハウスメイド(中)
シャロンは家の近くにあるポストに紹介状と経歴書を同封して嫌々投函した。
このまま破り捨てて逃げてしまおうとも思ったが、姉の治療費のことを考えると今は仕事を選んでいる場合はないと思った。
シャロンが家に帰ると、姉が家の中を立ち歩いてクローゼットで服や装飾品を漁っていて部屋が散らかっていた。
「ね、姉さん、寝ていなくて大丈夫なの!?」
「ええ、貴方のメイド姿が見られると思ったら体が元気になったわ。血が騒ぐわよ!!」
シャロンは見たことのないニーナの異常なテンションの高さにドン引きしてしまった。
「(……僕、騙されたのかな)」
シャロンはニーナが着ていたメイド服に袖を通した。初めて着る服だったため着方が分からず姉の手を借りながら、試着が完了した。
姉は目をギラギラとさせて弟のメイド姿を眺めていた。
「やっぱり、私の服着られるのね」
下から上までじっくりと姉に全身を見られて、羞恥心を隠すことができなかった。
「……姉さん恥ずかしいよ」
「シャロン、鏡見なさい」
すると、ニーナは全身鏡をシャロンの前に置いて、シャロンの後ろに回り込んで両手を肩にのせた。
「これはどっからどう見たって女の子よ。私よりも可愛いじゃない」
シャロンは自分の姿をチラリと見た。
「(これ、僕なの……)」
自分でも驚くほど服を着こなしていた。
小さい頃は男と女では体格差があまりないから違和感がないのだと思っていたが、十四歳になっても姉の服を着られてしまう自分を直視できずにいた。
「顔も可愛いし、肌も白いし、足も長くて細いし……本当に貴方が女の子だったら美少女で誘拐されるわよ」
「そ、そんなことないよ」
「もう、謙虚なんだから。これからはメイド服着て家を過ごしてね」
「す、スカートが違和感あるよ……」
「大丈夫よ。一週間も着たらなれるわよ。……うーん」
これでもシャロンは悪くないとは思ったが、他のメイドとの明らかな差がシャロンには必要だと感じてニーナはシャロンのスカートの裾を持った。
「シャロン動かないでね。えい!」
ニーナはくるぶしほどだったスカートの丈を膝下まで手で引き裂いた。
「ど、どうしてこんなことをするの!? これ姉さんの服でしょう」
「いいのいいの。胸の代わりは足なんだから!」
「胸の代わり?」
分かっていない弟に姉はヒントを与えた。
「胸はねぇ、男のロマンなの!」
「……姉さん、話が見えない」
「だけど、貴方にはその武器がない。その次の男のロマンは足なのよ。太ももを覆い隠す障壁スカートを短くして偶然チラッと見えるエロス! これをチラリズムっていうの。この良さ分からない!」
「あんまり分からないけど、それって男を落とすテクニックじゃないか」
ニーナは何の躊躇もなく頷いた。
「そうよ、私のために使いなさい」
姉の横暴ぶりにシャロンは唖然としてしまった。
「……」
ニーナは小さく咳払いして、いつもと違うモードに切り替わった。
「大方の身支度も整ったので、これからメイドの本格的な指導をします。今後、一人称僕を禁止。私のことは姉さんではなく師匠と呼ぶように」
「ええ!? そんなこと言われても困るよ」
「コラ! 女の子はそんな反応しません。そういうときは目を潤ませて「そ、そんなこと言わないでください、師匠」でしょう!!」
「……」
ようやく、シャロンは自分はとんでもない選択をしまったことへの後悔が身に染みたのだった。
「返事をしなさい」
「承知しました、師匠……」
「(このノリを耐えないといけないのか)」
こうして、シャロンはみっちりメイドとしての作法を姉に毎日叩き込まれるのだった。
☆ ☆
三週間後
カインはバルドルのお見送りのために外に出ていた。
「それでは適当に決めておくので、お仕事頑張ってください」
カインはそっとバルドルの肩に手をおいた。
「はあ!? 俺には選択権はないのか!」
「仕方がないではありませんか。急遽貴方に指名で仕事が入ってしまったのですから。だからと言って貴方の帰りを待つと長い間女性を拘束することになりますし、延期もできません。
残念ですが、バルドルには選択権はありません」
カインの言う通り、遠路遥々来たら女性に「今日は延期します」なんて口が裂けても言ってはいけないことだというのも承知していた。
「畜生なんでこういう日に限って……」
悔しがるバルドルにカインは自信たっぷりに言った。
「安心してください。きちんと私が責任をもってハウスメイドは選びます。多少は貴方の好みを考慮しますよ」
「……分かったよ、さっきと仕事済ませて帰ってくる」
「お気をつけて」
バルドルの背中が見えなくなると、カインは満足げな笑みをした。
「ふふ、本当にいい弟を持ちました。私が裏で根回して自分だけ雇わせたとは露知らず仕事に向かうなんて彼が清廉潔白で良かったです」
「しかし、不思議と罪悪感がありません。私は酷い人ですね」
カインは雲一つない青空を見上げて言った。
「素敵なメイドさんが見つかることを願います」
☆ ☆
シャロンは姉過酷なメイド修行のおかげで万全の態勢で面接が行われるグランフェルト邸に辻馬車で向かっていた。
特に女性として立ち振る舞いは徹底的にやられ、「一体自分は何をやっているんだ」と悩むほどだった。
目的の場所にたどり着くと、シャロンは辻馬車を降りてグランフェルト邸を眺めた。
「ここがお屋敷ですか」
シャロンが思ったより小さな屋敷だった。しかし、立派なレンガ造りで外装にこだわりを感じる二階建てである。
今回のハウスメイドは一人しか選ばないと書かれていた。一体何人の女性がハウスメイドに応募したのだろうかとシャロンは思った。
シャロンがグランフェルト邸の扉を開けて、まず驚いたのは、玄関に履き替え用の靴が用意されていたことだった。
アルテミスでは珍しい習慣を取り入れていると思いながらも、シャロンは靴を履き替えた。
待機室である客間が入り、シャロンは空いていた椅子に座った。自分と同じここの家に就職を希望する女性たちがいた。
どの女性も座り姿だけでも優美であった。厚化粧にならないように整った肌をしているので育ちの良さを感じとれた。
シャロンは姉のおふるを少し改良した服だったが、ここにいる女性は髪飾りや小物が凝っていて綺麗な服を着て気合が入っていた。
「(皆さん、綺麗で品があるな……。それに比べて僕は華やかさがないよ。姉さんは大丈夫とは言っていたけど自信がなくなるな)」
テーブルに事前に置かれていた紙が二枚あった。四つ折りになった紙と「隣の紙を面接開始したら開封してください」と書かれていた紙だった。
時間になるとここの主が登場するのかと思ったが、出てこなかった。
唯一の手掛かりとなるのは、この手紙一枚なのだと皆が思った。
一人の女性が「開けるわよ」と言ってここに来た女性とシャロンの目は一枚の紙に注目が集まった。
『客間の奥の扉を開けると台所があります。そこにある食材を好きに使っていいので、この家にあるもので一品料理を作ってください。
制限時間は一時間です。一時間後に順不同で一人ずつ客間の右にある部屋にお呼びするのでそのときに料理を持ってきてください』
その紙に目を通した女性たちは一斉に台所に向かい、シャロンもすかさず後に続いた。
台所に向かうと、そこに置かれていたものは豊富な野菜と果物と香辛料などだった。
女性たちはこれらの品々を見て物を奪い取るように食材をとって各自黙々と調理にとりかかった。
しかし、シャロンは他の女性たちをよそに、焦らずに食材を見つめて考えていた。
「(この食材なら、どんなものでも作れる。でも食べる人が何を望むかを考えなくちゃいけない)」
シャロンは料理の実技試験があることも想定済みだった。
大抵の料理はシャロンも作れるが、いざ作るにもどれを作ろうか悩むポイントでもあった。
姉に相談すると自分の得意料理より相手に好感を持たれる料理を作るように言われていた。ここの主人がどんな方か、どんなものに興味を持たれているかという分析もしなくてはならなかった。
シャロンは何かヒントがあるに違いないと思い、台所にあった食器や家具、部屋を観察してみた。
すると、シャロンはあることに気づき一つの料理が頭によぎり確信した。
「(……これならいける)」




