18話 紋章官(その4)
二日目
前日の約束通り、バルドルは客席の見回りを任されていた。カインから貴族側の客席には近寄らないようにと言われたので、バルドルは市民側の席の通路を歩いていた。
市民側の客席は特に異常はなかったので遠くからでも見えそうだなと思い、持ち前の視力を生かして、五十メートルほど離れた貴族側の客席を観察していた。
すると、貴族側の客席で一番見晴らしのいい中央の席に、貴族たちが集まって一人の男に丁寧に挨拶していた。
きらびやかな王冠を被り、アルテミスの紋章が描かれたマントを羽織り、顎ひげを生やした中年の男にバルドルは顔を歪めて心の中でぼやいた。
「(ゲ、アルテミス王だ。昨日はいなかったのになんで今日はいるんだよ)」
バルドルが眉をピクピク動かしているとアルテミス王がバルドルに気づいたのか微笑んで小さく手を振った。
思わぬ出来事に、バルドルは心臓が飛び出るほど驚き、首をペコリと下げてその場から離れた。
「(こんなに離れていて変装している俺がわかるなんて、王様こわすぎる……)」
バルドルはアルテミス王が苦手である。
☆ ☆
二日目最後の競技が始まった頃、会場の外の人間は少なくなっていた。
馬上槍試合と剣の試合を見に来る人間が大半で終わると次々客が帰ってしまい、最後まで試合見ている人間はごくわずかであった。
一日中、会場の外を見回りっていたカインは、違反者への注意だけで一日が終わった。
まだ競技が続いているなら会場に戻ろうかと考えていると、アルテミスの王室騎兵がカインを呼び止めた。
「貴殿はハリー殿のご友人ですか?」
ハリーとはアルテミス王がお忍びで町中を出るときに使っている名前のことである。
「ええ、そうですよ」
「ハリー殿がお呼びです。私と共にお越しください」
「分かりました。行きましょう」
連れていくと、豪華なテントで周りには何人もの王室騎兵が警備についていた。
そのテントの中で椅子に腰かけている男こそ、アルテミスの国王クラウディオ三世である。
クラウディオが退屈そうに待っていると、テントの外から「ご友人をお連れしました」と聞こえたのでクラウディオは口元を吊り上げた。
「入ってくれ」
王室騎兵は同席せずカイン一人だけがテントに入った。
「失礼いたします」
カインが一礼すると、クラウディオは満面の笑みで迎えた。
「よ、カイン。こうして会うのは半年ぶりだな」
「ええ、一応そうなりますね。アルテミスの王様がテントで宿泊するなんて意外でしたよ。てっきり近くの城に行くものだと思っていました」
「一国の王がテントなどに泊まるなんて危ないとか散々王室騎兵に言われたけど、そのときは君たちが守ってくれるだろうって言い返したら反論されなかったよ」
クラウディオの横暴な経緯にカインは微笑みながら言った。
「あんまり王室騎兵を困らせる行動は止めてください。彼らは陛下の御守りではありませんからね」
「それくらい分かっているさ。もしかしたら、突然入れられた公務のせいでトーナメント一日目を見られなかったから少しわがままを聞いてくれたのかも知れないな」
「あ、だから昨日はいらしてなかったのですか。それで今日のトーナメントはどうでしたか」
クラウディオは椅子に肘をついてパッとしない表情をしていた。
「まあまあだな。比較はしてはいけないのかもしれないが、六年前とは違う。なんて言うか花がないな」
「我々を花に例えるとはいささか滑稽ではありませんか」
クラウディオは首を振った。
「そんなことないさ。演劇において花形がいなければ話が面白くても客はつまらないと感じてしまう。それと同じでお前たちには客を引き寄せる不思議な魅力があったんだよ」
「(昨日会った女性も、魅力的って言ってました)」
「お前たちの出禁を解除してもいいが、やっぱり多くの紋章官は嫌がるだろうな」
「色々とありましたからね」
「あのときは痛快だったな。特にお前の試合では返り討ちにあって逃げ出していたな」
「我々を陥れようとしたと分かった途端、怒りのあまり相手の武具を破壊してしまいましたよ。あれは私でも、やりすぎたと自覚しています」
「自覚じゃなくて反省してほしいものだよ」
二人はクスクスと笑うと、クラウディオが真剣な眼差しでカインに尋ねた。
「それでネズミはいたか」
「いえ、皆さん違法賭博や転売行為しかしていないので陛下が気になさるようなことはありませんでした」
「ならいいが明日は少し気を引き締めてやってくれ」
「誰か来るのですか?」
「ああ、以前の大会でシード権を獲得した男が明日の午前の準決勝に来る。そいつが以前起こった乱闘の主犯だ。警備隊ですら手がつけられなかった男で厄介だ」
「それでよくこの大会に出場できましたね」
クラウディオはため息を吐いて、指で顎ひげを掻いた。
「その男はヘルメスの男爵家の人間で、家柄を理由に釈放された」
「ああ、そういうドブネズミですか。気に入りませんね」
「頼まれてくれないか」
「承知しました、明日はバルドルと巡回して警戒にあたります」
カインの返事を聞いてクラウディオはニコっと笑った。
「頼んだよ。その時の対処はカインに一任してあげるよ」
「それはありがたいご配慮です。これで要件は済みましたよね。私はこれで」
カインが踵を返すと王様は少し意外そうに聞いた。
「私と一緒に夜食を楽しまないのか」
すると、カインは柔らかな笑みで言った。
「申し訳ありません。貴方といる時間も嫌いではありませんが、一人で晩餐会を過ごしている弟が可哀想なのでそちらに向かいます」
クラウディオは愉快にカッカと笑った。
「仲のいい双子で結構だ。中年の話相手をしてくれてありがとうな」
「いえいえ、次は女将さんの酒場で語り合いましょう」
カインはテントを出て晩餐会会場に足を進めた。




