17話 紋章官(その3)
夕焼けが出始めたころにトーナメントの1日目は終わった。
バルドルが会場の外を回っていると荒くれものには絡まれるわ、喧嘩を売られるわで面倒ではあったが特に問題もなく一日目を終えた。
バルドルはそろそろ晩餐会があると思い、会場に向かうため近道に調理場近くを歩いていると厨房が慌ただしくなっていた。
気になったバルドルは調理師らしい茶髪の少年を捕まえて、話を聞いた。
「おい、厨房で何かあったのか」
少年は苦い顔をして口ごもった。
「実はその……」
「怒らないから、話せ」
少年は意を決するようにバルドルに説明した。
「そ、それが食材の届いた時間が予定より遅くなってしまい、調理が間に合わなくて定刻通りに晩餐会が始まりそうにないんです」
「なるほどな。物は揃っているんだよな」
「はい。食材はありますけど、調理が追いつかない状態です……」
バルドルは即決で答えた。
「分かった、俺も手伝ってやるよ」
まさか紋章官にそんなことを言うとは思っていなかったので、少年は目を丸くして小刻みに首を振った。
「紋章官様にそんなことをさせるわけには」
「別に構わないさ、俺が勝手に決めたことだからあとでバレて怒られるようなことがあってもお前のせいなんかにしねぇよ」
「紋章官様……」
「分かったら、とっとも俺を厨房に連れていけ」
「は、はい!」
バルドルはこのまま紋章官の恰好で厨房に立つのはマズイと思い、少年から服と帽子を借りて厨房に入った。
中は調理人でごった返していた。
バルドルは台所にレシピを見つけ、近くにある材料で作れる料理に片っ端から取りかかった。
細かい分量や調味料は、いつものやり方で調整し、料理を作り続けた。
作業そのものは苦ではなかった。ただ、目の前に料理があるのに食べられないのは精神的に苦痛だった。
バルドルの手助けもあり、晩餐会の中盤になると厨房は落ち着き始めていた。
バルドルは厨房を抜けた。先ほどの少年がいなかったので借りた服を自分たちが泊まるテントに持ち帰った。
晩餐会に行ってもよかったが、今さら行ってもまともな料理なんて残ってないだろうと思ったからだ。
テントの中に入ると、カインは先に戻ってくつろいでいた。
「弟くん、随分お疲れ気味ですね」
「なんだ、もうテントに戻っていたのか。まだ晩餐会の方にいるものだと思っていたぜ」
「ええ、弟が厨房で頑張っているときに兄がのんきに食すことなんてできませんので」
バルドルは口をあんぐりさせて、驚きながら尋ねた。
「なんで俺が厨房にいたことを知っているんだ!?」
それを聞いてカインはニコリと笑った。
「やはり、そうでしたか。さっきバイキングでペペロンチーノがあったので食べたのですよ。それが以前貴方の作った味にそっくりでした。
しかも、貴方の姿も会場内にはありませんでしたから、もしやと思ったのです」
バルドルはカインから視線を逸らして、頬を人差し指で掻いた。
「そ、そっか。味覚えてくれていたんだ」
「弟が作った料理ですから当然です」
バルドルは顔を赤らめてそっぽを向いた。
それを見てカインは楽しそうに顔を覗き込んだ。
「どうしました。照れているのですか」
「う、うるせぇ!」
双子の会話にしばらく沈黙が生まれ、バルドルは少しずつ冷静さを取り戻すとカインに申し訳なさそうに言った。
「でも、カインに気を遣わせて悪かったな」
カインは首を横に振った。
「いいですよ、朝まで我慢すればいいこと――」
カインが言いかけると、テントの外から「紋章官様、いらっしゃいますか」という声が聞こえた。
もしやと思い、バルドルが出ると先ほどの茶髪の少年調理師だった。
「紋章官様、探しましたよ。僕が外で皿洗いしているときに紋章官様が厨房にいなかったのでビックリしました」
「それは悪かったな。さっき借りた服、返すよ」
バルドルは服を少年に渡した。
「そういえば、貸していましたね。忘れていました」
少年は苦笑いをして自分の後ろ髪を掻いた。
「なんだ、これを取りに来たんじゃないのか」
「はい。改めてお礼がしたいと思いまして、よろしければ余った材料で作ったまかない料理をお持ちしていいでしょうか」
少年の嬉しい申し出にバルドルは目を輝かせた。
「いいのか!」
少年はコクリと頷いた。
「はい、紋章官様も忙しいので召し上がってないのかなと思いまして」
バルドルは少年に食いつくように言った。
「持ってきてくれ! それと俺の連れも料理が食べられてないんだ。二人分お願いできるか」
「勿論できますよ! 今すぐお持ちしますね」
少年がテントを出ていくと、カインは穏やかな表情をした。
「世の中捨てたもんじゃありませんね」
「全くだ。これだから余計なお節介がやめられないんだよな」
双子はお互いの顔を見合わせて、笑いあった。




