14話 靴屋(後)
数日後、モデルの女性と会うため、シューマンはアルテミス王国の王都にある酒場へ向かった。
店内に入るとまだ営業時間ではないのか人の気配は全くなかったが、カインが出迎えてくれた。
「奥にモデルの方はいらっしゃるので案内します」
カインに連れられて個室に入ると、椅子に座っている、素足の女性が一人いた。
彼女の目元は仮面で隠れ、柔らかなブロンドの髪が背中まで流れていた。
「この人がモデルの方です。訳がありまして身分と顔は伏せてもらいます。ですが、思う存分足の採寸をしてください」
そう言うとカインは作業の邪魔にならないように、とその場を去った。
シューマンは彼女に軽く挨拶し「よろしくお願いします」と言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「では、失礼します」
シューマンは女性の足に触れて観察した。
彼女の足には水ぶくれや切り傷がなく、肌も綺麗だった。
膝元に置かれていた手も見たが、町娘のように荒れておらず、華奢で柔らかそうな手だった。
庶民の女性なら、洗濯や労働などで手には多少なりとも荒れが出るものだ。しかし、彼女にはそれがまったくなかった。
それを考えると、シューマンの手は緊張で震えてしまった。
すると、彼女はシューマンの動揺に気づき声をかけた。
「店主さん、緊張など不要ですよ。いつも通りの作業をなさってください」
「お気遣い感謝します」
彼女の柔らかい声に緊張は薄れ、シューマンは観察に集中することができた。
彼女の足を見ながら、シューマンは率直な感想を口にした。
「普段から自分にあった靴をお召しになっているのですね」
「分かりますか」
「ええ、靴擦れがなく足裏の血色もいいですから。足の手入れが行き届いていて、綺麗な足をしています」
彼女はクスッと笑った。
「髪や服ではありますが、足を褒めてくれるなんて初めてです」
靴屋としての本音が漏れてしまい、シューマンは赤面して謝った。
「も、申し訳ありません!」
「いいのですよ。実に新鮮味がある言葉で嬉しいです」
「は、はぁ……」
その後、現在使っている靴で気になっている点、足の不調、普段使いなど靴屋としての質問をしてシューマンの作業は終了した。
「ありがとうございました」
シューマンが一礼すると、彼女の口元がつり上がった。
「楽しみにしていますね、店主さん」
「はい、必ず良い靴を作ります!」
彼女が酒場から出て行くとシューマンはカウンター席に座っているカインの元に行き、感慨深そうに言った。
「素敵なご婦人ですね。さぞ名家の方なのでしょうね」
「一応言っておきますが、彼女は立派な50代の既婚者です」
「50代ですか!? あれほど健康的な足も珍しいですね」
「確かに多くの足を見ているシューマンさんでも驚くのは無理もありません。特に彼女は他人に対して猫を被るのが上手ですからね」
「そうなんですか? 俺には見えませんでしたが」
カインはシューマンに笑いながら言った。
「貴方もまだ未婚なら用心することですよ。あの手の女性と結婚したらあとで必ず苦労しますからね」
「?」
その後、カインとシューマンは何度か打ち合わせをして、意見を出し合って靴の製作に取りかかった。
シューマンはいくつかの靴に試行錯誤を凝らして、朝から晩まで作り続けた。
百年も続く家業を自分の代で途絶えさせることだけは絶対に避けたいという一心でシューマンは靴を作っていた。
そして、シューマンは渾身の靴を作り上げることに成功した。
そのことを報告するとすぐカインがシューマンの工場に赴いた。
「カインさん、いらっしゃいましたか!」
「試作品が完成したと聞いたのでどんなものになったか見たくて来ました」
「さっそくお見せします」
シューマンは工場の奥から赤い靴を持ってきた。
カインの要望どおりかかとは高く、凛々しく見栄えも良かった。靴全体のしなやかな曲線は艶めき、足を引き立てるエキゾチックな靴となっていた。
カインは予想以上の出来栄えに思わずため息がこぼれた。
「試作品ではありますが完成品に大分近い形となっています」
カインは手のひらに靴を置いて、さまざまな角度から眺めた。
「かかとの高さは、どうしてこのようになったのですか」
カインの見解ではこの靴のかかとの高さは7センチだった。
カインの質問にシューマンは答えた。
「かかとが高すぎると足先への負担がかかりやすいんです。なので、足への負担を考慮し、なおかつ足を綺麗に見せられる高さがこれとなりました」
カインは納得して頷いた。
「なるほど、かかとが太いのも同じ理由なのですね」
「はい、足というのは体全身を支える柱ですから不格好にならない太さにしています。細すぎると安定性が失われ、体の重心がずれて姿勢が傾いてしまう可能性があるので」
計算された美しさと機能にカインは反論の言葉がなかった。
「さすがというべき作品です」
「売れるでしょうか。俺自身はこの靴に自信はありますが、世間でこの形状が受け入れてくれるかは……」
「心配ありませんよ、あのご婦人が広くこの靴の良さを伝えてくれます」
「あのご婦人は何者なのでしょうか。そんなにあの方が履いているだけの影響力というのがあるのでしょうか」
「ええ、あります。それはすぐに解りますよ」
☆ ☆
数週間後、シューマンはグランフェルト邸に血相を変えてやってきた。
シャロンはシューマンに駆け寄った。
「シューマン様、どうしましたか。顔色が悪いですよ」
「……そ、それより、今すぐカインさんに謁見できますか」
「はい!」
二人がリビングに向かうと、カインはのんきに本を読んでいた。シューマンに気づくと、笑みを浮かべて本にしおりを挟んだ。
「そろそろ貴方がやって来る頃合だと思いましたよ」
「カインさん、貴方何をしたんですか」
「それはどういう意味ですか?」
「とぼけないでください。王妃様が晩餐会で俺が作った靴を履いていたらしいんですよ! どうしてそんなことがあるんですか」
興奮しているシューマンに対してカインは穏やかな口調で言った。
「それは貴方自身が彼女の足を採寸して作ったからですよ。しかもフルオーダーですから、同じ形の人なんていませんよね」
シューマンはカインの言っている意味を理解して、狼狽した。
「ま、ま、ま、まさか!!」
「そうですよ。あのモデルの女性はアルテミス王の王妃です」
「そんな……どうやってですか」
平民であるシューマンが王妃の靴を作るなど、願っても叶わないことだ。それが、どうしてこんなにも簡単に実現しているのか。
「我々はアルテミス王公認のハンディマンですよ。そのくらいのツテがあってもおかしくありませんよ」
「あ……あああ」
シューマンは壁に手をついてふらつく体を支えた。単純な答えではあったが、現実味のない夢のような話に頭が回らなくなっていた。
バルドルは二人のやりとりに見かねてシューマンを気遣った。
「カイン、一気に話すなよ。シューマンさん、放心状態になっているぞ」
「仕方ありませんね。少し休憩です」
シューマンはソファーに座らされ、バルドルが持ってきたお菓子と紅茶を口にした。
紅茶とお菓子のおかげでシューマンの精神も落ち着いてきた。
「気分はよくなったか」
「はい、ありがとうございます」
「それでは話を続けます。王妃様は大層貴方の靴を気に入っていましたよ。しっかりと触診して、私の要望にも応えてくれて普段遣いしやすい靴だと仰っていました」
それを聞いてシューマンは安堵の表情になった。
「そ、そうですか。良かった……」
「それと、また靴を作る際は貴方の靴屋を利用させて頂くわねとも仰っていましたよ」
シューマンはとんでもない出来事に驚愕した。
「ほ、本当ですか!?」
カインは頷いた。
「ええ、後日王妃の使いの者が来て正式に申し出ると思います」
バルドルは嬉しそうに笑った。
「王妃様公認の靴屋になったとはめでたいな」
「めでたいですが、これからが大変です。晩餐会で王妃様が履かれていた靴ですよ。世の中の女性は王妃様が珍しい形状の靴を履いていると興味を示します。
そしたら、すぐに同じものを求めて貴方のお店へ問い合わせがあるでしょう」
「!」
「さあ、貴方は工場に帰って靴の生産に励んでください。今頃貴方の工場は問い合わせが殺到して大変なことになっていると思いますよ」
シューマンはカインに深く頭を下げた。
「カインさん、本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません」
「これからも素敵な靴を作り続けてください」
シューマンは大きな声で「はい」と言ってグランフェルト邸を後にした。
バルドルがいつになく笑みを浮かべていた。
「どえらいことをしたな、カイン」
「私もただの靴屋ならここまで協力しません。実は依頼の手紙を貰ってすぐにシューマンさんが作った靴を調べていたのですよ。どれも素材にこだわっていて靴の技術も優れていました。
こういう職人こそ後世まで残したいと思ったのです。そうでなければ、王妃に靴など献上いたしませんよ」
「騎士らしくないけど、人助けという点だけは共通しているな」
「いいではありませんか。戦場を駆け抜けて命を散らすより、平和的に民を救うことができるならこれほど嬉しいことはありませんよ」
バルドルは鼻で笑った。
「確かにな。それで今回の報酬は靴の売り上げから何割か貰うんだ?」
「今回はお金に困っている人からそんなことはしませんよ。もっと価値あるものを要求しました」
「価値だと……」
靴屋に価値あるものなんてあるかとバルドルは思った。
カインは包み隠さずに答えた。
「靴屋とは足裏の採寸や様々な足の記録がまとまっている宝庫なのです。これからは注文が増えるので資料が沢山集まります。その資料をじっくりと観賞させてもらいます」
バルドルは頭を抱えて言った。
「結局、そこが狙いかよ!!」
「そうですが、何か問題でも?」
そういうとカインは怪しげな笑みを浮かべていた。




