13話 靴屋(前)
本日も依頼者はやってきた。
今回は事前に予約をしてくれる律儀な依頼者だったので、カインとバルドルは紅茶とお菓子を用意してリビングで待っていた。
約束どおりの時間に家の玄関ドアを叩く音が聞こえた。
ハウスメイドのシャロンが玄関に出て、お客様を迎えた。
「ようこそいらっしゃいませ、シューマン様。お手数ですが、靴を履き替えて中へお入りください」
シューマンは驚いた表情でシャロンに尋ねた。
「靴の履き替えとは、珍しい文化を取り入れているんですね」
「はい、我が家の主が東国文化を好んでいまして。どうぞ、こちらの靴をお使いください」
差し出された靴を履き、シューマンは礼を言った。
「ありがとうございます」
シューマンはシャロンの後をついていき、二人のハンディマンのいるリビングに通された。
二人は立って、シューマンに挨拶をした。
「初めまして、私はカイン・グランフェルト。そしてこちらが弟のバルドルです」
シューマンも彼らに便乗するように名乗った。
「俺はルドルフ・シューマンと申します」
「どうぞ、椅子にお掛けください」
「失礼します」
三人が椅子に座ると、バルドルは早速本題を切り出した。
「靴屋さんがどんな依頼で来たんだ?」
「シューマン」とは靴屋の意味し、アルテミスでは苗字に職業名を使うことは珍しくない。
シューマンは言いづらそうに重い口を開いた。
「……靴が売れないんです」
「どうして売れないんだ」
「昔の靴屋は、軍事用ブーツの生産を主としていました。丈夫で動きやすいという機能性だけでも高価なものとして売れていました。
何より大きな工場での発注よりも町場の技術が優れていたので町場への依頼が殺到していましたが、戦争が終わると軍事用ブーツのシェアは大きく下がってしまいました」
カインは悟るように言った。
「それからは価格競争になったのですね」
「はい、今ではどこの工場でも軽量で低コストの靴が売れています。
しかし、その低コストでは俺たちのような小さな工場では食べていくのが難しく多くの靴屋が廃業に追い込まれています」
「他社との差別化を図り、この不況を乗り切りたいですね」
バルドルが手を挙げた。
「質問していいか。どこも低コストになるってどうしてなんだ」
カインは仕方なさそうに解説した。
「それでしか他社との差別化ができないからですよ。ですが、価格競争というのは他社にとっても苦肉の策といっても相違ありません。
デザインがどんなに優れていても売り上げが劇的に変わるというのはなかなかありません。
恐らく、シューマンさんの工場でもそれは試して痛感しているでしょう」
カインがシューマンに目線を向けると図星のようで渋々と首を縦に振った。
「そうなんだ……」
バルドルは思った以上に深刻な状況だと察した。
シューマンはカインに頭を下げて、改まったように言った。
「カインさん、貴方は足についての知識なら国を探しても五本の指に入ると噂で聞きました。どうか、貴方様の知恵で救ってください」
どこでそんな噂が流れているんだとバルドルは口走りそうになったが、自身の舌を歯で噛んで必死にこらえた。
それに対してカインはご満悦の表情を浮かべて言った。
「分かりました。私が人生で培った知識を存分に振るってみせましょう」
カインの自信に満ちあふれた姿にシューマンは大きな期待を抱いた。
「お願いします!!」
カインの目がいつになくやる気にみなぎっていて、これほどカインの趣味を有効活用できる依頼もないなとバルドルは苦笑いした。
早速、カインが靴についての講習会を始めた。
バルドルもせっかく兄が熱弁しているのだから聞いてみようとリビングに残って受講した。
「元来、この大陸では靴は足先から足の甲を覆い隠すという形状で現在も変わっていません。
ならば、新しい靴の形状を取り入れるしかありません」
「何かあるのですか」
「ええ、とっておきの形状がありますよ。それはかかとを上げて、足の甲を見せるという靴です」
「どういう意味だ」
バルドルとシューマンは頭を傾げたが、カインは例を出した。
「百聞は一見ですね。シャロンさん、靴を脱いで壁に背をもたれた状態でつま先立ちをしてください」
後ろに控えていたシャロンは慌てて返事をした。
「か、かしこまりました!」
シャロンはカインに言われた通りにして、壁にもたれた。
すると、シューマンはシャロンの足元に目をやり見開いた。
「こ、これは!!」
「……」
一方、バルドルは驚きもしなかった。
なぜなら、シャロンがつま先立ちをしているだけだからだ。
これは何の見世物なんだと疑念を抱くバルドルだが、カインにとっては、まったく違って見えていた。
「ご覧の通り、このように立つと足長効果が生まれ、足の裏からかかとにかけての曲線もよく見えます。より足の美しさが引き立つでしょう。
あともう一つ。シャロンさん、背筋が伸びていませんか」
シャロンはコクリと頷いた。
「はい、伸びています。綺麗に立てている気がします」
「それはかかとが上がることで重心が前方に移り、身体がバランスを取ろうとするためです。結果として自然と背筋が伸びます。
かかとを上げて体全体を美しく見せるというのは今までにない靴ではないでしょうか」
「なるほど、これは斬新で面白い発想です。勉強になります!」
シューマンはカインの意見に賛同していて、カインの頬が思わず緩んだ。
「靴屋さんにそのようにお褒めいただき光栄です」
シャロンは気恥ずかしそうに言った。
「あのカイン様、私はいつまでやっていればよろしいでしょうか」
「結構ですよ。シャロンさん」
シャロンはかかとを床に下ろして、早々と元の位置に戻った。
しかし、シューマンは浮かない表情をしていた。
「発想は素敵ですが、一介の靴屋では宣伝できませんよ」
いくら発想がよくても、人の目に触れなければ売り上げは伸びない。
品々を一堂に集めて優劣を決める品評会も、美術品やワインにはあるが、靴というジャンルはなかった。
だが、宣伝に関してもカインには一つの方法を考えていた。
「それは我々の仕事ですから心配は無用です。今度、その靴を宣伝してくれる女性に来ていただき、モデルになってもらいます。
その際、彼女の足に合わせたフルオーダーメイドで作ってください」
シューマンは驚きのあまり声が裏返った。
「フルオーダーメイドですか!? 素材やデザインにもよりますが高額になりますよ」
「構いません。もしも、私の案が売れなかったら違約金として二百万お支払いしてあげますよ」
そんな発言に困惑したシューマンだったが、彼の言葉には信念を感じた。
カインと正式に依頼契約を結び、グランフェルト邸を後にした。
バルドルは半笑いしながら尋ねた。
「あんな約束していいのかよ」
「ふふ、私の脳内に描いていた理想形が実現する日が来るのですよ。アレくらい賭けなくては面白くありません」
「大した自信だな。勝算はあるんだな」
「勿論です。私は違約金なんてものを払う気はありません。見ていてください、私のハンディマンとしての腕前をね」
面白いものを見せてあげますという含みのある言い方にバルドルはクスッと笑った。
「そういえば、どこであの形状を思いついたんだ」
カインはニヤリと笑った。
「それはですね。先日、シャロンさんが棚の上にある荷物を取ろうとつま先立ちをしていた時に思いついたのですよ。ああいう姿こそ足の魅力を引き立てるとね」
その一言でその場は凍りつき、バルドルの表情が強張った。
「しっかり観察しているんだな」
シャロンは何とも言えないという苦い顔を浮かべた。
「……お仕事に貢献できて良かったです」




