15話 紋章官(その1)
午前六時にバルドルは起床すると朝食の支度をしていた。
現在シャロンが帰省中のため、朝食はバルドルが作っていた。
料理を作り終え、テーブルの上に並べていると、タイミングよくカインが二階から降りてきた。
「おはようございます」
「おはよう、カイン」
カインが料理に目を移すと、少し怪訝な顔をした。
「今日は随分肉を控えて野菜メインの朝食ですね」
「そりゃそうだろう。朝から肉は胃もたれするからな」
「それは一般論であり、私は該当しません。朝の活力がこんな質素な食べ物では昼まで持ちませんよ」
人の作った料理にいちいち文句をつけるなと思い、バルドルはカインは挑発的に言った。
「だったら、今度カインのために肉汁たっぷりのローストビーフを作ってやるよ。そのときは絶対に食えよな」
挑戦的な言葉にカインはクスッと笑った。
「ええ、受けて立ちますよ。私の胃腸は優秀ですから」
すると、カインはテーブルにあるはずの新聞がないことに気づいた。
「バルドル、新聞は取ってきてないですか」
「あ、忘れていた」
「仕方ないですね、私が取ってきます」
カインが玄関にある郵便受けを見ると、新聞とアルテミス紋章で封蝋されていた封筒が入っていた。
リビングに戻り椅子に座ると、封筒をバルドルにちらつかせた。
「アルテミス王からお手紙が届いていました」
「今回はどんな依頼だ」
バルドルが封筒に手を伸ばし掴もうとすると、カインがすっと届かない距離に置いた。
「お手紙でもアルテミス王から頂いたものですよ。それを食事中に開いて読むのはお行儀よくありませんよ」
「いつも食べながら新聞を読んでいるくせに、自分は棚に上げて説教かよ」
しかし、カインの言うことも一理あるのでバルドルは大人しく従った。
「……分かったよ、あとで見るよ」
双子が食べ終わり皿を片付けると、バルドルは手元にあった未使用のナイフで封筒のふちを切り落とし、中を見た。
手紙にはこのようなことが書かれていた。
今回お前たちに頼みたいことは二週間後に都市から近いトゥルアで開催されるトーナメントで紋章官の手伝いをしてもらいたい。
このトーナメントはアルテミスでも一大イベントだ。
最近、参加者による暴力事件が相次いでいる。
そこで君たちに白羽の矢を立てた。この大会は五月の第二月曜日から三日間行われる。お前たちには全日頼みたい。紋章官の手伝いと会場の警備を要請する。
お前たちなら私の名義を使って自由に行動できるし、トーナメントのことを熟知していて少しは気が回るだろう。よろしく頼むよ。
読み終わると、バルドルは表情をゆるめた。
「トーナメントか。懐かしいな」
トーナメントとは、武器を使って競い合い、実力を披露する大会である。勝者には騎士叙任への道が開かれるため、参加者は文字通り命がけで戦う。
「そうですね、我々の原点とも言える場所ですから。それにしても、紋章官のお手伝いというのは少し引っかかりますね」
紋章官とは、かつて戦時中に君主や貴族の布告を伝えていた伝達人である。戦争がなくなった現在では、貴族の役人が務める管理職となっている。
トーナメントでは参加者の紋章を見分け、不正行為がないか監視するなど、大会運営を担っている。
「まあな、警備隊のお手伝いなら分かるんだけどな。……紋章官のお手伝いって何をやるんだ」
「そうですね。紋章官の護衛や会場の見回り、不審者の取り締まりなどでしょう。
さすがにトーナメントの解説者や司会者は我々にはやらせませんよ」
「それならいいんだけどよ」
「この大会はアルテミスでも一大規模ですから、用心しなければなりません」
「用心なんてすることあるか?」
カインはやれやれとバルドルに問いただした。
「分かっていませんね。貴方トーナメントに出場していたとき、どれだけ勝利したか忘れたわけではありませんよね」
カインの威圧的な言い方にバルドルはゆっくりと頷いた。
「……そりゃ、覚えているよ」
「貴方が散々トーナメントで荒稼ぎしてくれたおかげで兄弟ともども出入り禁止を受けたのですよ。本当に大迷惑でしたよ」
あまりの責任の押し付けにバルドルは反発した。
「は!? 何言っているんだよ。カインだって荒稼ぎしていただろうが」
カインは「何のことでしょう」と首を傾げた。
「いえいえ。貴方は馬上槍試合で優勝したのですから、私なんて大した賞金は貰っていませんよ」
トーナメントには様々な競技があるが、中でも馬上槍試合は、騎士同士が馬上で一騎打ちを繰り広げる人気競技だった。
「それに当時、我々が荒稼ぎしていたことを快く思っていなかったのが、紋章官と一部の貴族でしょうね。
ことごとく彼らが融資していた騎士たちを倒しまくりました。
今思い返しても勝てばお金も貰えて、貴族の顔に泥を塗れたので極上の快感でしたよ」
カインの笑みが腹黒くなっており、バルドルはそういえばと当時のカインを思い出した。
「そっか。だから、あの時のカインはものすごく機嫌が良かったのか……。
だけどよ、俺たちが出禁食らっていることくらい王様も分かっているのにこんな手紙だすなんてどういうつもりだよ」
「ちょっとした戯れですよ。しかし、逆説では出入り禁止は一時的に許すという意味です。トーナメントの出場は出来ないが会場への入場は一時的に許す。この書状がある限り我々は問題なくトーナメントの会場に出入りできます」
「確かにそうだけどよ、それでも文句言う馬鹿はいるぜ」
「それに関しても策はあります」
「本当か!」
「ええ、貴方が暴れ回らなかったら成功しますよ」
カインに釘を打たれ、バルドルは分かりましたと肩を竦めた。
「注意します……」
「まあ、久しぶりにトーナメントに行ってみたいというのも事実ですからこの仕事引き受けましょう」
「あぁ……なんか嫌な予感がするぞ」
バルドルが不安げに言うとカインはため息をついた。
「バルドル、アルテミス王から依頼される案件で嬉しい予感などありませんよ」
「だよな」
バルドルの嫌な予感はその後見事に的中するのだった。




