10話 三国会議の警備(その2)
三国会議、一日目
三国の王が集結した。会議の内容に関する情報は一切なく、ただアテナ傭兵隊は城を守ることにあった。
カインは第一部隊の副隊長のジュリアン・ベントレーという男と共に城内の警備に当たることとなった。
カインは興味深そうに城内を歩いた。
だが、自分より前を先行して歩くカインにジュリアンは戸惑った。
「カインさん、僕から離れないでください」
「わかりましたよ。……これは貴方に見張られていると考えるべきでしょうか」
「そう判断しても構いませんよ」
カインは皮肉交じりに言った。
「やはり、我々はあまり歓迎されていないのですね」
「僕個人としては歓迎しています。しかし、傭兵隊全体としたらイレギュラーな存在である貴方たちを警戒はしているは確かです。
もしかしたら、王国のスパイとね」
「スパイなんて大それた真似はしませんが、今回はあなた方に従いますよ」
ジュリアンは意外そうに言った。
「随分素直ですね。反抗すると思いました」
「私も立場を弁えています。アルテミス王の命である限り、いかなる任務も全うします」
ジュリアンは思った以上にいい応えで安堵の表情を浮かべた。
「そうですか。それならいいですが」
「一つ質問していいですか」
「僕が答えられるものでしたらいいですよ」
「パリスさんは総隊長の副官のようですが、なぜですか?」
パリスは双子と同い年ぐらいで傭兵隊のナンバー2というのはあまりにも速い出世である。
これもクルエラが傭兵隊の総隊長に叙任された何かのヒントになると思った。
回りくどく聞いてもこういう男には理解できないと思ったのであえて直接聞いてみた。
ジュリアンは少し困惑した表情を浮かべ、渋々答えた。
「パリス副官は、それだけ実力はあります。見くびらないでもらいたい」
ジュリアンは真っ直ぐな目でカインに言った。偽りなき真実なのだとカインは思った。
「これは失敬しました。このことは、パリス副官にはご内密にお願いします」
ジュリアンはこの男に話したことを後悔に近いものを抱いた。
「言いません。いっても一ミリの利益になりません」
「おっしゃる通りです」
☆ ☆
一日目 二十二時 城外
バルドルは気がかりなことがあり、テントの外に出て歩きながら考えていた。
それはブラッドが見回り中でもバルドルを嫌悪する態度が目立っていたことだ。初対面にも関わらずあんなにも素っ気無い態度はなんだと思ってしまう。
他人に自分のことをどう思われようが関係ないという考えのバルドルだが、あの態度をいつまでもされては居心地が悪くて困るなとバルドルは思った。
そんなことを思っていると、木々の合間から一つの明かりが見えた。
バルドルは誰かいるのだろうかと、ゆっくり忍び寄って見るとブラッドが木にもたれて刀の手入れをしていた。
バルドルは黙って通りすぎるのも感じが悪いと思い、声をかけた。
「寝る間も惜しんで、刀の手入れとは真面目だな」
ブラッドは驚かず、嫌そうな顔をした。
「どうしてアンタがここに」
さすがにお前のことで悩んでいて歩いているんだよとは言えなかった。
「……気分転換だよ」
それでも上手い言い訳を考えるのが下手なバルドルである。
ブラッドは興味がなさそうに言った。
「そうか」
バルドルはブラッドが持つ刀に興味があったので歩み寄った。多くのトーナメントで武器を見ていたが、ブラッドの剣は見たことのない形をしていた。
「お前の刀って珍しいよな。大きく反っていて、鍔も違う。なんていうか、洒落ているな」
ブラッドは目の付け所はいいなと思った。
「これは東国の刀で業物だ。西洋剣は主に叩き斬る武器だが、これは相手を切り裂くための武器だ」
「へえー、面白いな。傭兵の遠征のときに買ったものか」
「いや、これは総隊長から頂いたものだ」
あの総隊長がこんなまともな感性があるのになんであんな性癖なんだよとバルドルは益々関わりたくないなと思った。
「いい趣味しているぜ」
ブラッドは手入れを止めて、バルドルにあることを聞いた。
「アンタってアルテミスのトーナメントで有名だったんだろう」
「まあ、……そうだったな」
「どうして騎士団を脱退したんだ」
バルドルは少し驚嘆して、言葉を返した。
「お前からそんな話を振られるとは思わなかったぜ」
「少し気になっただけだ……」
バルドルは自分に関心がないのではないのだなと感じ、この話で少しでも自分のことを理解してくれるのならお安いものだと思った。
「いいぜ。隠すような話でもないから話してやるよ」
バルドルはブラッドの隣に座って語り出した。
「初めは騎士っていうのに憧れていて、子どもの頃から毎日修行した。それでトーナメントで結果を出して騎士に叙任された。
騎士になったら騎士団に入団するのが通例だったが、俺たちにはどうも肌に合わない場所だった。
だから、脱退した。名誉を失ったとしても、自分に嘘はつけないからな」
ブラッドは無意識に呟いた。
「自分に嘘はつけないか……」
バルドルは頷いた。
「自分らしく生きることができる仕事が、今のハンディマンなんだ。
だから、俺は騎士団を抜けたことを後悔していない。騎士の称号を剥奪しなかった王様には感謝しているよ」
「……」
ブラッドはグランフェルト兄弟の資料に目を通していた。この男はなぜ自分の築いた経歴を放棄したのだろう。
彼の実力を考えれば、輝かしい未来はあったにもかかわらず、自ら捨てるなんて愚かだと思った。
しかし、違った。
バルドルは騎士としての自分を放棄したのではなく、あるべき自分を選択したのだ。それは周りの目を気にすることなく自分のためである。
ブラッドは自分の浅はかな考えでバルドルを軽視したことが愚かだと思い、素直に謝った。
「俺はアンタのことを誤解していた。すまなかった」
バルドルは嬉しそうに笑った。
「別に謝ることないさ。その誤解が解けて良かった」
その一言でブラッドは拍子抜けした顔になった。
「アンタってお人好しだな」
「悪いかよ」
ブラッドはニカッと笑いながら言った。
「いや、むしろ逆だ。その方が助かる」
「なんだよそれ」
二人は肘を軽くぶつけ合い、「明日からよろしくな」と交わした。
☆ ☆
二日目 九時 城内・一室
ジュリアンはけだるそうな顔を浮かべて椅子に座っていた。
深夜の城内の見回りでジュリアンは寝不足であった。カピトリーノ城は広大な敷地があるため、副隊長なら睡眠時間が確保できるというわけでもなかった。
ジュリアンが背伸びをしているとノックの音が聞こえた。
「おはようございます。カイン・グランフェルトです」
「入っていいですよ」とジュリアンが言うとカインは扉を開けた。
カインも昨日の夜の巡回に同行していたが、彼は全く寝不足にはなっておらず、爽やかな表情をしていた。
ジュリアンは嘘だろうと驚いた。
「なんで、そんなすっきりとした顔ができるんですか。もしかして、カインさんは人間ではないんですか?」
カインはクスクスと笑った。
「失礼な人ですね。私は人間ですよ」
「……だったら、どうしてそんなに元気なんですか」
カインは懐から袋を取り出し、その中身を見せた。
中には乾燥させた葉のようなものが入っていた。
「これは?」
「漢方です」
「漢方って確か異国で重宝されている薬のことですよね」
「その通りです。これは疲労に効く漢方でスープにして服用したのです。
寝不足ではいざというときに体が動きませんからね」
「そんな効果があるんですね。僕にもください」
カインはさらっと言った。
「嫌です」
カインはその袋を懐にしまった。
ジュリアンは「えっ」とまばたきをした。
「これは商人から直々に仕入れているものなので、あまり他人のために使いたくないのですよ。
その代わりと言ってはなんですが、私が寝不足に効くマッサージをしてあげますよ」
思いも寄らない台詞にジュリアンは戸惑いながらも聞いた。
「いいんですか?」
「ええ、私結構得意なのですよ」
「それじゃあ、お願いします」
カインはジュリアンの後頭部の首の付け根にあるくぼみをゆっくりと押した。
カインが得意と言うだけに気持ちのいい押し心地であった。
「そういえば、ジュリアンさんの部隊長さんってどんな方なのですか」
「ダリオ部隊長ですか。理想の上司ですよ。強くて人当たりがいい憧れ人です」
「それはいいですね。察するに感性がマトモな方なんですね」
ジュリアンはしっかりと頷いた。
「勿論です。変な性癖とか趣味とか口調とかがないマトモな方です」
知らず知らずに上司や部下たちの悪口を口走っている目の前の男にカインははっきりと言った。
「貴方、馬鹿真面目と言われませんか」
カインはクスリと笑った。
「……」
「面白い人ですね、ジュリアンさん」
「あの……さっきより強く押していませんか」
カインはとぼけた表情をした。
「気のせいですよ」
「気のせいじゃないです。ぎゃあああああ!」
カインは不愉快そうにジュリアンに言った。
「うるさいですよ。それ以上、耳障りな声を上げたら口に綿を詰めますよ」
ジュリアンには後ろを振り向いてカインの顔を確かめる勇気などなく、前を見て言った。
「す、すみません……」
さっきより筋肉が強張ったとカインは思い、喉で笑った。
「男性ならこれしきの痛みに耐えてください。次は頭のてっぺんにあるツボを押してあげますよ」
その後、痛みと声を我慢してジュリアンは三十分耐えた。
マッサージの効果は確かにあり、眠気や疲労感もなくなり、しっかりと仕事をこなせた。
二日目 十五時 バルドルのテント
ブラッドはバルドルのテントに慌てて入り、寝ているバルドルを大声で起こした。
「バルドル、起きろ!」
バルドルはすぐに目を覚ました。
「何だよ、まだ俺たちの見回り時間じゃないだろう」
「緊急招集がかかった」
バルドルは緊急事態が起きたと考え、眠気は飛んでいった。
「まさか、城に侵入者か!」
「いや、脱走者が出たそうだ」
バルドルはどういうことだと首を傾げた。
「はぁ?」




