9話 三国会議の警備(その1)
今回の仕事は年に一度行われる三国会議の警備である。
八十年前、アルテミス、マルバン、エルメスの三国では、長きにわたり戦争と内乱が続いていた。それが一つの契約によって終結した。
三国は再び戦争を起こさないために毎年会議を行っていた。
会議の場所は三国の城を毎年ローテーションしていて、今年はマルバンで開かれる。
だが、三国の近衛兵が警備にあたるのは、人件費の問題や兵士同士の衝突を考えると、現実的ではなかった。
そこで三国会議の際はある集団を雇って三国の王を守るのが通例となった。
そんな集団を雇っているのにわざわざ双子は呼ばれてしまい、アルテミス王の命令なので行かざるを得なかった。
三国会議前日
カインとバルドルは船でマルバンに渡り、港町からアルテミス王が手配した馬車に乗って城に向かった。
「三国会議の警護にあたれるなんて嬉しくて頬が緩みますね」
兄カインは口元だけは笑っていたが、目はどす黒くなっていた。
「カイン、笑ってないぞ」
「そんなことないですよ。嬉しすぎて憂さ晴らしがしたいですよ」
「それって機嫌が悪いっていう意味だろう……」
バルドルは、それ以上口にはしなかった。下手に口走って兄を刺激したらろくでもない仕返しが来そうだからだ。
険しい山道を越えると今回三国会議が行われるカピトリーノ城が見えた。山城で難攻不落の城として有名な城である。
山城は軍事的な防御を目的としているため、普段は生活の場として使われていない。
三国会議の会場としては、まさにうってつけの場所だった。
馬車から降りると、男が双子の元に歩み寄ってきた。
「お待ちしていましたよ」
男の姿を見て、バルドルは「早速、お出ましかよ」と心の中で呟いた。
アテナ傭兵隊の総隊長クルエラ・マゼラーティ。
クルエラは朗らかな笑みを浮かべているが、もうこの双子にそんな偽りのものなど通じるはずがなかった。
バルドルは様子を窺いながら、冷静にクルエラを警戒した。
カインは平静を装いながらも威圧的に話を振った。
「こんなに早く再会できるとは思いませんでしたよ、クルエラ総隊長」
「私もです。アルテミス王から突然の伝令には驚きましたよ」
「あの方は思いついたことはすぐに実行されるので。傭兵隊の任務の邪魔にならないように致しますね」
「邪魔ではありませんよ。お二人には期待をしています」
バルドルは二人の醸し出す混沌としている空気に呆れ顔をした。
すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「バルドルさん、いらしていましたか」
以前の晩餐会でバルドルと仲良しになったパリス・ロウズだった。
バルドルは意外そうに返事をした。
「よ、パリス。お前もいたのか」
ええと返事をするとパリスは周りの状況を見て、苦笑した。
「持ち場に総隊長がいないと思ったら、あなた方のお出迎えでしたか。それなら私に一言声をかけてくれればいいのに」
パリスの額には汗が流れていた。クルエラを捜すために駆けずり回ったのだなと思い、バルドルは労った。
「大変だな、お前」
「いえいえ、これも仕事の一環ですから慣れっこです」
バルドルは前々から気がかりだったことを尋ねた。
「お前って何者なんだ」
「あれ、言いませんでしたっけ?
私はクルエラ総隊長の副官をしているんですよ」
バルドルは目を丸くして驚いた。
「副官!?」
バルドルの反応に気恥ずかしさを感じ、パリスは自分の頭を掻いた。
「とは言いますけど、大した仕事はしていませんけどね。……それよりもあれを」
バルドルはおそるおそる振り向いた。
先ほどよりカインの表情がぎこちなく、口元をピクピクさせていた。
バルドルはそろそろ限界だなと思った。
「総隊長……」
「なんでしょうか?」
カインは開き直った満面の笑みでクルエラに一言言い放った。
「そろそろ、その演技を止めてくれませんか。見ていてイライラするのですよ」
パリスは心配そうにその場を見つめた。
「単刀直入に言いましたね」
バルドルはやっぱりという顔をした。
「言ったな」
その一言でクルエラから朗らかな笑みは消えた。
「もう少し私の手のひらで踊ってもらいたかったが……。やはり、アルテミスのハンディマンはそうはうまくいかないか」
声色や雰囲気、全てが別人のように変貌したクルエラにバルドルは不気味さで体がこわばった。
カインは動じることなく怪訝な顔でクルエラを見た。
「それが本来の貴方ですね。ようやく人間と喋っている感覚になれましたよ」
「だが、その私に以前騙されていたな」
カインのこめかみがピクリと動いた。
「!」
クルエラは面白げに言った。
「貴様が鵜呑みで私の話を聞いていた光景は実に愉快だったぞ。あのときの心境をぜひ聞きたいものだな」
カインは感情を押し殺して、言い返した。
「思い出したくないですよ。あの演技は人々を懐柔させるためですか」
「ああ、世間を味方にしなければ傭兵は信用されないからな。あのような場所ではあれが普通の接待なのだよ」
普通の接待にしては、あまりにも目立っていた。
「それだけではないでしょう。女性の手を漁るためではないのですか」
クルエラはカインではなくパリスを睨んだ。
「パリス、貴様余計なことを言ったのか」
パリスは激しく首を振った。
「いえ、そんな愚かな行為はしませんよ。そうですよね、バルドルさん」
「ああ、しない」
バルドルも自分が同じ状況になったらパリスと同じ返事をするなと思い、援護した。
クルエラは気に入らなそうに舌打ちをした。
「チッ、やはりあの女とのやり取りを見られていたか」
初めて双子とクルエラが出会ったとき、クルエラが女と密会している現場を双子に見られていたのだ。
カインは勝ち誇った顔でクルエラに言った。
「大変ですね。あんなキザな台詞を言わないと手を出してくれないのですから、さぞ苦労しているでしょう」
いい気になっているカインにクルエラも言い返した。
「黙れ、足フェチ」
カインは目を見張り、バルドルは一気に冷や汗をかいた。
「なぜそのことを知っているのですか」
クルエラは鼻で笑った。
「アテナ傭兵隊の情報網をなめるな」
「なめていませんよ。
……そういえば、貴方は女性の手を舐めるのがご趣味のようですね。あんなものの何がいいのですか」
「貴様には分からないだろうな」
「そんなもの分かりたくないです。上辺の言葉で女性を騙すなんてタチが悪いですね」
カインの言葉にパリスは肯定的に首を縦に振りかけようとしたが、必死で抑えた。
「(危ないところでした。正論すぎて無意識に頷きそうになりました)」
「何を言う、上辺の言葉など本人がそう思わなければ本心だ」
クルエラはカインから何かを悟り、嘲笑った。
「ああ、なるほど。貴様、足以外は興味がないのだな。そんなことでは女は足を差し出したりしないぞ。身も心も委ねなければな」
カインは拳を握り締めて己の感情を制御するのが今出来る最低限だった。
「どうして私はもっと早くこの男の本性を見抜けなかったのでしょう。己を恥じたくなります」
追い討ちをかけるようにクルエラは言った。
「己を恥じることはない。ただ私の術中にはまっていただけのことだ」
以前、この男には惑わされないと誓ったが、ここまで人を煽って自分を馬鹿にされたら殺意すらも芽生えてしまうくらいの感情を抱いた。
さすがにこれ以上は傍観できないとパリスが二人の間に入った。
「総隊長、警備会議の時間ですよ。早くいきましょう」
クルエラは踵を返した。
「ふん、分かった」
バルドルは胸を撫で下ろした。あれ以上の変態話を聞いていたら、頭痛で倒れてしまいそうになっていた。
「助かった……」
パリスはクルエラの後を追わず二人に言った。
「お二人もいらしてください。アテナ傭兵隊の幹部を紹介します」
「ああ、行く」
「仕方ありませんね」
双子はパリスについて行き、警備会議の席でアテナ傭兵隊の副隊長二人に挨拶をした。
アテナ傭兵隊は三つの部隊からなる組織になっていた。しかし、第三部隊は別件の任務があり、今回の護衛には不参加だった。
双子は別々の部隊に配属され、警備にあたることになった。
理由はアルテミスのハンディマンが勝手に出歩いたら困るからである。
逆らったところで何も解決にならないことは見えていたので双子は傭兵隊の考えを受け入れた。
その代わりに、それぞれの部隊の副隊長が付き添うことになった。
バルドルにはブラッド・エイムズという第二部隊の副隊長がついた。
バルドルは城外の見回り担当となり、警備会議が終わるとブラッドに城外のテントへ案内された。
しかし、ブラッドはバルドルに一切喋りかけず歩いていった。
そんなブラッドにバルドルは見るからに堅物そうで無愛想なやつだと思った。
テントの群れに着くと、一番大きなテントに誘導された。
中を覗くと、十人以上が寝泊まりできるほどのテントの広さで荷物がなく簡易ベッドが置かれていた。この待遇の良さにバルドルは困惑した。
「個室かよ!? 多くの傭兵隊員がいるんだろう。俺一人がこのテントを使っていいのかよ」
「ああ、グランフェルト兄弟を丁重にもてなせと総隊長のご命令だからだ」
意味ありげな発言にバルドルは背中が痒くなった。
「そうかい」
「それと真夜中に外に出歩くな。隊員がアンタを知らずに刺し殺してしまうかもしれないからな」
「はぁ……」
「それでは俺はこれで」
ブラッドは颯爽と去ってしまった。ブラッドの冷たい態度にバルドルは疑問に感じた。
「なんで俺、嫌われているんだ?」




