↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/161

ガルツ村

 翌日、ハイン商会は朝から慌ただしかった。出発はまだできない。商品を詰める順番、道中に使う食料、馬の状態、護衛に渡す旅具、宿の手配。どれも一日で整うものではあったが、雑に済ませていいものではなかった。六人は、その間に自分たちの準備を進めた。アルドは緋喰刃《ひくいじん》を拭き、刃筋を確かめた。


 レイスは剣と道具を机に並べ、必要なものだけを残して荷を軽くしていく。ノルは翠穿《すいせん》の銃身を丁寧に覗き込み、弾を小分けにした。セレスは流涙《るるい》と地咬《ちがみ》を布で包み直し、抜き差しの感覚を確かめる。ルシアンは薬と包帯を整理し、エディンは大剣を磨いていた。午後になると、ハインを交えて道の確認をした。カリオス村から西へ向かう街道。途中で休める村。


 盗賊が出やすい林道。夜骸《やがい》の目撃が増えている場所。レイスが細かく聞き、ハインが答える。アルドはそれを横で聞きながら、必要な場所だけ地図に目を落とした。商会裏の荷捌き場では、大きな荷馬車へ商品が積み込まれていた。木箱、布包み、細長い筒状の荷、油紙で丁寧に包まれた織物。


 商会の者たちが声を掛け合いながら、荷の重さと積む順番を確かめていく。隙間ができないよう、ひとつひとつ噛み合わせるように最大積載量限界まで詰めていた。作戦会議は早めに終わった。その夜、六人は食事を取り、風呂に入り、もう一度寝台で眠った。翌朝。朝食を終えた頃、ニードがいくつもの包みを抱えてやってきた。


「お待たせいたしました」


 ニードは包みを卓へ置き、穏やかに頭を下げた。


「皆さんの服です。替えも含めて、同じ仕立てのものを数着ずつご用意しています」


 ノルが一番に包みへ手を伸ばした。紐をほどく。中から出てきた布を見て、全員が少しだけ黙った。赤みがかった茶。乾いた赤土を思わせる、くすんだ色だった。派手ではない。けれど、安っぽくもない。濃紺の差し色が、襟裏や袖口、合わせの内側に控えめに入っている。動いた時だけ、夜の色がちらりと覗くような仕立てだった。


「同じ色なんだね」


 ルシアンが服を手に取る。


「はい。色は揃えていますが、形はそれぞれ変えています」


 ニードは順に服を広げた。アルドの服は、剣を振る動きを邪魔しない半長衣だった。肩と胸まわりには余裕があり、腰から下の布には深い切れ込みが入っている。レイスの服は、高襟の細身の上着だった。すっきりとしているが、内側には小さなポケットがいくつも仕込まれている。ルシアンの服は、柔らかい線の軽いコートだった。袖口は邪魔にならないよう絞られている。


 セレスの服は短めの上着に、腰まわりの布が重なる形だった。足さばきが軽く、短剣の動きを邪魔しない。ノルの服は、肩まわりに余裕のある短装だった。飾りは少なく、必要なところだけが丈夫に作られている。エディンの服は、同じ赤茶なのに、少しだけ華があった。長すぎない裾がゆるく落ち、立っているだけで形が綺麗に見える。


「あらぁ」


 エディンが自分の服を広げて笑う。


「いいじゃない」


「ありがとうございます」


 ニードは真面目に言い、その様子を見たセレスが小さく笑った。外套もあった。同じ赤茶の布。ただし無地ではない。外套全体に、濃紺の模様が疎らに走っていた。筆に染料を含ませ、布の上を荒く払ったような、かすれた線だった。濃いところもあれば、薄く消えかけているところもある。規則性はない。遠目には、落ち着いた赤茶の外套に見える。


 近づくと、濃紺の筆跡が布の上に静かに浮かぶ。


「これ、いい」


 ノルが短く言った。


「かなり気に入ってるね」


 セレスが言う。


「うん」


 ノルは素直に頷いた。外套にはフードが付いている。ニードはフードをめくり、首元を指で示した。


「こちらの首元には、ハインさんからいただいた図案を入れています」


 そこには、小さな印があった。盾を背に、炎をまとった剣が一本。白と黒だけで縫われた、控えめな刺繍だった。


「普段はフードで隠れます。フードを被ると、首元が出て印が見える形です」


 レイスが外套を手に取り、その印を見た。


「見覚えがないな。この印は?」


 声は静かだった。ニードはハインを見た。


「図案はハインさんからお預かりしました」


「ありがとうございます、ニードさん」


 ハインが頭を下げる。


「調整が必要でしたら、出発前にお申し付けください」


「大丈夫そう」


 ノルが自分の袖を軽く引いた。


「ぴったり」


「それはよかった」


 ニードは道具を片づけ、商会を出ていった。扉が閉まる。ベリタも静かに下がり、部屋にはハインと六人だけが残った。アルドは外套の首元を見たまま、指で小さな印に触れた。


「ハイン」


「はい」


「これ、どういう意味だ?」


 ハインは少しだけ背筋を伸ばした。


「私が考えました」


 六人の視線が、ハインへ向く。


「盾は、皆さんがどんな立場になっても、誰かを護る人たちだと思ったからです」


 ハインは、首元の小さな印を見た。


「燃える剣は、アルドさんをイメージしました」


 アルドは何も言わなかった。


「皆さんが変わらず仲間であること。その中心にアルドさんがいること。そういう印にしたかったんです」


 部屋は静かになった。ルシアンが外套を胸に抱く。セレスは自分の外套の首元を見つめ、ノルは無言で指先を印へ滑らせた。エディンは少しだけ目を細めている。レイスは、外套のフードを軽く持ち上げた。


「よく考えてあるな、配置含めて」


「見えすぎないようにはしました」


 ハインは少し照れたように笑う。


「本当は、もっと良いものにしたかったんですが」


「十分だ」


 アルドが言った。短い言葉だった。だが、ハインはそれで十分だったらしい。深く頷いた。昼前、一行はハイン商会を出た。荷馬車を引く馬は二頭。荷台には、商品が隙間なく積み込まれていた。織物も、通常商品も、箱も、袋も、きっちり固定されている。人が乗る隙間はない。ハインは荷馬車の先頭に座り、手綱を握った。


 アルドたちは、それぞれ旅具を背負い、荷馬車を囲むように歩き出した。前にアルド。右にセレスとルシアン。左にレイスとノル。後ろにエディン。形は自然に決まった。カリオス村を抜ける時は、余計な名を呼ばなかった。人の視線がある。商人の荷馬車と、腕の立つ旅人たち。それ以上に見えなければ、それでいい。村を離れ、街道が林へ入る頃、ようやく空気が少し緩んだ。


 木々の間を、荷馬車の車輪がゆっくり進む。馬の蹄が乾いた土を踏み、車輪が小石を押す音が続く。枝葉の隙間から落ちる光が、赤茶の外套をところどころ明るくした。


「こういう道、久しぶりだね」


 ルシアンが小さく言った。


「ただ歩いてるだけなのに」


「荷馬車の護衛中だ」


 レイスが返す。


「分かってるよ。でも、少しだけ散歩みたいだなって」


「散歩でこの荷物は重い」


 ノルが言った。


「それはそう」


 セレスが笑う。ハインが前から振り返った。


「皆さんが乗る場所まで確保できず、申し訳ありません」


「気にするな」


「旅具まで持たせてしまって」


 アルドが荷馬車の横へ視線を向ける。


「自分のものは自分で持つ。当たり前だ」


「そうそう」


 セレスが頷いた。


「こんな商機、逃す方がもったいないよ」


「同意見」


 ノルが言う。レイスは荷台の積み方を見ていた。


「これがいくらになるのか、全く想像がつかないな」


「私たちの報酬が本当に正規の額なら、かなりの取引なんじゃない?」


 ルシアンが言った。


「商会がもっと大きくなるって言ってたもんね」


 セレスも荷台を見る。ハインは前を向いたまま、少しだけ肩を縮めた。


「皆さん」


「何だ」


「なんだか、こそばゆいので探らないでください」


 エディンが後ろで笑った。


「かわいいわねぇ、ハインちゃん」


 軽く咳払いをしたハインは手綱を握り直した。林道は緩やかに曲がっていた。木々は深すぎず、空もところどころ見える。風が吹くと、葉がさらさらと鳴った。レイスは歩きながら、何度も周囲へ意識を向けていた。眉間に皺が寄っている。


「まだやってるのか」


 アルドが横目で見る。


「当然だ」


「前も言ったろ。自分の魔力を静かにして、周りの薄い魔力を拾うんだって」


「理屈は分かっている」


 レイスは低く返した。


「空気中には、ほんのわずかに魔力が漂っている。物がある場所だけ、その流れが途切れる。だから、その途切れた形を読めば配置が分かる。だろ?」


「分かってるじゃねぇか」


「分かることと、できることは別だ」


「できそうか?」


「できない」


「正直だな」


「腹立たしいほどにな」


 エディンが、荷馬車の後ろでくすりと笑った。


「本当に繋げることもできるわよぉ」


 アルドの足が、少しだけ止まりかけた。


「本当に?」


「ええ」


 エディンは何でもないことのように言う。


「空気中の魔力と、自分の魔力を本当に繋げるの。そうすると、形だけじゃなくて、相手の強さも分かるわぁ」


 レイスの目が鋭くなる。


「危険は?」


「あるわよぉ」


 エディンはさらりと答えた。


「相手が同じくらい感知できるなら、こっちが触れたことに気づくわ。見ているつもりが、見られることもある」


「先に言え」


「あらぁ、今言ったわぁ」


「遅い」


 ノルが短く言う。


「危ない」


「そうねぇ。だから慣れないうちは、やらない方がいいわぁ」


 ルシアンがエディンを見る。


「エディンは、どこまで分かるの?」


「おねぇさん?」


 エディンは少し笑った。


「強さと、だいたいの感情くらいかしらぁ」


「感情?」


 セレスが目を丸くする。


「怒ってるとか、怯えてるとか、焦ってるとか。そういう揺れねぇ」


 アルドは少し黙った。


「……それ、俺たちにやってないだろうな」


 エディンはにっこり笑った。


「ふふふっ」


「やってるな、これ」


 レイスが即座に言った。


「まずいな」


 アルドが低く呟く。


「筒抜けだ」


「あらぁ、失礼ねぇ。おねぇさんだって、何でもかんでも覗いてるわけじゃないわよぉ」


「覗いてる時点で問題だろ」


「必要な時だけよぉ」


「必要の基準が信用できない」


 ノルが言った。


「同意」


 エディンは楽しそうに笑った。ハインが前で肩を震わせている。


「笑ってるな、ハイン」


 アルドが言う。


「いえ、護衛の皆さんが仲良くて安心しているだけです」


「笑ってるじゃねぇか」


「少しだけです」


 そんな軽口を挟みながらも、警戒は緩めなかった。アルドは前方を見る。レイスは木々の間と地面の跡を確認する。ノルは鳥の飛び方や、草の揺れを見ている。セレスは荷馬車の横から離れすぎない。ルシアンはハインと馬の様子を気にし、エディンは後方を歩きながら、ときおり林の奥へ目を向けた。穏やかで、少しだけ気が抜けている。それでも、護衛だった。


 夕暮れが近づく頃、一行はガルツ村へ着いた。林から少し外れた場所にある、やや大きめの村だった。畑が広がり、道は荷車が通りやすいように踏み固められている。家々の煙突からは細く煙が上がり、軒先では女たちが干し草を束ねていた。畑帰りの男が鍬を肩に担ぎ、子どもが二人、木の棒を持って走っていく。寂れた村ではない。人の声もある。


 誰かが井戸端で水桶を受け渡し、別の誰かが家の戸口から夕飯の支度を急かしている。牛の鳴き声が遠くから聞こえ、荷車の車輪が土を噛む音もした。ただ、そのどれもが少し低かった。笑い声は上がるが、長く続かない。人々は話しながら、ふと村の外へ目を向ける。子どもを呼ぶ声には、少しだけ焦りが混じっていた。戸口の明かりは早く灯り、窓の板を閉める手つきが妙に急いでいる。


 村の中心には、白い像が立っていた。天祈像《てんきぞう》。筋骨隆々な男が、片手に鍬を担いでいる姿だった。胸を張り、大地を踏みしめている。祈りというより、今から荒地を切り開きに行くような力強さがあった。


「あれが、ガルツ様だそうです」


 ハインが荷馬車をゆっくり進めながら言った。


「この村を開拓した立役者だそうです。林と荒れ地ばかりだったこの辺りを、畑に変えた人だと聞いています」


「キレイナと同じか」


 アルドが像を見上げる。


「そうだな」


 レイスが答えた。


「土地を開いた人間を、像として残している」


「形は全然違うけどね」


 セレスが少し笑った。


「こっちは強そう」


 ノルが言う。


「鍬で夜骸を殴れそうだね」


 ルシアンが呟く。


「実際、殴りそうねぇ」


 エディンが言った。アルドは像の前で足を止め、台座へ手を添えた。レイスが気づく。


「どうした」


 アルドは短く息を吐いた。空気に漂う魔力を読む。像の内側。石の奥。そこに、何かがある。


「中に何かあるな」


「中?」


 ルシアンが首を傾げる。


「ああ。石だけじゃない。何か納められてる」


「古い像だからな」


 レイスは像を見た。


「奉納品か、記録か。そういうものだろう」


「お宝かも」


 ノルが言った。


「盗賊みたいなこと言わないの」


 セレスがすぐに返す。


「冗談」


「ノーラの冗談、たまに分かりにくいよ」


 軽口を叩きながら、一行は村の中を進んだ。ハインは村の奥にある宿屋へ向かう。


「この村で馴染みにしている宿があります。主人は明るくて、いい方ですよ」


 そう言ったハインの声も、少しだけ硬かった。宿屋は、古いが手入れの行き届いた木造の建物だった。入口の横には干し草の束が吊られ、窓には薄い布がかかっている。ハインは荷馬車を宿の横へ停め、扉を開けた。


「どうも。ハインです」


 奥から声が返った。


「あ、ああ……ハインさん」


 明るい声ではなかった。出てきた主人は、中肉中背の中年の男だった。普段ならよく笑いそうな顔をしている。だが今は、うっすらと目の下にくまがあり、何度も窓の方を見ていた。


「お久しぶりです」


 ハインは慎重に言った。


「部屋を二部屋お願いしたいのですが」


「ああ。もちろんだ。空いてる。空いてるよ」


 主人は慌てて帳簿を開いた。その手が、少し震えている。レイスは店内を見た。アルドも周囲へ意識を広げる。宿の中に人の形はあるが、こちらへ近づく動きはない。だが、空気が落ち着かない。手続きが終わると、ハインは鍵を受け取ったまま主人を見た。


「どうしたんですか」


 声は柔らかかった。


「何か、あったんですか?」


 主人は口を開きかけ、閉じた。それから、恐る恐る言った。


「一昨日から、夜骸が出てるんだ」


 レイスが一歩前へ出た。


「失礼します」


 落ち着いた声だった。


「俺はハインさんの護衛をしているレイと申します。その夜骸は、どのような見た目でしたか」


 主人は、レイスを見た。


「あ、ああ。見た目は……いろんな獣が入り交じって、ぐちゃぐちゃだ。とにかくでかい。俺の身長の五倍はあると思う、普通じゃない」


 セレスの顔が硬くなる。ルシアンも小さく息を止めた。ノルは何も言わない。


「それって……」


 セレスが言いかける。レイスが低く言った。


「多分……大級《だいきゅう》だ」


 主人の顔が、さらに青ざめた。


「だ、大級……?」


「そんなものが近くにいて、この村はなぜ襲われていないんですか」


 主人は、村の中心の方へ目を向けた。


「ガルツ様のご加護です」


 声が震えていた。


「あの像が、夜骸を追い払ってくれるんです。小さな夜骸は、遠巻きにこちらを見ると逃げていきます」


「小さな夜骸は」


 レイスが繰り返した。


「でも、あいつは違うんです」


 主人は両手を握りしめた。


「柵より内側には入ってきません。ガルツ様のご加護のおかげで、そこは守られている。でも、あいつは近づいてくるんです。毎晩、夜になると村の周りをうろうろする。ずっと、唸り声をあげながら、柵の外をぐるぐると」


 ハインの表情も強張っていた。


「国に報告はしたんですか?」


「ええ。使者を出しています。昨日の朝に。けれど、いつ来るかは……」


「分かりました」


 レイスは静かに頷いた。


「教えていただき、ありがとうございます」


「いえ……皆さんもお気をつけください」


 主人はハインと一行を見る。


「すぐ逃げられるように、準備だけはしておいた方がいいかもしれません」


「分かりました」


 ハインは答えた。


「ありがとうございます」


 一行は二階へ上がった。与えられた部屋は二つだったが、まずは片方に集まる。荷物は寝台の横へ置いた。外套を脱ぎ、武器も手の届く場所に置く。少しの間、誰も喋らなかった。窓の外には、まだ夕暮れの色が残っている。完全に夜になるまで、少し時間がある。


「どうする」


 アルドが言った。声は低い。


「倒せる」


 ノルが短く言う。


「でも、大級だよ」


 ルシアンの声は静かだった。


「苦戦はする」


 レイスが答えた。


「だが、倒せる」


「問題はその後だね」


 セレスが言った。


「大きく消耗する。ハインさんの護衛が疎かになる」


「それに、ここで大級を倒せば、国に居場所を知られる可能性が高い」


 レイスの言葉に、誰もすぐには返せなかった。


「確かに」


 ルシアンが目を伏せる。


「そうねぇ」


 エディンも茶化さなかった。沈黙が落ちた。アルドは、自分の外套の首元を見た。フードの布を少しだけ払う。そこに、小さな印がある。盾を背にした、燃える剣。ハインの言葉が、頭の奥に残っていた。どんな立場になっても、誰かを護る人たちだと思った。アルドは、その印に触れた。


「俺たちは、もう正義じゃない」


 誰も動かなかった。


「法に背いた。盗賊を見逃した」


 声が、少しだけ沈む。


「……仲間を殺した」


 ルシアンが唇を結んだ。セレスは何か言いかけて、言えなかった。ノルは窓の外を見たまま、拳を握る。レイスも、黙っていた。


「だから、護れるものは護りたい」


 アルドは続けた。


「見捨てることはできない」


 指先が、印から離れる。


「今更綺麗事を言えた口じゃないが、正しく在る努力はしたい」


 誰も反論しなかった。その時、扉が軽く叩かれた。荷の整理が終わったハインが顔を出す。


「失礼します」


 部屋へ入ったハインは、全員の顔を見た。


「どうされるおつもりですか?」


 アルドはハインを見た。


「大級を、俺たちで討祓《とうばつ》したい」


 ハインは、少しだけ笑った。


「皆さんなら、そう言うと思っていました」


 全員がハインを見る。ハインは部屋へ一歩入った。


「皆さんのやりたいようにやるべきです」


「これは、お前の荷と商会にも関わる」


 レイスが言った。声は抑えられている。


「分かっています」


 ハインは頷いた。


「ですが、私はもう、皆さんの足枷にはなりません」


 丁寧な声だった。けれど、弱くはない。


「自分の身は、自分で守ります」


 アルドが片眉を上げた。


「戦えるようになったのか?」


「いえ」


 ハインは即答した。


「全く」


 沈黙。


「全力で逃げます」


 最初に笑ったのは、エディンだった。


「ふふっ、いい答えねぇ」


 セレスも吹き出す。ルシアンは肩の力を抜いて笑った。ノルが短く言う。


「大事」


「はい。逃げ足も商人には必要です」


 ハインは真面目だった。アルドも、小さく笑った。重かった空気が、ほんの少しだけ動く。レイスはしばらく黙ったあと、息を吐いた。


「決まりだな」


「ああ」


 アルドは頷いた。窓の外で、夕暮れが沈んでいく。もうすぐ夜が来る。村の外には、大級夜骸がいる。国に見つかる危険がある。護衛の任務も、消耗の危険も、すべて残っている。それでも、誰も目を逸らさなかった。アルドは緋喰刃へ手を伸ばす。


「大級を倒す」

お読みいただきありがとうございます。

引き続き毎日20時頃更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。