琥珀の重さ
王都討祓軍本部へ入ると、通りの喧騒は厚い壁の向こうへ遠ざかった。磨かれた石床を兵たちの靴音が行き交い、壁際には燭台が整然と並んでいる。誰かが慌ただしく走っているわけではないのに、建物全体には常に次の報告や命令を待っているような緊張があった。セレスは両腕の木箱を抱え直した。中にあるのは、ルシアンから譲ってもらった潤流鉱石。
「落とすなよ」
隣を歩くアルドが言った。
「落とさないよ」
「顔が浮かれてる」
「浮かれてない」
「浮かれてるよ」
反対側でルシアンが小さく笑う。
「ルシアンまで」
「だって、楽しそうだから」
「……まぁ、楽しいけど」
否定しきれず、セレスは木箱を抱く腕に少しだけ力を込めた。鍛冶屋で聞いた地脈鉱石が本部にあれば、二本目の短剣まで一気に形へ近づく。総隊長室へ着くと、アルドが扉を叩いた。
「ローグさん、アルドです」
「入れ」
すぐに返事があり、三人で室内へ入る。ローグレスは大きな机の向こうに座り、窓際ではジークが何枚かの書類を手にしていた。三人を見たローグレスの視線が、真っ先にセレスの抱えた木箱へ落ちる。
「来たか」
「話、早いですね」
アルドが苦笑すると、ローグレスは机上の一枚を指で押さえた。
「レイスから聞いている」
そこには、すでに申請書が用意されていた。所属、申請者、使用目的、武器種、使用者名、鍛冶屋への外部委託。必要な欄のほとんどが、レイスの整った字で埋められている。空いているのは素材欄だけだった。
「早」
「レイスだなぁ」
アルドが肩をすくめる。
「書いておけと言ったわけではない」
ローグレスも少し呆れたように申請書を見る。
「だが、お前たちが鍛冶屋からそのまま本部へ来る可能性は高いと判断したらしい。素材だけは分からんから、そこだけ空いている」
「分かりすぎじゃない?」
「お前たちが分かりやすいんだろう」
言い返したかったが、実際その通りだった。鍛冶屋で必要素材を聞き、その足で本部まで来ている。ルシアンも申請書を覗き込んだ。
「すごいね。ここまで先に書いてある」
「こういうところは早いんだよ、あいつ」
「それで、必要素材は何だ」
ローグレスが空欄を指す。
「ここへ書け」
「えっと……」
セレスは腰の袋から、鍛冶屋の親父にもらったメモを取り出した。厚い紙の端には煤のような汚れがつき、文字は紙の上を走るように斜めへ連なっている。セレスは開いた。しばらく見る。アルドも横から覗く。
「……読める?」
ルシアンが訊いた。
「地脈鉱石は読める」
「そこだけ?」
「そこだけ」
アルドがメモを受け取り、眉間に皺を寄せる。
「親父さん、字まで鍛冶場の音みたいだな」
「どういう意味?」
「勢いはある」
「読めないってこと?」
「読めない」
セレスがため息をつくと、ローグレスは黙ってジークへ視線を送った。ジークが一歩前へ出る。
「拝見します」
「悪い、ジーク。また頼む」
「承知しました」
メモを受け取ったジークは紙へ静かに目を落とした。表情は変わらなかったが、視線が一度だけ止まる。
「……相変わらず、癖の強い字ですね」
机の端から未使用の紙と筆を取り、元のメモを見ながら一つずつ書き直していく。ローグレスはその間にセレスへ向き直った。
「それで、セレス」
「はい」
「どんな短剣にするつもりだ」
セレスは木箱を抱え直した。
「一本は、水を流す短剣です。潤流鉱石を使って、水流魔法を通しやすくして、攻撃も受け流せるようにしたいです」
「もう一本は?」
「地脈鉱石の短剣です」
口にするだけで、鍛冶屋の素材帳で見た琥珀色が浮かぶ。
「受け止める方。夜骸の爪とか牙を、一瞬でも止められるように。あと、地面に刺して大地魔法を流したいです」
「流す刃と、留める刃か」
ローグレスが言った。セレスは瞬きをする。
「留める刃……」
「違ったか?」
「違わないです。たぶん、それです」
止める。そこに留める。水で流し、地で留める。言葉にされると、鍛冶屋で考えていた二本の役割がさらにしっくりきた。
「いい顔をするようになったな」
ローグレスが静かに言った。
「え?」
「前は武器を選ぶというより、使えそうなものを手に取っているように見えた」
「……そんなに適当でした?」
「適当とは言わん」
ローグレスの口元が僅かに緩む。
「だが今は、自分がどう戦うかを分かった上で欲しがっている。武器を作るなら、その方がいい」
真面目に褒められていると分かるほど、返事に困る。隣ではルシアンが嬉しそうに笑っていた。
「セレス、すごく考えてたもんね」
「そんなに考えてないよ」
「考えてたよ」
「考えすぎて止まってただけ」
「それも考えてるって言うと思う」
アルドも笑う。
「まあ、似合うんじゃないか。水と地面って、セレスっぽいし」
「どういう意味?」
「相手の足元を嫌な感じにするところ」
「それ褒めてる?」
「褒めてる。味方としては助かってるって話だよ」
微妙に納得しづらい。けれど、嫌ではなかった。
「水で流して、地面で止めるか」
ローグレスは申請書へ目を落とす。
「第一部隊らしいな」
「どういうところがですか?」
ルシアンが訊いた。
「真っ直ぐ斬るだけでは終わらないところだ」
ローグレスは指を折るように、第一部隊の面々を挙げていく。
「アルドは焼く。レイスは縛る。ノルは曲げる。ゴードは受ける。エディンは断つ。ルシアンは守り、繋ぐ。ルカは潜り込む。セレスは足場を奪い、道を作る」
セレスは何も言わなかった。自分の名前まで、ごく当たり前のようにその中へ並んでいる。
「ローグさん」
アルドが軽く笑った。
「そういうの、本人の前で言うと照れますよ」
「照れるのか?」
「照れてません」
即答すると、隣でルシアンが口元を押さえた。
「ルシアン」
「ううん、何でもない」
「笑ってる」
「嬉しそうだなって思っただけ」
「やっぱり笑ってるじゃん」
そこでジークの筆が止まった。
「ローグレス様」
「できたか」
「はい。鍛冶屋の指定は、地脈鉱石、刃芯用の鋼材、魔力導通用の補助材、仕上げ用の研磨材です。数量はこちらに」
差し出された紙には、先ほどのメモと同じ内容とは思えないほど読みやすい字が整然と並んでいた。
「すごい。人が読める字になってる」
「元の字も人が書いたものですけどね」
ジークが淡々と返す。
「それはそうだけど」
「鍛冶師さんは必要な情報を急いで書いただけでしょう。内容に不足はありません」
清書された内容を確認したローグレスが、申請書の素材欄へ必要事項を書き写していく。最後に引き出しから印章を取り出し、赤い印泥へ触れて紙へ押した。総隊長印が残る。
「これでいい」
申請書をアルドへ渡す。
「倉庫で確認を受けろ。地脈鉱石は第四部隊の管理記録にも引っかかるはずだ。倉庫に現物があればそのまま押さえ、なければ白鹿へ回れ」
「第四部隊ですね」
「ああ。フィオナかマリエルがいれば話は通る」
ローグレスはセレスを見る。
「ただし、浮かれて倉庫で走るな」
「走りません」
「今の返事は信用しづらいな」
「なんでですか」
「顔が走っている」
アルドが吹き出し、ルシアンも堪えきれずに笑った。
「みんなして何なの」
「いや、悪い」
アルドは肩を震わせたまま答える。
「顔が走ってるって、ちょっと分かるなと思って」
「分からないで」
ローグレスは申請書の控えをジークへ渡す。
「記録へ回しておけ」
「承知しました」
アルドが申請書を折らないよう持ち直した。
「行くか」
「うん」
返事はすぐに出た。ローグレスが目を細める。
「待てるのか?」
「待ちます」
「本当か?」
「たぶん」
「たぶんを付けるな」
ルシアンが笑った。
◇
本部奥の倉庫には、夜骸討伐用の消耗品から予備の革帯、補修用の金具、魔力を通す素材まで、用途ごとに札を付けられて並んでいた。厚い扉を開けると金属と乾いた木の匂いがし、奥にいた倉庫番がアルドから申請書を受け取る。
「総隊長印あり。第一部隊、セレス殿の短剣用素材ですね」
「そう。地脈鉱石、ありますか?」
セレスが一歩前へ出る。倉庫番は台帳を開き、指で行を追った。紙が一枚めくられる。次もめくられる。セレスの目は、その指先から離れなかった。
「……在庫記録はあります」
「ある?」
「ただし、こちらの倉庫ではなく第四部隊管理に回っています。研究素材扱いですね」
「あ、そっか」
少しだけ肩が落ちる。
「白鹿か」
アルドが呟く。倉庫番は別の札を取り出し、申請書へ添えた。
「このまま第四部隊隊舎へお持ちください。現物確認と持ち出し許可は、フィオナ隊長かマリエル副隊長の確認が必要です」
「分かった。ありがとう」
倉庫を出ると、ルシアンが横から顔を覗き込む。
「残念だったね」
「うん。でも、あるんだよね」
「記録上はな」
アルドが申請書を軽く振る。
「行けば分かる」
セレスはすぐに顔を上げた。
「じゃあ早く行こう」
「だから顔が走ってるって言われるんだよ」
「歩いてる」
「気持ちの話だ」
◇
第四部隊の隊舎へ近づくにつれ、本部棟とは空気が変わっていった。窓辺には白い布が干され、入口の横には小さな鉢植えが並んでいる。室内から漂うのは薬草と紙の匂いで、武器を打ち合わせる音よりも人の足音の方が静かに聞こえた。扉の上には、角を伸ばした白鹿の印。
「ここ、いつ来ても綺麗だよね」
ルシアンが言う。
「落ち着かない?」
「ううん。私は好き」
「私はちょっと背筋伸びる」
「病院っぽいから?」
「たぶん」
アルドが扉を叩く。少しして控えめな足音が近づき、扉が開いた。
「あ、アルド隊長。ルシアンさん、セレスさん」
マリエルが三人を見るなり、少し慌てて背筋を伸ばす。
「ど、どうされましたか? 怪我ですか?」
「怪我じゃないです」
アルドが申請書を見せた。
「素材の確認で来ました。地脈鉱石を探してます」
「地脈鉱石……」
マリエルは一瞬目を丸くしたが、申請書へ視線を落とすと少しずつ仕事の顔へ変わっていった。
「少し、お待ちください。台帳を確認します」
三人を中へ招き、奥の机に積まれた分厚い台帳から一冊を抜き取る。急いでいるように見えても、紙を扱う指は丁寧だった。
「地脈鉱石、地脈鉱石……あ、あります」
セレスの顔が明るくなる。
「ほんとですか?」
「はい。討祓軍倉庫から第四部隊管理へ移されたものが三つ。研究用に記録されています。使用予定は……今のところ、ありません」
「じゃあ」
「ただ……」
マリエルが申し訳なさそうに眉を下げる。
「持ち出しには、フィオナ隊長の確認が必要です。私だけでは許可を出せません」
「あ、そっか」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいですよ。ちゃんとした手続きですから」
セレスが返したところで、奥の扉が開いた。
「マリエル?」
淡い色の外套を羽織ったフィオナが、書きかけの報告書を手に現れる。穏やかな目が三人を捉え、それからマリエルの持つ申請書へ移った。
「第一部隊の皆さん。どうされました?」
「素材の相談です」
マリエルが台帳を抱え直す。
「セレスさんの新しい短剣用に、地脈鉱石の持ち出し申請が出ています。総隊長印と倉庫確認済みです」
「地脈鉱石ですか」
フィオナは申請書と台帳を受け取り、内容を確認する。
「用途は短剣ですね」
「はい」
「受けるための刃ですか?」
セレスは少し驚いた。
「分かるんですか?」
「地脈鉱石は派手な素材ではありませんから。魔力を通すだけなら別の選択肢もあります。でも、硬さと粘りを求めるなら向いています」
フィオナが申請書を机へ置く。
「確認します。マリエル、保管箱を」
「はい」
マリエルが棚の奥へ向かい、鍵束から細い鍵を選ぶ。札の番号を一度確認してから、小さな保管箱を開けた。布に包まれた鉱石が一つ取り出され、机の上へ慎重に置かれる。布が開かれた。琥珀色の鉱石が現れた。
派手に光を返す石ではない。表面に落ちた明るさは奥へ沈み、見るほど色が深くなる。
「……これが」
「地脈鉱石です」
フィオナが言う。セレスは石から目を離さず訊いた。
「持ってもいいですか?」
「落とさないでくださいね」
「落としません」
フィオナが鉱石を手のひらへ乗せる。
「……重っ」
見た目から想像していた以上だった。手首を持っていかれるような重さではない。掌の中へ沈み、その場所から動こうとしない。鍛冶屋で素材帳を見た時に欲しいと思ったものが、ようやく手の中へ来た。指が自然と石を包む。
「……いい」
アルドが横で笑った。
「そればっかりだな」
「だって、いいんだもん」
ルシアンも琥珀色を覗き込む。
「本当に、対になるね」
「うん」
片方は水の色。片方は土の奥の色。流す刃と、留める刃。まだどちらも刃にはなっていない。それでも、セレスの手の中では二本の役割がもう分かれていた。
「では、持ち出し許可を出します」
フィオナの言葉に、マリエルがすぐ書類を引き寄せる。
「あ、はい。持ち出し記録と、研究素材から装備素材への用途変更ですね。えっと、総隊長印があるので、こちらで確認印を……」
少し慌てながらも、台帳を押さえる手は正確だった。一つずつ必要な欄が埋まり、最後にフィオナの確認印が入る。
「これで正式に持ち出せます。鍛冶屋へ渡す時は、受領欄に署名をもらってください」
「分かった」
アルドが申請書を受け取る。
「良い短剣になるといいですね」
フィオナがセレスへ言った。
「はい」
鉱石を握ったまま、セレスは迷わず答える。
「ちゃんと、使えるようになります」
「頑張ってください」
地脈鉱石は再び布で包まれ、専用の小箱へ収められた。潤流鉱石の木箱と並べると、今度は箱が二つになる。水色と琥珀色の重さを両腕に抱える。
「じゃあ、鍛冶屋に戻るか」
「うん」
◇
第四部隊の隊舎を出ると、昼の光は少し傾き始めていた。
「重くない?」
ルシアンが、セレスの抱えた二つの箱を見る。
「重い」
「持とうか?」
「大丈夫」
「でも」
「持ちたいの」
思わず出た返事に、ルシアンが一度目を丸くしてから笑う。
「そっか」
「うん」
アルドも横で小さく笑った。
「素材の時点でそれなら、完成したら大変だな」
「何が?」
「手放さなそう」
「手放さないよ。私の短剣になるんだし」
「まだ鉱石だぞ」
「もう半分くらい短剣」
「気が早い」
路地を一本入ると、鍛冶屋から金属を打つ音が聞こえてきた。音が近づくにつれて、セレスの歩幅も僅かに広がる。
「セレス」
アルドが呼ぶ。
「走ってない」
「まだ何も言ってない」
「顔で言ってた」
ルシアンが横で笑う。鍛冶屋の扉を開けると、炉の熱が流れてきた。
「親父さん、戻った」
「早ぇな」
鍛冶屋の親父は火ばさみを台へ置き、こちらを振り向いた。
「で、手ぶらじゃなさそうだ」
「申請通った」
アルドが申請書を差し出す。
「地脈鉱石も確保できたよ」
セレスも二つの箱を鍛冶台へ置いた。親父はまず書類の総隊長印と第四部隊の確認欄を見てから、二つの箱へ目を移す。
「開けるぞ」
「はい」
潤流鉱石の水色が、炉の赤い光を受ける。続いて地脈鉱石。琥珀色の表面へ赤みが乗ったが、光は跳ねずにその奥へ沈んでいく。
「ほう」
親父が地脈鉱石を手に取り、重さを確かめた。
「どう?」
「いい。密度がある。欠けも少ない。刃に通すには十分だ」
「本当に作れる?」
「作れる」
返事は早かった。親父は二つの鉱石を並べる。
「流す方はこいつだな。刃を薄く、魔力が滑るように通す。水流魔法を乗せるなら余計な厚みはいらねぇ」
水色の石を指で軽く叩き、今度は琥珀色へ移る。
「で、留める方はこっち。刃は少し厚くする。重くしすぎりゃ嬢ちゃんの動きが死ぬが、軽すぎりゃ受けた時に負ける」
親父の言葉に合わせ、セレスの中でも二本の形がはっきりしていく。
「基本は芯に通す。受けた時に粘らせる。地面に刺した時も魔力が散らねぇようにする」
「柄は?」
親父がセレスを見る。
「握りは前と同じでいいのか?」
「同じくらいがいい。でも、地脈鉱石の方は……」
セレスは自分の手を開く。
「握った時に、重さが逃げない感じがいい」
「曖昧だな」
「うん」
「だが、分かる」
親父は笑った。
「振るより、受ける時に手の中で暴れねぇ柄だな」
「それ」
「水の方は?」
「水の方は、指を動かしやすい方がいい。流す時に角度を変えたいから」
「こっちは遊びを残す」
「遊び?」
「握り込んだまま固まるんじゃなく、手の中で少し角度を変えられるようにするってことだ」
セレスの顔が明るくなる。
「それがいい」
親父は炭筆を取り、鍛冶台の端に置いた薄い板へ大まかな形を描いていった。荒い線なのに迷いはない。一本は細く滑るような刃。もう一本は少し幅があり、根元へ重さを残している。
「……いい」
「それ、今日だけで何回言った?」
アルドが横から言う。
「数えてない」
「俺はもう聞き慣れてきた」
「じゃあ言ってもいいでしょ」
ルシアンも板の上を覗く。
「二本並ぶと、全然違うね」
「同じ短剣にする必要はねぇからな。役割が違うなら形も変える」
「でも、見た目は対にしたい」
セレスが言うと、親父が片眉を上げた。
「注文が増えたな」
「駄目?」
「いいや。武器はそういう欲があった方がいい」
少しだけ気恥ずかしくなり、セレスは目を逸らした。親父は素材と申請書をもう一度照合する。
「潤流鉱石、地脈鉱石、刃芯用の鋼材、補助材、研磨材。全部揃ってる」
受領欄へ名前を書き込む。セレスは思わずその字を覗いた。
「何だ」
「読める」
「当たり前だろ」
「さっきのメモは読めなかった」
「あれは俺用だ」
「人に渡したよね?」
「読めるやつが読めばいい」
親父は悪びれもせず、申請書をアルドへ返した。
「これで預かりは成立だ。あとは俺の仕事だな」
セレスは鍛冶台の二つの鉱石を見た。少し前まで自分の腕の中にあった水色と琥珀色が、今は親父の仕事場へ置かれている。手放したことで腕が急に軽くなった。けれど、惜しいとは思わない。ここから刃になる。
「どれくらいでできますか?」
親父はすぐに首を横へ振った。
「急かすな」
「聞いただけです」
「顔が急かしてる」
「また顔?」
「分かりやすいんだよ、嬢ちゃんは」
アルドが笑う。
「今日はずっと言われてるな」
「みんな私の顔見すぎじゃない?」
親父は二つの鉱石を布で包み、炉の近くの作業台へ移した。
「いい刃にしたいなら待て。半端に急いで、戦場で泣くのは嬢ちゃんだ」
炉から響く音を聞きながら、セレスは一度だけ作業台を見る。
「……待ちます」
今度は、たぶんを付けなかった。親父が少しだけ振り返る。
「なら、任せとけ」
短い言葉だけで十分だった。
「じゃあ、これは本部に戻す」
アルドが受領済みの申請書を軽く振る。
「うん」
セレスはもう一度だけ作業台を見てから、ルシアンと一緒に扉へ向かった。水色も琥珀色も、もう布の中へ隠れている。それでも、そこにある。これから形になる。流す刃と、留める刃。
「楽しみだね」
ルシアンが隣で言った。
「うん」
セレスは笑った。
「すごく」
工房の外へ出ると、王都には夕方の色が混じり始めていた。その背後で金属を叩く音が鳴る。一度、二度と続く音を、セレスは振り返らずに聞いていた。
今回もお読みいただきありがとうございました。
引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。




