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夜骸大行進

 白塔議室《はくとうぎしつ》では、昼を過ぎても会議が続いていた。円卓を囲むのは五つの部隊の隊長たち。その後方にはそれぞれの副隊長が控え、上座のローグレスの背後ではジークが記録を取り続けている。議題は一つ。キレイナ町で討たれた、三つ首の虎型夜骸《やがい》だった。


「もう一度、確認する。キレイナ町付近で確認された夜骸は、三つ首の虎型。通常の中級に比べ、形が整いすぎていた」


 ジークから受け取った紙を、ローグレスが円卓へ置く。


「骨片の射出、雷、焔、風。複数の骸技を使用。加えて、戦闘中にこちらの役割を読んでいるような動きを見せた」


 ヴァルムの眉間に深い皺が寄った。


「中級が、戦況を読むだと」


 信じていない声ではない。むしろ事実として受け取ったからこそ、気に入らないという声音だった。エルヴィナが資料へ視線を落とす。


「報告上は、少なくとも単純な反応ではありません。攻撃対象の選択、距離の取り方、支援役への圧力。いずれも偶発とは言い切れません」


「やめろ、エルヴィナ。余計に気分が悪い」


「必要な整理です、隊長」


 ヴァルムが黙ると、ロザリアが白い指先で円卓を軽く叩いた。


「あら、面白いじゃない。夜骸が戦い方を覚えたかもしれない、だなんて」


「ロザリア隊長」


 クライスがすぐに口を挟む。


「議題から逸れています」


「逸らしてはいないわ。怖がっているだけよ。少し優雅にね」


「優雅さは不要です」


「つまらない子」


 ロザリアは笑ったまま、アルドへ視線を移した。


「それで、黒豹の隊長さん。あなたはその場にいなかったのよね?」


「はい。俺とエディンは町を離れていました。出現したのは、その夜です」


「つまり、その夜骸はあなたとエディンがいない時を選んだかもしれない」


 フィオナが静かに口を開く。


「断定はできません。でも、偶然として流すには危険です」


 その後ろでは、マリエルが資料を胸元へ寄せていた。顔色はよくないが、円卓から目を逸らしてはいない。


「夜骸が強い相手を避ける、ということでしょうか……。それが本当なら、今後の避難誘導や部隊配置も変える必要が出ます」


「避難する民を囮にされる」


 ベルンの短い一言で、議室が静まった。ラウラが左後方から続ける。


「民が夜骸の意図を理解できるわけではありません。『あちらには出ない』『こちらには出る』という噂だけでも、避難路は乱れます」


「厄介ねぇ」


 ロザリアが頬杖をつく。


「怪談なら可愛げがあるけれど、これは怪談で済まないわ」


「怪談で済むうちに拾えれば、患者は減ります」


 フィオナが穏やかに返すと、ロザリアの笑みが僅かに薄くなった。ローグレスはその間も口を挟まず、各隊の反応を聞いている。ジークの筆が紙を擦る音だけが、言葉の途切れた間を埋めた。


「レイス」


「はい」


「お前の見解を言え」


 レイスは一歩前へ出た。


「現時点では、通常の中級夜骸として扱うべきではないと考えています。三つ首という形状自体も異常ですが、それ以上に問題なのは出現のタイミングと戦闘中の判断です」


 円卓へ置かれた戦闘記録に視線を向ける。


「アルド隊長とエディンが不在の夜に現れたこと。さらに、こちらの前衛、支援、射撃、治療の役割を見て攻撃を変えたこと。これらが偶然でないなら、今後は部隊の戦力だけでなく配置そのものを読まれる危険があります」


 ヴァルムが低く唸った。


「夜骸相手に、配置を偽装しろとでも言うつもりか」


「必要になる可能性はあります。少なくとも、強者を前面に置けば安全という考えは危険です。むしろ、その強者を避けて弱い場所に出る可能性があります」


「弱い場所、ね」


 ロザリアが微笑んだ。


「嫌な言い方だけれど、正しいわ」


 アルドは黙って資料を見ていた。記されているのは、レイス、ルシアン、ルカ、ノル、セレス、ゴードの六人。自分とエディンがいない状況で、あの特異な中級を討った者たちだ。


「中級一体を、アルドとエディン抜きで討った」


 ヴァルムも同じ記録を見ていた。


「しかも、複数の骸技を使う個体をか」


「はい」


「損耗は」


「軽傷が数名。重傷者は出ていません」


 マリエルが思わず息を呑む。


「それで、済んだんですか……?」


 医療者として傷の記録を見れば、驚くのも無理はなかった。ベルンも僅かに目を細める。


「よく止めたな」


「隊員たちが、よく動いてくれました」


 アルドが頭を下げると、ヴァルムが腕を組んだまま言った。


「隊長がいない場で隊が動くのは、良い隊の証拠だ」


 言った直後、不機嫌そうに目を逸らす。


「……二度は言わん」


「ありがとうございます」


「あら、巨象が褒めたわ」


「黙れ、梟」


「怖い怖い」


「議事中です」


 クライスに止められ、ロザリアは肩をすくめた。そこから会議は、異常が再び現れた場合の対策へ移った。強い隊員を前面に置きすぎない。出現地域の記録を細かく照合し、形状だけでなく行動の癖まで留帳《とどめちょう》へ残す。討伐後には等級や数だけでなく、出現時刻、周囲の光や音、人の動き、当時の部隊配置まで記録することになった。


 第四部隊は調査項目を増やし、第二部隊は夜間作戦時の警戒範囲を見直す。第五部隊は民間統制と避難導線を再確認し、第三部隊は噂や不自然な目撃談を拾う。第一部隊には、キレイナ町での戦闘記録をさらに詳細に提出するよう求められた。話し合いが続く間にも紙は増え、ジークの筆は止まらない。縦窓から差していた光は少しずつ傾き、やがて白い石床を夕暮れの影が覆っていった。


 長い議論が終わった時には、もう夜だった。


「今日はここまでだ」


 ローグレスが告げても、誰もすぐには立たなかった。ヴァルムが重く息を吐き、フィオナもようやく肩の力を抜く。マリエルは散らばった資料を慌てて揃え始め、ベルンは無言で椅子を引いた。ロザリアだけは、まだ退屈そうに爪先を揺らしている。その時、白塔議室の扉が強く叩かれた。


「失礼します!」


 飛び込んできた伝令は肩で息をし、額には汗が浮かんでいた。ローグレスの目が鋭くなる。


「報告しろ」


「王都外縁、南西旧街道付近にて夜骸の群れを確認! 雑級およそ五十、低級およそ三十!」


 立ちかけていた者たちの動きが止まった。伝令は息を整える暇もなく続ける。


「王都へ向かっている進路ではありません! ですが、外縁農地と小集落に接触する恐れがあります! 群れは散開しておらず、列を作って移動中です!」


「列?」


 エルヴィナが聞き返す。


「はい。目撃者は、行進しているようだったと」


 ロザリアの笑みが消えた。雑級と低級に使うには、あまりに似合わない言葉だった。ヴァルムが立ち上がり、椅子が石床を鋭く擦る。


「第二部隊が出る」


 ほとんど同時にベルンも立っていた。


「第五も出る。封鎖が要る」


「行け」


 ローグレスが頷くと、二人はもう扉へ向かっていた。


「エルヴィナ。第二全員に通達。南西外縁へ集合。先発は盾列二段、後詰め一段。散らすな、押し返せ。群れの中央を崩す」


「了解しました。国軍への連絡は?」


「出せ。だが指揮は渡さん。夜骸対応は王家直属たる我々の仕事だ」


「はい」


 エルヴィナは歩きながら必要な指示を書き留める。ベルンも振り返らず声を投げた。


「ラウラ」


「はい」


「外縁の灯を落とさせろ。野次馬を出すな。農地の民は北側へ下げる。文句は後で聞く」


「承知しました。怒鳴らせるより、地区長を先に起こします」


「任せる」


「文句を言える状態で帰します」


 ベルンは一度だけ頷いた。その背中を追うようにフィオナも席を立つ。


「マリエル、治療班を。重傷者用の準備もお願い。第二と第五の後方に入ります」


「は、はい! 薬箱と記録具、すぐに!」


「急ぎますが焦らなくて大丈夫。でも、間違えないで」


「はいっ」


 第四部隊の二人が出ていく。レイスも一歩前へ出かけたが、その腕の前へアルドが片手を出した。止められたレイスも何も言わず、二人でローグレスを見る。廊下ではすでに幾つもの足音が走り始めていた。


「第一部隊は後方待機」


 ローグレスが言った。


「何か混ざっていた場合に備えろ。俺の指示があるまで前に出るな」


「了解しました」


「承知しました」


「アルド、レイス。来い」


「はい」


 二人はローグレスとともに議室を出ていった。扉が閉じると、残されたロザリアがゆっくりジークを見る。


「ねぇ、あなたは行かなくていいの?」


 ジークは記録用紙を揃えながら、穏やかに問い返した。


「あなたは行かなくていいのですか?」


「あら。私、何も言われてないからねぇ」


「待機命令と解釈します」


 クライスが無表情に言う。


「つまらない子ねぇ」


「出撃命令がないまま出る方が問題です」


「はいはい。梟はおとなしく夜を見るわ」


 ロザリアは椅子の背にもたれ、細い窓の外へ目を向けた。


         ◇


 王都南西外縁。王都の灯りを背に、第二部隊と第五部隊はすでに展開を終えていた。遠くには黒い影が連なっている。地を這うもの、異様に腕の長いもの、首の曲がったもの、跳ねるように進むもの。雑級と低級が入り混じり、それぞれの姿はばらばらなのに進む方向だけは揃っていた。


 数だけなら、過去にも大群はあった。だが押し合いもせず、広く散りもせず、一方向へ流れ続ける様子は普段の群れとは違って見える。


「止めるぞ」


 ヴァルムの声で第二部隊が前へ出た。前衛が盾を重ね、後衛がその隙間から魔法を通せる位置へ入る。夜骸を横へ逃がさず、奥へ通さないための線が短い時間で出来上がった。先頭の夜骸がぶつかる。爪が盾を掻き、金属の擦れる音が連続する。前列が衝撃を受けても後ろから支えが入り、押し切られる前に別の盾が空いた場所を埋めた。


 低級の一体が頭上を越えようと跳ぶ。


「上だ」


 エルヴィナの声とともに後衛の魔法が走り、空中の胴体を弾き飛ばした。地面へ落ちた個体が起き上がるより先に、盾列が前へ出て群れごと押し返す。ヴァルムはその最前列にいた。大きな斧のような武器を振るうたびに夜骸の列が歪み、開いた場所には部下が即座に入る。誰か一人が押し込まれても、その穴が部隊全体の穴にはならない。


 その後方では、第五部隊が戦場の横幅を広く使っていた。


「南側を閉じろ。農道へ流すな」


 ベルンの短い指示で隊員が散り、夜骸ではなく周囲の道を塞いでいく。


「左の灯り、落ちていません。ラウラ副隊長、民家が一軒残っています!」


「地区長に向かわせて。兵が怒鳴るより早いです」


「了解!」


 逃げ遅れた者を出さず、野次馬も近づけない。農地や家を気にして残ろうとする者がいれば、説得してでも安全な側へ下げる。夜骸を倒すことだけが第五部隊の仕事ではなかった。さらに後方では第四部隊が治療所を作っている。


「まだ動けます。でも、前に戻らないでください」


 腕へ傷を負った隊員へ、フィオナが告げた。


「ですが――」


「戻らないで」


 穏やかな声のまま言い切られ、隊員は口を閉じる。隣ではマリエルが記録を取り、次の負傷者へ目を向けていた。


「次、右肩の裂傷です! 出血は多いですが、意識あります!」


「こちらへ」


 盾の軋む音と夜骸の唸り、魔法の音が夜気の中で重なり続けた。そのさらに後ろ、王都外壁に近い場所で第一部隊は待機していた。アルドとレイスは戦場全体を見渡せる位置に立ち、ルシアンは医療鞄へ手を添えている。ノルは翠穿《すいせん》を抱え、セレスもすぐ抜けるよう短剣の柄へ指を掛けていた。ゴードは盾を下ろさず、エディンも遠くの群れを見ている。ルカだけが、腰の双銃へ何度か手をやっていた。


「……あれ、僕たち本当に見てるだけなんですか?」


「命令だ」


 レイスが即答する。


「分かってますけど」


 ルカは戦場へ目を戻した。


「第二部隊、硬いですね。全然崩れない」


「当たり前だ。ヴァルム隊長の部隊だ。あの人は、崩れることを許さない」


「息詰まりそう」


 ノルがぼそりと言う。


「ノルさん、それ本人の前で言わないでくださいね」


「言わない。面倒だから」


 ルカが小さく笑い、今度は第五部隊の方へ目を向けた。そこを見ていたセレスが口を開く。


「……第五部隊、戦ってるというより閉じてるね」


「そうだね」


 ルシアンも頷く。


「倒すだけじゃなくて、誰も入れないようにしてる。誰も出さないようにしてる」


「文句言われるやつだね」


 エディンが柔らかく言う。


「でも、文句言えるまま帰すためのお仕事よ」


 ゴードは何も言わず、第五部隊の封鎖線が広がっていく様子を見ていた。


「あ、今のヴァルムさんすごいです。低級三体まとめて止めましたよ」


「実況するな」


「だって、出ちゃ駄目なら見るしかないじゃないですか」


「見るなら分析しろ」


「じゃあ分析です。第二部隊は正面が強いです。第五部隊は横漏れを潰すのが早いです。第四部隊は治療の速度と重傷者を戻さない圧がすごいです」


「最後は感想だ」


「でも事実ですよ」


 ルシアンが少し笑う。


「フィオナさん、優しいけど、ああいう時は本当に厳しいから」


「ルシアンさんも人のこと言えませんよ。怪我してるのに無理したら、笑顔で怒るじゃないですか」


「怒ってないよ。止めてるだけ」


「それを怒ってるって言うんです」


「治療役、だいたい怖い」


 ノルの一言に、セレスが真面目に頷いた。


「確かに」


「セレスまで?」


 ルシアンが困ったように笑う。その間も、アルドは戦場から目を離していなかった。第二部隊の盾列へ押し返され、雑級は確実に数を減らしている。低級も前方から削られ、群れの密度はもう半分近くまで落ちていた。それでも、妙だった。


 普通なら数を削られ、進路を塞がれれば横へ散る個体が出る。逃げるものもあれば、無秩序に別の獲物へ向かうものもいる。今夜は、それが少ない。


「レイス」


「見えている」


 レイスも同じものを見ていた。


「統率とまでは言いません。ですが、流れがあります」


「だよな」


「はい。誰かが命令しているようには見えません。ただ、群れが同じ癖を持っている」


 アルドは夜骸の列のさらに奥へ目を凝らした。中級以上らしい影は見えない。誰かが後ろから追い立てている様子もない。ただ、雑級と低級だけが同じ方向へ進み続けている。出撃命令は、最後まで出なかった。


 戦闘は夜明け前まで続き、最後の低級がヴァルムの一撃で地面へ沈む。残った雑級も第二部隊の隊列に押し潰され、第五部隊がすぐに封鎖線を狭めて討ち漏らしを確認した。第四部隊は負傷者の処置へ走り、マリエルは治療の順番と人数を記録し続けている。東の空が僅かに白み始めた。民間人の死者はいない。外縁の集落にも大きな被害は出ず、夜骸の群れは全て討たれた。


 結果だけを見れば、勝ちだった。それでもレイスは留帳を開き、戦場で確認した事実を書き並べていた。雑級五十。低級三十。南西旧街道。王都へ直進せず。


 列を維持。散開少数。逃走個体、ほぼなし。最後まで書いたところで、指が止まる。


「……散らなすぎる」


 アルドは腕を組んだまま、その記録を横から見た。


「なあ、レイス」


「なんだ」


「ただの大群だったと思うか」


 レイスはすぐには答えず、もう一度戦場へ目を向けた。第二部隊と第五部隊が後処理を進め、第四部隊の灯りが負傷者の周囲で揺れている。待機を続けていた第一部隊の仲間たちも、それぞれの場所から討たれた群れを見ていた。やがてレイスは留帳を閉じる。


「思えない」


 東の端が、少しずつ明るくなっていた。

今回もお読みいただきありがとうございました。

引き続き毎日20時頃の更新になりますので、よろしくお願いします。

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